それは義勇の実母と同じ中央地域でも北部の訛り。
それを知ったのは出会ったその日。
錆兎は自分の名を名乗って錆兎と呼んでくれと言い…そして義勇の名前を聞いて
――義勇…ぎゆう…か…
と呟いた。
その”ぎゆう”という名を口にする時のイントネーション、それが中央地区ではなく北部のイントネーションで、元々は北部出身の母と同じだったこともあって、義勇の耳にはひどく懐かしく響いた。
母が亡くなってからその発音で呼ぶ者はいなくなっていたが、錆兎に下の名で呼んで良いか?と問われて、断る理由もないから了承した。
いや、違うか。
誰かに…いや、錆兎に特別な呼び方をして欲しかったのだと思う。
義勇自身は中央部の出身だったが錆兎は北部の出身らしく、彼が語る老人とのやりとりの端々に、北部出身の母がよく話していたような北部特有の慣習やら特色やらが見え隠れしていて、義勇がそんな母と同じ地域で育った彼にすっかり気を許してしまうまでには、そう時間はかからなかった。
ぎゆう…ぎゆう…ぎゆう………
出会って1週間、錆兎は仕事で戻ってしまい彼とのやり取りは電話になったので、余計に自分を呼ぶその声が耳に残る。
一見硬質できつそうなその顔立ちに似合わず、彼が義勇を呼ぶ声は低いが優しく、義勇の願望がそう思わせるのか、ともすると甘さを含んでいた。
錆兎にその特別な訛りで名前を呼ばれると、心の奥がほんわりと温かく、何かくすぐったいような恥ずかしいような気持ちになる。
そんな感情をなんと呼ぶのか、義勇は知らない。
そんな中、錆兎が帰ってしまって早3週間以上が過ぎた。
手術の1週間前にはこちらに来てくれる予定だったので、本当だったら今頃電話越しではなく直にあの声を聞いていたはずなのだが、3日ばかり前、携帯を覗くと珍しくメール。
内容もただ、
『悪い。今仕事ですごく遠くに来てしまっていて、行けそうにない』
と、たったそれだけ。
いつもいつも細やかな錆兎にしてはそっけないそれ。
再会を楽しみにしていたので悲しかったしがっかりもしたが、その文面のそっけなさが、逆に今の彼の忙しさをあらわしている気がした。
ほぅ…とメールを閉じ、肩を落とす。
仕方ない…。
もともとは本当にたまたま居合わせた赤の他人だ。
なのに錆兎はありえないほど色々を義勇に与えてくれている。
今こうしてホワイトアースの中でも1,2位を争うくらいに大きく医療設備の整った病院の…しかも特別室などというすごい場所で過ごしていられるのも、高度な治療を受けられるのも、それこそ職員やナースは金額は教えてはくれないが、一般人が一生働いても払いきれないくらい高額な手術を受けられるのも、全ては錆兎がそうやっておそらくとてつもなく大変なのであろう仕事をして医療費を払ってくれているおかげだ。
本当に仕方のないことなのだ…と悲しい気持ち寂しい気持ちを飲み込んで、義勇は再度メーラーを開いて、
『ナースも良くしてくれるし、体調も良いから大丈夫。
俺の事は気にせず仕事頑張って。無理しすぎない程度に』
と、返事を返して、今度こそ携帯を切ってサイドテーブルの上に置いた。
まあ…寂しいというだけで無理は言えない。
手術は普通に終わるのだろうし、術後でも錆兎にはいくらでも会える。
…会いに来てもらえるなら……と、そこでふとこのところずっと心の奥でくすぶっていた不安が脳裏をよぎった。
そう、錆兎の方はいつでも義勇に会いにこれるが、義勇は錆兎が何者なのかも実は知らない。
彼が突然に義勇以外の誰かに興味を移してそちらに時間を使いたくなったとしたら、彼を追う術は義勇にはないのだ。
『ナースも良くしてくれるし、体調も良いから大丈夫。
俺の事は気にせず仕事頑張って。無理しすぎない程度に』
と、返事を返して、今度こそ携帯を切ってサイドテーブルの上に置いた。
まあ…寂しいというだけで無理は言えない。
手術は普通に終わるのだろうし、術後でも錆兎にはいくらでも会える。
…会いに来てもらえるなら……と、そこでふとこのところずっと心の奥でくすぶっていた不安が脳裏をよぎった。
そう、錆兎の方はいつでも義勇に会いにこれるが、義勇は錆兎が何者なのかも実は知らない。
彼が突然に義勇以外の誰かに興味を移してそちらに時間を使いたくなったとしたら、彼を追う術は義勇にはないのだ。
いや、例え彼の所在が明らかになったとしても、そうなった時に追う権利もない。
自分達の関係の全ては錆兎のきまぐれな善意から始まっているのだから…。
そう考えると胸の奥がぎゅっと締め付けられるような気分になる。
悲しい…寂しい…
だからこそ会いたいのだ。
まだ飽きられていないうちに少しでも会いたい。
そう思えば大抵は体につけられた管からつながる装置がピーピー鳴って、ナースや医師が飛んでくる。
あまり悲観的になるのは人騒がせで宜しくない。
そうは思うのだが、そんな不安が消えるのはきっと錆兎がすぐそばにいて、彼が自分にまだ飽きていないと実感できる時だけなのだ。
自分でもどうしようもない感情をもてあましながら、義勇は今日も点滴から入れられた睡眠導入効果のある薬の力で眠りにつく。
こうして手術まであと3日という日の夕方のこと、ずっと連絡のなかった錆兎から電話が入った。
今仕事が終わって大急ぎで戻っているところで、明日にはこちらに来てくれると言う。
何度も何度も申し訳なさそうに謝って、そして義勇の体調を気遣ってくれる。
ああ…好きだ…嬉しい…
そう思えばこのところあまり宜しいとは言えなかった体調が一気に回復してきた気がした。
出先からの移動中だったらしく、そろそろ着くからと切れる電話。
…もうすぐ会えるのか……
自分達の関係の全ては錆兎のきまぐれな善意から始まっているのだから…。
そう考えると胸の奥がぎゅっと締め付けられるような気分になる。
悲しい…寂しい…
だからこそ会いたいのだ。
まだ飽きられていないうちに少しでも会いたい。
そう思えば大抵は体につけられた管からつながる装置がピーピー鳴って、ナースや医師が飛んでくる。
あまり悲観的になるのは人騒がせで宜しくない。
そうは思うのだが、そんな不安が消えるのはきっと錆兎がすぐそばにいて、彼が自分にまだ飽きていないと実感できる時だけなのだ。
自分でもどうしようもない感情をもてあましながら、義勇は今日も点滴から入れられた睡眠導入効果のある薬の力で眠りにつく。
こうして手術まであと3日という日の夕方のこと、ずっと連絡のなかった錆兎から電話が入った。
今仕事が終わって大急ぎで戻っているところで、明日にはこちらに来てくれると言う。
何度も何度も申し訳なさそうに謝って、そして義勇の体調を気遣ってくれる。
ああ…好きだ…嬉しい…
そう思えばこのところあまり宜しいとは言えなかった体調が一気に回復してきた気がした。
出先からの移動中だったらしく、そろそろ着くからと切れる電話。
…もうすぐ会えるのか……
と、切れてからも電話をぎゅっと握りしめて久々に楽しい気分でいたが、そこで絶対に見なければいけないので見ているテレビ番組に目をやって、義勇は顔面蒼白になった。
Before <<< >>> Next (6月6日公開予定)
0 件のコメント :
コメントを投稿