契約軍人冨岡義勇の事情28_大切な相手

――なあ…宇髄がさ…錆兎の大切な相手になれないか?

それは前回の騒動から半月ほどたった頃だった。

当日から1週間ほどは錆兎は本当に子育て中の野生動物のように神経質になっていた。
なにしろ義勇の側から片時も離れようとしない。

普段はオーバーワーク気味でいつも休暇を取るように進言していた部下達が、なんとか仕事に来てもらえるように友人達に懇願する程度には…。

もちろん友人達の言う事だって聞きやしなくて結局は義勇に頼みこんで、ようやく仕事に出てくれるようになったのである。

ただしその間は友人達が義勇をきちんと見ている事が条件で。

ということで、今は何かあれば速効連絡をくれるようにとくれぐれも言いおいて、友人2人に義勇を任せて会議中である。



「大切な相手ってなんだぁ?」
と、突然投げかけられた聞き慣れないその言葉に宇髄は不思議そうに首をかしげた。

さらりと揺れる長めの綺麗な髪。
錆兎もイケメンだがとても男らしい顔立ちで、綺麗という言葉を使うなら宇髄だと思う。

諜報部…というのもあって、人当たりも良くオシャレで、彼を心底嫌える人間と言うのは早々居ないのではないだろうか…。

そんなわけで、義勇の目からみると宇髄は大切な相手候補としては適任な気がしたのだ。


大切な相手……
それは義勇が死にかけて錆兎が会議を欠席した日…実弥が言った言葉である。

自分はかつて大切な相手を亡くしたが、その時に錆兎が寄り添ってくれたから今こうしてまだ生きていられるのだ…
そして錆兎にとってその大切な相手と言うのは義勇だから、義勇は絶対に死んではいけない…と、そんな話で出た言葉だ。

だから当然実弥は義勇の言葉の意味を正しく理解していて、理解しているからこそ大きくため息をついて肩を落とした。


「お前なぁ…まだそんなこと言ってるのかァ?
あのな、大切な相手なんてなろうと思ってなれるもんじゃねえぞォ?」

実弥のその言葉に、宇髄も心の底から頷いた。


義勇の言う大切な相手…の意味は正確にはわからないが、一般的な大切な相手なら当然わかる。
宇髄にもいる。

実弥と同じく宇髄も戦乱に巻き込まれた村で生まれ育っていたが、宇髄の場合は実弥と違ってその大切な相手、幼馴染である3人の嫁を全て連れて逃げることに成功していた。


一夫多妻が許されていた村と違ってこの東ラインの中心部では一夫一妻制だったが、そのあたりは自分たちは飽くまで村の人間なのでで通して、法的には認められず手続き的には認められないものの、3人全てを嫁として遇している。

だからまあ、これ以上他の人間の特別に大切な相手になるということはどちらにしても無理なわけなのだが、普通に嫁が3人いるという事実をさあどう誤解がないように説明しようかと悩んでいると、宇髄が口を開く前に

「代わりは…いねえんだって、なんでわかんねえんだろうなぁ……」
と、先に実弥がはぁ~と大きく息を吐きだしながら肩を落とす。


「俺が言ってた大切な相手ってのはよォ、簡単に切り替えられるような相手じゃねえんだよ。
切り替えられるくれえならそれは俺にとって”大切な相手”じゃねえ。
亡くした相手の代わりにっていくら他の孤児を可愛がってみたところで、それは俺が亡くした弟や妹じゃねえって思い知らされるだけだァ。

たまに自分がなんのために生きてんだぁって思うことがあって、それなら自分が生きている意味を自分で作りゃあいいって無理矢理作ってみても、たまにどうしようもなくむなしくなって、死にたくなる。
それでも…生きられるのに自分でそれをやめて死んじまったら、生きたくても生きられなかったあいつらに合わせる顔がねえ気がして、死ぬこともできやしねえ。
俺ほど生きたくねえって思ってるやつは珍しいくらいなのに、俺は生きなきゃなんねえんだ」


…あ、やばいスイッチ入ってきちまった…
と、宇髄は内心焦る。

宇髄は故郷は失くしたがとりあえず大切なものは全て安全地帯に持参出来た非常に幸運な戦災犠牲者だ。

錆兎は元々戦災はまったく関係がないが、そもそもが物心ついた頃から大切なものなど作れない環境に育って、色々を持たずに生きてきたので、満たされた経験がない反面、喪失感も知らず、メンタルは比較的安定していた。

そんな中で実弥は唯一地獄を経験している。


普段は逞しい実働部隊のエースで気の良い兄ちゃんだが、スイッチが入ると死にたい病が頭をもたげて、しかも本人的に生きることができる自分が死にたいなんて思うのは、生きたかったであろうに死んでしまった弟や妹に対しての冒涜だと自分を責め始めるのが厄介だ。

ああこれは…錆兎まで”大切な相手”を死なせてしまうような事態を巻き起こしたらまずい。


錆兎だけではなく、それでトラウマをつつかれてどん底にまで落ち込む実弥まで自分ひとりでなんとかしないとならなくなるだろう。

これは…絶対に義勇を死なせたりはできない。

軍随一の優秀な司令官と実働部隊のエース、この二人が同時に使い物にならなくなったら軍は終わる…とまではいかなくともとんでもないパニックが巻き起こるくらいにはなる。

そうしたら宇髄自身の大切な嫁達との安定した生活も脅かされてしまう。

もちろん錆兎や実弥も大切な友人ではあるが、嫁達との生活は宇髄にとって最優先事項なのだ。
それが脅かされるくらいなら、もう正攻法なんて言ってはいられない。

どんなえげつない手を使っても、義勇には自分が錆兎にとっては絶対的に必要な存在で何を犠牲にしても生き残らねばならないのだと思い知ってもらう必要があるだろう。


宇髄は脳内でそれを可能に出来るであろう譜面を描き始める。

宇髄自身の”大切な相手”を守るためには錆兎の”大切な相手”には絶対にそれを自覚して生き続けてもらうのだ。

ただそのためにはその前にはっきりさせておかねばならないこともある。
さらに何をするにしても実弥を巻き込むのは必至なのでそのあたりの確認も…。



…とりあえずは…
と、宇髄は方向性を決めると必要な道筋を考え始める。

そうして一つの譜面を描き終わると、暗く地の底まで落ち込んでいる実弥にあとで自分の部屋にくるよう伝えて、ちょうど戻ってきた錆兎と入れ違いに義勇の部屋を出た。



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