契約軍人冨岡義勇の事情25_不死川実弥の人生で一番長く悲惨な日

一旦は実弥の村に立ち寄って、その後、隣村に行く予定で出発した一行ではあったが、その途中、一頭の馬が走ってきた。

その馬には見覚えのある少女が乗っている。

胡蝶しのぶ…村長の次女で、今中央地区の首都に留学中の長女は実弥と同い年の幼馴染だ。

「しのぶっ、何してんだぁっ?!!」
と、慌てて馬を止める実弥。

「あぁ…無事援軍を連れてこられたのね」
と、普段は気の強いしのぶの顔が涙で濡れているのを見て、実弥は青ざめた。


──…村は……

村長は自分の娘だけを優先して逃がすような人間ではないと思うし、しのぶも自分だけ逃げるような娘ではない。

だがそれならどうしてしのぶがここに…と思うが言葉を続けられない実弥に、しのぶはグイっと涙をぬぐうと、彼女らしくきびきびとした口調で説明をする。

いわく…実弥が発ってから、実弥がなんらかのトラブルで援軍を連れてくることが出来なかった時のため、念のためもう一人東ライン軍に人を送ろうということになったらしい。

そこで当然、実弥と同じく覇王の孫でもう馬にも乗れる玄弥をということになったのだが、玄弥は飽くまで自分は兄の実弥から家族を任されたのだから家族を置いてはいけないと拒否したため、村長の娘であるしのぶに白羽の矢が立ったのだということだ。



賊がいるかもしれない、賊でなくとも獣もいるであろう夜の道を一人でひた走るのはさすがのしのぶも恐ろしかったようで、手がひどく震えている。

「よく頑張ったな。大丈夫か?」
と、それに即気づいて総帥の息子様自らが馬に駆け寄ってしのぶを助けおろす。

そうしておいて、
「大変な思いをしたところをすまないんだが、先に状況を聞かせてくれ。
それを聞いた上で早急に対処すべきものはこちらが対処するから、その後は少し休んでくれて構わない」
と、しのぶを促す。


しのぶは足に力が入らないようで錆兎に支えられながらも、隣村を襲った兵士達が今度は実弥達の村にも略奪に来ていることを伝えた。

「急がねえと……」
と、焦る実弥。
一行はすでに実弥の村と隣の村との分かれ道に来ていた。

「ここで二手に分かれるぞ。
第一小隊と第二小隊は実弥についてこいつの村の救出に行け。
俺は第三小隊を連れて当初の目的地、隣村に向かう。
おそらく敵の多数はこいつの村の方に流れているだろうからな」

自分の方に割く兵を3分の1にした息子様の命令に不安の色を見せた兵達に最後の一言でその理由を告げながら、錆兎は

「お前は隣村の道案内としてこちらに来てくれ」
と、しのぶを自身が乗ってきたジープへ乗せる。

そうしておいて実弥には小声で

──幼い娘に自分の親兄弟の惨状を見せるのは忍びないし今の状況できちんと面倒を見てやれる人間がいないから俺はあちらに行くが、そっちには俺の信頼している部下をつけるから何でも申し付けてくれ
と、耳打ちした。

本当に至れり尽くせりだ…と、のちには思うのだが、その時は実弥も色々いっぱいいっぱいで礼を言う余裕もなく、ただ、

──わかった
とだけ答えて、錆兎達と分かれて実弥達の村へ行く一行と生まれ故郷の村へと急いだ。



中央の中でも未開の地と言われる中央南部の舗装されていない道路を馬とジープで進む一行。

森を抜けると見える煙。
急いで進んでいくと、それは幸い建物からではなく、中央の広場の辺りから立ちのぼっているものだとわかる。

しかしさらに進むと引き倒された垣根や農具を手に切り捨てられた男達の遺体――それは当然実弥がよく知る村人達の物である――が散乱していて、夫であり、父であり、あるいは息子であったその遺体の横で兵達にのしかかられて押し倒されている女達の姿が見えた。

何かが爆発しそうになって、しかしながらスッと心の中がガラスのようなもので遮られるのを感じる。

ザシュっ!!と振り下ろす刀は下品な声をあげる兵のみならず、その下の女達の命をも次々と刈りとって行った。

見知った顔がホッとしたものから恐怖へとその表情を変えて絶命して行くのを、実弥はまるで遠くの出来事のように、あるいは物語の中の出来事のように、受け止める。

こうして無表情に敵の命も身内の命も等しく摘み取りながら、実弥は村の中を奥へ奥へと進んで行った。


錆兎が寄越してくれた兵はまっすぐ進み続ける実弥の元から散開して、左右の民家を見に行ったが、ただ一人、錆兎が信頼のおける部下だと紹介してくれたやけに顔の良い男だけが実弥に寄り添うようについてくる。

途中、味方が生け捕りにした賊の情報によると、

今村を襲ってる奴らは、西ライン軍の傭兵部隊で、一応形としては傭兵隊の暴走だが、西ラインの正規軍もそこで秩序が乱れた村を保護すると言う名目上、統治する気満々で暴走を放置しているとのことだ。

つまり…敵は傭兵隊だけではなく西ラインの正規軍も両方だと、実弥はどこか麻痺してしまったような心に刻み込む。

実際14歳の子どもがそこまでどうにか出来るかと言うと疑問の残るところなのだが、それでもそう思って進むしかなかった。
立ち止まったらそこで終わる気がする。



「…出来ることから確実に…だな。
とりあえず村に残ってる残党を狩って行かねえとなァ」

そう言いつつ実弥は刀を振り回す。

東ライン軍の兵たちと違って生け捕りにするという選択肢は初めからない。
目につく傭兵たちを片っ端から斬り捨てていく実弥の横で、宇髄…と紹介された錆兎の部下は

──俺ァ、元々は諜報部の人間で今回は斬ったはったはしねえってことでヘルプで来てるんだわ
と、自身は参戦はせず、しかし軍としては可能な限り生け捕りにという方針なのであろう中で相手を斬り殺していく実弥をとめもせず、たまに実弥がわずかばかりの怪我を負いそうになった時だけフォローをいれながら付き従っていてくれた。


──おめえ…止めねえでいいのかよォ?
と、止められてもやめる気はないのだが、実弥が一応、と思って聞くと、宇髄は表面上は面倒くさそうに頭などかきながら、

──錆兎からはお前の気のすむようにさせてやれ、ただしお前に怪我はさせんなって言われてるだけだからな
と、それでも目だけはどこか気づかわし気な様子で言う。

なるほど。
好きにはさせつつフォローはいれてやれということか。
大サービスだな、と、実弥は他人事のように思う。


あとになって若干冷静になれば、それは軍規は度外視という、義務は負わせないのに保護は与えるという、いきなり飛び込んできた見ず知らずの人間に対する対応としては随分と細やかで優しいものだった。

のちに随分とその思いやりに慰められたものではあるが、この時は実弥もまだそんなことを考える余裕はない。

早く行ってやらねば、早く行けばもしかしたら…と思う気持ちと、大切な者が無惨な姿になってしまっていたらという恐怖に苛まれながら、それでも自分は家族のために動かなければ…と、実弥は逃げ出したくなる気持ちを必死に抑えて自分の家の方へと歩を進めた。



そうしてつい昨日、後にした家の前。
中に入るまでもなく、すでに実弥は泣き喚いた。

玄関を塞ぐような場所で倒れているのはすぐ下の弟だ。

家の中に賊をいれまいと奮戦したのだろう。
全身切り刻まれて、致命傷になったのは首を貫いた剣だ。

…玄弥…玄弥、玄弥、げんやああぁぁーーー!!!!

自分が家族を一緒に守ろうなんて日々言い続けなければ…この弟だけはきっとしのぶの代わりに助かったのだろう。

俺が…俺が…俺のせいでっ!!!!


ああ、そうだ。
それこそ自分の方が残って、玄弥に救援を呼びに行かせるという手もあったのだ。
家族を守る義務は一番に長男の自分にあったはずだ。
弟は自分の身代わりになって死んだのだ。
どれだけ後悔しようともう呼吸を止めた遺体を前に実弥は号泣する。


──あ~…なんだ、とことんつきあってやれっつぅ錆兎の命令だからな。軍として協力はできねえが、”プライベートな個人で”中央地域の西ライン軍の砦への殴り込みまでなら手伝えるぜ?
と、横でぽつりとつぶやかれる宇髄の言葉。

そうだ、復讐だ!…とその時に思った。
もう実弥にはそれしか残されていなかった。


というか、その言葉がなければ実弥は気が狂うか家族のあとを追うかの二択だったと思う。
そして宇髄はそうならぬよう、わざわざ命を絶たずに使う方向を示してくれたのだろう。
おかげで今も実弥は生きている。


玄弥が防げなかったという時点で他の家族の状態はわかっていたはずだった。

…が、わかっていた、と、思っただけで、実際に家に入ってみると、さらに最悪な事態を実弥は目の当たりにすることになる。

普通に斬り殺された弟達。
それは想定の範囲内だったが、無惨なのは母や妹だ。

ただ殺されるだけではない。
散々嬲られ乱暴された末に殺されている。

上の妹の寿美でさえまだ12歳だった。
それが血と体液で汚れた姿で遺体となっているのを見て、実弥は怒りで気が遠くなりそうになる。


…許さねえ…全員なぶり殺しにしてやる……

ぎゅっと刀を握り締めた手が震えた。
理不尽に命を奪われるだけではなく、尊厳まで踏みにじられた母と妹達のためならば、よしんば敵わなかったとしても一人でも多くの西ライン軍の人間を血祭りにあげることが出来れば良いと思った。

自分の命はまさにそのために使われるべきである。

怒りと絶望と悲しみと…諸々でその場から動くことが出来なかった実弥の代わりに、宇髄は特に悲惨だった母や妹の遺体が他者の目にふれないようにと自身のマントや上着を脱いでかけてくれた。

その後、とりあえず傭兵団を一掃した東ライン軍の兵士が来て、全員を丁寧に埋葬してくれる。

こうして実弥の人生でもっとも長い夜が更け、明けて行ったのだった。




結局村で生き残ったのは救援を求めに行った実弥としのぶの2人だけで、当然そのまま村で暮らせるわけはなく、しのぶは首都の姉の所に行くことになった。

そして残った実弥はと言うと…錆兎の厚意で一時的に東ライン軍と共に実弥の村以外を襲って逃亡中の西ライン軍の傭兵隊の残党狩りに加えてもらった。

こうして祖父の刀を振り回しているうち、兵の中にその刀の出元に気づく者が出て来る。


覇王の刀…

それを振り回しているのがその孫だと言う事は瞬く間に伝わり、それが明らかになると途端に手のひらを返したように大人達の態度が丁重になった。

確かに覇王の孫を抱えているとなれば軍としても色々良い事も多いのだろう。

すぐ東ライン軍の中枢からスカウトが来たのはまあ良いとして、呆れた事に西ライン軍からも書状が届く。

いわく、あれは雇った傭兵のしでかしたことで西ライン軍としては非常に遺憾であり、出来れば軍に特別待遇で迎え入れたいというもので、当然ながら実弥はその使者を切って捨てて、その首と一緒に断りの書状を送りかえした。

では東ライン軍に入るのか…というと、それも一番最初に救援要請に行った時の態度と手のひらを返したような応対を見ると、素直に首を縦にふる気にはなれない。


そんな時思い出したのは、

――法というものは軍のためにあるわけじゃなく、人のためにあるんだろう?

と、当たり前に見ず知らずの実弥の願いを聞いて救援の軍を出して、その後も何かと心を砕いてくれた宍色の髪の少年だった。


「軍に入ってやってもいい。
ただし出動すんのはあの宍色の髪のぼっちゃんの指揮の時のみってことでいいならなァ」

普通ならとんでもない条件だが、腐っても東西ライン軍を相手に一歩も引かなかったという伝説の覇王のお孫様だ。

その条件は受け入れられ、現在に至る。



あの時自分は大事なモノを失ったが、錆兎が動いてくれなかったら今残っているモノも含めた全てを失っていただろう。

軍は自分を形式で扱おうとしたが、軍や法という無形のものより人を優先すべきとした錆兎の判断で自分はまだ生きているのだ。

厳しい環境、難しい立場で錆兎がそれを見失いかけているとしたら、今度はそれを覚えていて指摘してやるのは自分の方だろうと思う。


(とりあえず…先に錆兎の姫さんの方だなぁ…)

軍事作戦など知ったことではない。
やりたい奴がやればいい。
それより大事なのは仲間が幸せに暮らせることだ。

こうして実弥は契約を盾に作戦参加を堂々と拒否して、自分が優先すべき事を実行するために、錆兎の部屋へと向かったのだった。


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