契約軍人冨岡義勇の事情30_忍びよるとき1

「義勇、今日はどうだった?
あ、こいつはここ来る途中の店で一緒に来たそうにしてたからな」

宇髄と実弥が部屋を出ると、錆兎はそう言って義勇の顔を覗き込みつつ、手の中の小さなウサギのヌイグルミをそっと義勇の手に握らせた。

そのウサギは義勇の両方の手のひらに丁度乗るくらいの子猫ほどの大きさの物だが、それよりも大きな物も小さな物も、義勇のベッドの周りには様々なぬいぐるみで溢れている。

それはグルリと義勇を囲んで、あたかも義勇を連れて行かれまいと言う錆兎の心情を代弁して守っているようにも見えた。


実際…あれから義勇の容態は一向に良くなる気配がなく、一気に悪化をしたりはしないものの、ゆるやかに弱っていっている気がする。

それが目に見える何かを倒すだとか入手しがたい何かを手に入れるだとか物理的な事であればたいていの事は上手にこなす自信のある錆兎も、こと病となると手も足もでない。

どうしたら手術が出来るくらいまで状態が良くなってくれるのか…何が原因で良くならないのかわからない…いや、わかっているがどうすればいいのかわからないと言うのが正確なところだろうか…。



「義勇……」
錆兎は両手で義勇の頭を包むとコツンと額と額を軽くぶつける。

「俺な…弟を亡くしても友達を亡くしても今の地位や仕事失くしても…何を失くしても生きていける人間だと思うんだけどな…お前だけは無理だ。
お前亡くしたら多分もうダメになる。代わりはきかん。
それだけは忘れないでくれな?」

もう何度同じ事を言ったのかわからない…が、何度言っても錆兎の切実な気持ちは義勇の心に届いてない気がした。

だから義勇はいまだに病気だったり記憶がなかったりと色々面倒な自分の代わりに錆兎に“面倒じゃない誰か”をあてがえば別に自分が死んでも良いと思っている節がある。


違う…そうじゃない、自分は別に一緒にいる誰かを求めているわけじゃない。
誰でも良いわけでもない。
義勇だから一緒に居たいのだ。
義勇じゃなければ何の意味もないのだ。

そんな簡単な事がどうしても伝わらない。

こんなに側にいるのに…どうしてもその心の中に気持ちを届ける事ができないもどかしさに、錆兎はため息をつくしかない。

はぁ…と、いつものように息を吐きだして、しかし空気が暗くなって義勇の心に影を落として体調に響かせないように、錆兎は気を取り直して微笑みを浮かべた。


「基地内のスパイの洗い出しはほぼ終わって、外部からの侵入者に備えるシステムも時期にしっかりするから、そうしたらな、商業地域に繰り出そうな?
こいつと色違いとか大きさ違いのウサギがいっぱいいる店とかもあるんだ」
とちらりと土産のヌイグルミに視線を落とせば、それは嬉しいらしく大きな丸い目をキラキラさせて頷くのが可愛い。

「約束な?」
と念押しすれば、さらにうんうんと何度も頷いた。


ぬいぐるみの一つや二つで元気になってくれるなら、店ごと買い取ったって構わない。

もう今更ではあるのだが、東ライン軍の総帥様の実兄で育ての親で天才司令官と称えられる自分が義勇の脳内順位ではウサギ以下らしいのは泣けるが、それでも側で生きていてくれればそれで良いと思うくらいには惚れこんでしまっているのだ。

虎の威でもウサギの威でも借りてやろうではないか。

そんな事を考えながら、錆兎は義勇のベッドの脇のすっかり自分の指定席となった椅子に腰をかけて、街の様子や義勇が喜びそうな店について話しつつ、義勇の方からも一日の話を聞く事に費やした。


そうして自分の食事もベッド脇に運んでもらって一緒に取るが、義勇の相変わらずの食の細さにため息をつく。

確かにほとんど寝たきりではあるが、それにしても身体を維持するのにあまりに足りないのではないだろうか…。

「…ぎゆう……」
自分の食事を終えてカトラリを置くと、錆兎は義勇の手から止まったままのスプーンを取りあげた。

言いたい事はいっぱいだ。
でも自分の感情をぶつけたところで義勇を委縮させるだけな事はよくわかっている。

だから錆兎は小さく深呼吸をして呼吸と気持ちを整えると、

「最強の司令官様が手ずから食わせてやるから、もう少し食え」
と、おどけた口調で言って義勇の口元にスプーンを差し出す。

そうされると拒否する事が苦手な義勇は食べるしかない。
ぱくん、ぱくんと少しずつでも食べて、それでも錆兎からすると少ない量をなんとか完食。

その後もしばらく一緒に過ごして寝支度をすませて義勇が眠りにつくのを確認して錆兎は自室に戻って仕事が日常だ。



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