契約軍人冨岡義勇の事情14_保身のために余裕なくついた嘘は暴走する

「お前…誰だ…?」

不安になってウサギをぎゅっと抱きしめたままそう言うと、錆兎は凍りついたような表情で硬直した。

錆兎のふりをした誰かが自分を騙そうとしている?何故?
と、その反応にバレないと思っていたものがバレて動揺しているのかと余計に警戒心が増す。

言葉もなく硬直したままの錆兎の後ろからは、いかにも女性受けしそうなサラサラの髪に整った顔立ちの男が顔を覗かせた。

そして硬直する錆兎の肩をポン!と軽く叩きながら通り過ぎると、ベッドの横に膝まづいて、綺麗な切れ長の目で義勇の顔を覗き込んでくる。

そしてゆっくり、子どもに言い聞かせるような口調で言った。


「ここは東ライン軍の基地内だ。
俺は宇髄天元っつって諜報部の人間で、錆兎は鱗滝錆兎っていう軍の中でもド派手に偉い司令官で総帥の兄貴だ。
怪しいもんじゃねえから安心していいぜ。

お前さんの入院してた病院に事故で飛行機が墜落してな。
俺らが駆け付けた時にはお前さんいったん呼吸も心臓も止まっちまってたんだけどな、蘇生してそのまま基地に運び込んで、意識戻るまで2日だ。
そんでな、もしかしたら体弱りすぎて色々記憶飛んじまってる可能性もあるかと思うから、確認させてくれ。
お前さん…名前言えるか?」


綺麗な顔で実ににこやかに言うその姿は軍人というよりはどこぞの芸能人かあるいはホストと言った雰囲気で、他人を委縮させない男だ。

そう、その雰囲気に流されてついつい普通に最後まで聞いてしまって、その言葉を脳内で反復して義勇は蒼褪めた。


知っている…聞いた事がある…
鱗滝錆兎…東ライン軍の紅い悪魔……史上最凶の策士……

何故?と、脳内で色々がグルグル回った。

確かに自分は西ライン軍のスパイ…草だ。
でも下っ端中の下っ端で、そんなすごい相手に目をつけられるような立場では到底ないはずである。


「…覚えてねえか?」
にっこり微笑む男。

覚えてる…けど、自分の身元を話すうちボロが出るよりは、全部覚えてないで済ませてしまうほうが安全なんじゃないだろうか…


そんな事を考えて、バレたらどうしようかと思いつつも

「…わ…かんな……い……」
と泣きながら首を横に振ると、男はポンポンと安心させるように義勇の頭を軽く叩いた。


「泣かないでいいぜ。大丈夫。
俺は仕事上色々な所に行って色々な人間に会うし、そういう奴もよく見ちゃいるが、多少記憶が飛んでも普通に食べて飲んで寝れれば生きていくのには困らねえよ。
それにお前さんの場合はお前さんが自分の事覚えてなくても錆兎がちゃんと覚えてるからな」
と、そこまで言うと、男は立ち上がって錆兎に駆け寄った。


(…心肺停止してたって言ってたし…そのせいで記憶が抜け落ちてんのかもしれねえな。
もしかしたらこのまま戻らない可能性もある。
お前もショックだろうけど一番動揺してるのは本人だからな?
上手い事言ってやれ。
いつもみたいに照れ隠しの嘘はやめとけよ?不安にさせるからな?)

小声でささやかれたそれは、しかしながら耳の良い義勇には聞こえている。
だがそれは聞こえないふりをした方が良いのだろう。

義勇がただただウサギを強く抱きしめてそちらを凝視していると、男と義勇を交互に見ていた錆兎は、意を決したようにこちらに近寄って来た。


どこか泣きそうなその目は、最初に会った日に怯えた義勇と対峙したあの時の目とよく似ている。
色こそあの頃と違って藤色だが、その視線と空気は確かに義勇が知る錆兎のそれだった。


「ごめん…ごめんな……」
そっと義勇の髪を撫でる手の感触。
それで完全に確信する。

これは確かに錆兎だ。


「俺のせいだ…。本当は俺を狙って事故に見せかけて輸送機を墜落させたんだ。
悪い。巻き込んでごめんな。
巻き込まないように気をつけてはいたんだが、無理だったみたいだ。
でもこれからは絶対に守るから。ぎゆうの事は全部俺が責任持つし、絶対に守る。
何があってもどんな犠牲を払っても守るからな」

横たわる義勇の手を握りしめる義勇より少し大きくて固い手が震え、押しあてている顔は涙で濡れていた。


演技ではないだろう。
錆兎は一般人の義勇を自分が巻き込んでしまったと思っている。


まあ…義勇自身に輸送機一機分の価値などありはしないのだから、巻き添えを食ったのは確かなのだろうが、問題は一般人…という誤解の方だ。


軍事訓練を受けてない草とは言え、敵軍の息のかかったスパイもどきであることがバレたらさすがにまずい。

これは絶対に言えない。
幸いにして思い切り誤解してくれているようだし、それに乗るしかない。
そういう意味では覚えていないと言う設定は便利だ。
全てそれで乗り切れる。


こうして義勇は全てに目をつぶり、覚えていないで通す事に決めた。

そうしてこの先どうなるかなど、全く考えることなどなく、実に安易に…
それが自分の人生を激動のモノにするとも知らずに……


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