契約軍人冨岡義勇の事情27_心配2

「そんな緊張しねえでくれぇ。
別に難しい話したいわけじゃなくてなぁ。
ま、どっちかっていうと逆か」

「逆?」

「そそ。みぃんな色々難しく考え過ぎてごちゃごちゃしてんじゃねえかなぁって思ってなァ。
一緒に整理していこうかと思って今日はここ来てんだよ」



ぽんぽんと頭を軽く撫でながらそう言う実弥はその恐ろし気な容貌から最初は怖い人間かと思ったが、その時に宇髄が言った通り長男気質で優しい気の良い男だ。

言葉は時折やや乱暴にも感じるが、行動やその話す内容などはいつでも人の良い近所のお兄さんのようで、力が抜ける。

ホッと小さく息を吐きだして体の力を抜く義勇に、やはりへらりと笑って実弥は問いかけて来た。


「お前よォ、自分がスパイだったらどうしよう、錆兎に迷惑かけちまうと思って死のうとしたって聞いてんだけど…それなら慌てて死なねえでもスパイだってわかってからでもいいんじゃねえかァ?」

いや…それはそうなのだが……分かっている…もう分かっているわけで……
そう言うに言えず義勇が俯くと、実弥は苦笑する。


「実弥は…錆兎の事好きか?」

それは一つの決意だった。
錆兎は実弥を信頼すると言って、実弥は錆兎を裏切らないと言った。
その言葉を信じて義勇は思い切って顔をあげた。

「絶対に錆兎の安全を第一に考えてくれるか?」
「俺は錆兎の事はすげえ好きだし、悪いようにならねえようにっていつも思ってるぜぇ?」

その唐突な質問に全く驚く様子もなく実弥は穏やかな口調で返してきた。
それに大丈夫かもしれない…と義勇の心に希望の灯がともる。

それでも保険をかけながら義勇は言った。


「じゃあ…もし俺が錆兎を騙しているスパイだとしたら、実弥は錆兎が悪いんじゃないって軍の偉い人に言って錆兎が困らないようにしてくれるか?」

その質問に実弥は、あ~~と考え込み、それから何故か小さく笑った。

「あのな、もし今の時点でお前が本当はスパイだったとしてだなァ?
取ってる行動って錆兎に迷惑かけたらやばいからって自分が死のうってもんだろォ?
それ、スパイになってねえよ」

「…あ……」

「まあ…もし途中で記憶が戻ってスパイだってわかったとしてな、それでもこんなフラフラな病人に殺されるほどあいつは弱くはないし、情報だって部外者に漏らしたりしやしねえ。
て言うか…お前の病気に負担になったらまずいからって、なるべく軍の関係の事は口にしねえようにしてっから、探りようもねえしなぁ」

「でも…例えば俺の身元とか本当は軍の人間とかだって言う人間が現れたら?」

そう、義勇が動こうとしなくても、そうやって義勇が草だと言う事をばらすことで錆兎を貶めようとしてくるかもしれない。

義勇にとってはそれが一番可能性が高く心配だったことなのだが、それも実弥に笑って一蹴される。


「それ…誰が信じるんだよ?
お前、そんな目的で敵地に潜伏したりしたら、ストレスで病気悪化して死んじまうだろうがァ。
むしろそんな事言いだす奴がいたら、逆に言い出した奴が怪しまれるんじゃねえかァ?」

「怪しまれ…る?」

「そりゃあそうだろ。
錆兎からは情報漏れてねえ。
スパイだって言ってる相手は重い病気でストレス与えたら死んでまうような奴で、そいつが死んじまったら錆兎がダメージ受けるのは目に見えてる。
それでもそうやってそいつにストレス与えるような中傷広めようとしてるってこたぁ、逆に言い出した奴自身が錆兎にダメージ与えようとしてるとしか考えられねえしなぁ?」

「そういうもの…なのか?」
「馬鹿でもわかるぜぇ?」
「そう…か……」

体中からどっと力が抜けて行った。

そうか…そうなのか…自分が錆兎から情報を引き出して流すような事を――出来るかどうかは別にして――しない限りは、自分がスパイとして認識されて錆兎に迷惑をかけたりすることはないと思って良いのか……


「でも…万が一…本当に万が一、そう言う事で俺が錆兎に迷惑かけそうになったら、実弥が俺の事は錆兎のせいじゃないって証明してくれるか?」

それでも絶対じゃない限りは怖くてさらにそう縋ると、実弥は少し悲しそうに…困ったように眉を寄せて

「そうだなぁ…もし庇いきれなくなったら、二人をここから逃がす手伝いしてやるわ」
と言って義勇の頭をくしゃくしゃとなでる。

「それじゃあ錆兎に迷惑だろっ」
とそれに義勇が抗議すると、それでも実弥はゆっくりと首を横に振った。

「あのなぁ、本当に自分が大事だって思ってた相手を守り切れずに死なれる事ほど辛いことはないんだぜ?
俺はもう守るもんなんて全部なくしちまったが、それでもなんとかかんとかこうして生きてられんのは俺が全部失くして自棄になってた時にとことん寄り添ってくれた錆兎のおかげだ。
だから…錆兎には絶対にそんな目にあわせたくねぇ。
あわせねえための協力ならいくらでもしてやるけど、自分の手でそんな目にあわせるなんてとんでもねえよ」

口は笑みの形を作ったまま、しかし実弥の目はどこか悲しげに深く色を変えている。

「守りたいって思った大事な相手に死なれるのは、自分が死ぬより辛ぇし、俺の命と引き換えてやれるなら引き換えてやりたかったし、どんなになっても生きていてさえくれれば何を犠牲にしても守ってやりたかった。
本当になァ…自分だけ生き残っちまうってのはマジ辛ぇ。
お前が本当に錆兎の事想うなら、そんな思いをさせてやんなよォ。
最悪錆兎がやばいことになっても自分の身だけは守っとけぇ。
あいつはお前さえ無事なら自分のピンチはなんとでも切り抜けられるからなぁ」


果たして自分は錆兎にとって実弥の言うほどの大事な相手にあたるのか、それは疑問なわけだが、確かに優しい錆兎の事だ。
保護していた相手にいきなり死なれたりしたらショックを受けるだろう。
錆兎を傷つけたくなければ、むやみに自分を傷つけるのもよろしくはなさそうだ。


「うん…わかった。ありがとう、実弥」

とりあえず礼を言うと、笑って頷き、

「んじゃ、ドアんとこでヤキモキしてんだろう錆兎を呼んてくるわ」
と、実弥は立ち上がる。


「あ、実弥…」
と、そこで義勇が思い出して呼びとめると、
「あぁ?」
と足を止める実弥。

「錆兎に…ちゃんと休んで飯食って仕事行ってくれるように…」

「ああ、それはちゃんと言ってやる。
逆もしかりだしなァ。
錆兎がそんなんだったら義勇も落ちつかねえわなァ」
と、皆まで言わずに察してくれる実弥は見かけによらず実はかなり気遣いをする人間だと思う。

こうしてこの件は実弥の仲裁でなんとなく解決とまではいかないまでも少しだけ良い方向に落ち付いたかのように見えた。


が…やはりそれで全て解決とはいかないのが世の常である。

次の波乱の足音がひたひたと近づいてきているのを、予測できるものは誰もいない。



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