契約軍人冨岡義勇の事情15_救出

「錆兎、これじゃねえか?」


時は遡って事故当日…
その小さなカプセルを見つけてくれたのは実弥だった。

そしてそれは確かに自分が以前老人のために用意したもので…


恐ろしさに震えながらも一抹の期待を胸に自らが設定したナンバーを押すと、開く扉。
その中が空ではなかったことに錆兎は心から安堵した。

この酷い惨状の中、それがなければ確実に辺り一面に散らばるすでに形を成さない遺体の中に義勇がいるということなのだから……



連絡を受けておよそ20分などという速さで駈けつけられたのは、ひとえに実弥のおかげである。

早く着けば希望はある…
普段の冷静な判断力など全て消え失せて、希望的観測だけがつまった頭からそんな楽天的発想が消えうせたのは、病院の上空に着いた時。


そこはまだ炎がたちこめた、まさに末期的な戦場のそれと変わらぬ惨状で、1人でいたら耐えきれず逃げだしていたかもしれない。

そこに大事な相手がいると思えば、そう思わずにはいられないほどには、それはショッキングな光景だったのだ。



震えて動かぬ足。

なんとかスペースを見つけて着陸したのは良いが、錆兎の体はピクリとも動いてくれず、しかし普段なら強引にでも蹴り飛ばしそうな実弥が珍しく無言で機から降りて、そして言った。

「お前が無理だったら俺が確認したってもいいけどなァ…自分で見つけてやらなきゃ後悔すんぞ。
どんなにひどい状態だって自分の目で見つけて自分で埋てやりてえだろ…」

と、そこまで言って振り向いた実弥は飽くまで淡々とした表情だが、何かを考え込んでいるように視線はどこか遠くを見ている…と思ったら唐突に零す。


「高度がおかしいと気づいてからどのくらい上空に居たかわからねえけど…たっかい金払ってるんだったら、即地下に誘導できるようなシステムなかったのかよ。
昨今はテロも流行ってんのになぁ…」
と、それは正しくただの文句に過ぎなかったのだが、そこで錆兎はようやく思い出した。


「あ…それだっ!」
と、いきなり動き出した錆兎に不思議な視線を向ける実弥。

「どうしたんだァ?」
と、後ろから声をかけるも、錆兎は止まらない。
まっすぐに…おそらく義勇の病室があったあたりへと駆け出していく。

そして足を止めてキョロキョロと辺りを見回した。


「いったい何探してんだァ?」
と、追いついた実弥を振り返ることなく、辺りに目を凝らしながら錆兎は答える。

「シェルター…小型の携帯シェルターをあいつのベッドの下に設置しておいたんだ。
だからそれに入っててくれれば……」

「それ、早く言えぇっ!それだったら輸送船が落下した角度からしたら、もおちょい東に流れてる気がするぜ?俺はそっち探すわっ!」



このあたりは現場慣れしている実弥は話も行動も早い。
目を覆いたくなるような惨状も全く気にすることなく、瓦礫も遺体も飛び越えて東方面へと移動していく。
そこでそちらは実弥に任せることにして、錆兎は今いるあたりを探すことにした。


シェルターは義勇のベッドの下にあったのだから、どちらにしてもシェルターが見つかれば入っていても入っていなくても義勇は見つかるだろう。
入っていなかったら…と思うと全身から血の気が引く思いがするが、今は考えまい。


そうしてどのくらい瓦礫をかきわけていたのだろうか、実弥が呼ぶ声がするので行ってみると、確かに足元に見覚えのあるカプセル型の携帯シェルターが。

幸いにしてそのすぐ側に遺体らしきものは見当たらず、その事に少し脳裏に希望が戻る。

はずみで少し離れたところに飛ばされた可能性が全くないとは言えないが、義勇にはシェルターの存在は教えている。
入っていてくれていると信じたい。


ごくりと唾を飲み込んで、錆兎は炎で煤けたボタンにそっと手を伸ばす。
そして祈るような気持ちでボタンを押すと、開くドア。

中に垣間見えるのは小さな頭と細い身体。


…ああ…神様……

と、一気に緊張が解けていく。


「ぎゆう……」

ペタンとその場に膝をついて、中を覗き込んで…しかし錆兎は茫然と固まった。



「錆兎?どうしたァ?」
といぶかしげにかけられる実弥の声もその耳には届かない。


まだふっくらとした頬を伝わる涙の跡。
苦しげに寄せられた綺麗な形の眉。
おそるおそるその白い首筋に手を触れてみて、錆兎は一瞬状況が理解できなくなった。


確かに一度はともった希望の灯りが見る見る間にしぼんでいく。
そう、理解できないのではない、したくなかったが正しい。


「…ぎゆう……ぎゆう……」
他の言葉は忘れてしまったかのように、乾いた唇からはその言葉しか出てこない。

まだ温かい…なのにそこにはあるべき生命を示す動きがない…脈が感じられない……
目の前の義勇は呼吸を止めていた。


軍のシェルターは小型ながらその性能は優秀だ。
防温は完璧で空気だって3時間は持つ。
もちろん衝撃だってある程度なら吸収してくれるはずである。


なのに何故?
そう考えてハッと思いあたる。

ああ…そうだ。

本当はもうすぐ手術するはずだった病んだ心臓…
シェルターは衝撃に耐えられても、その弱った心臓はそれに耐えられなかったのか……

丈夫なシェルターは体は守ってくれても、心までは守ってはくれなかったらしい。
そう思って見てみれば、苦しげな表情と涙の跡が改めて目に入ってくる。

どんなにか心細く恐ろしい思いを抱えたまま最期の時を過ごさせてしまったのだろうか…
そんな言い知れぬ悔恨が波となって押し寄せて来た。


…最悪だ……と思う。

全て自分自身の行動のせいだ…あの時助けるまでは良いとして、せめて速やかに距離を取ってやっていれば…。

少しでも良い病院で良い治療をなどと言うのは結局言い訳なのだ。

金だけ渡して元の病院に運んでおけば、おそらく自分で転院するなりなんなり出来ただろうし、良い治療だって受けられただろう。

それをしなかった、させなかったのは、錆兎の我儘だ。


たぶん自分は義勇と関わっていたかったのだろう…と、今更ながら思う。

ただ自分が守る事によって少年が健やかに回復して行く様子を眺めて実感していたかっただけだったのだ。



そんな事に気づいてしまえば、体から全ての熱が流れ出し、温かさを感じる全てが消えうせていく気がした。

寒い…なのに何故自分はまだ冷たい呼吸を繰り返しているのか…自分の体を確かに熱を持った血が巡っているのか…何故自分も凍りついたまま時を止めてしまう事ができないのか……


無意識に流れる涙は確かに錆兎の生命がまだ続いている事をしっかり伝えるように温かい。

心はこんなに凍えきっているのに、温かいのだ……。



Before <<<  >>> Next (6月10日公開予定)





0 件のコメント :

コメントを投稿