契約軍人冨岡義勇の事情10_非常時に持つべき者は出来る友である

「なんだ?!…ああ、兄さんはもう行ってくれてかまわない」
と、伝令の言葉に振りむきつつそう言ってくれる弟に感謝しながら駆け抜けようとした錆兎の耳に、とんでもない言葉が入ってきた。

「西ライン軍の軍用輸送機が中央のホワイトアースの病院に墜落したそうですっ!」

「兄さんっ!!」
と、それを聞いて杏寿郎が振り返る。


「ちょっと待てっ!!それ、ホワイトアースのどこの病院だっ?!!!」
伝令に駆け寄って、しかし返事を聞く前に錆兎は胸の内ポケットから携帯を取り出した。


(義勇…義勇…無事でいてくれ……)
青ざめた顔でプライベートの携帯をかける兄に、杏寿郎も厳しい顔で伝令に状況を聞く。

伝令の口から伝えられたのは、ホワイトアースでも一番くらいに医療設備の整った大病院。
そう、錆兎がずっと老人を、そして今は助けた少年を入院させているあの病院だ。

厳しい表情でカッと目を見開いたまま兄に視線を向ける杏寿郎。
錆兎は繋がらない電話にしがみついたままだ。


緊迫しつつも凍りつく空気。

しかし

「錆兎ぉ~、さっさと乗れぇ!」
と、そこで怒ったような顔で錆兎の腕を掴んで今降りて来たばかりの軍用機に引きずっていくのは実弥だ。


「ちょっと待ってくれっ!どこに行く気だっ?!」
と、引き留める杏寿郎の手をパン!と弾く。

「ここで色々言ってても仕方ねえだろうがぁ。
とりあえず現場向かうぞ」

「待てっ!もう少し状況を……」

「状況なんて調べるより錆兎の大事なやつを助ける方が先だろぉ。
ごちゃごちゃ考えるより時間との勝負だなんて馬鹿でもわかる。
これだから後ろに居る奴はぁ…」

実弥はそう言いつつ操縦席に放り出したヘルメットをかぶり、錆兎にも同じく投げてよこす。


「貴様っ!総帥に向かってなんというっ…」
「ちょっと待てっ!敵がうろついているところに軍事機密をっ…」

側近たちが止めようと駆け寄ってくるのを

「うるせえっ!!!」
で一喝。


「止める気なら殺される覚悟でかかってこい!!
俺に勝てる思うんだったらなぁっ!
機密?!たかが機械だろうがぁっ!
例え壊れたって俺1人でこんな鉄の塊の2台や3台分の仕事くらいしてやるっ!」

一気に殺気を撒き散らして恫喝する実行部隊のエースに事務方がメインの面々は動く事すら出来ない。

凍りついたような側近達や伝令の横を通り抜け、錆兎は杏寿郎を振り返り

「杏寿郎すまん。本当にあとでなら処罰はいくらでも受けるから今だけは行かせてくれ」
と、へにゃりと眉尻を下げて言う。


いつでも自身の事を後回しにして弟である自分の都合を優先してきた兄が初めてくらい通す自我だ。それを無下にできようはずもない。

杏寿郎は小さく首を横に振った。

「いや…今回のは兄さんが予定通り休暇を取れて現地に向かえていれば起こらなかったことだ。
つまり…兄さんを予定期間を超過して現場に引きとめた俺に責任はある。
だからその…兄さん自身も気をつけていってくれ。」
と、こちらも少し困ったように眉を八の字にしてそう言う弟。

「…感謝する」
と、その言葉にホッとしたように…しかし泣きそうな顔で微笑んで、錆兎は実弥に続いて戦闘機に乗り込んだ。



「…実弥、すまん。…でも本当に助かった」

こうして離陸。
一路中央地域へと急ぐ中、錆兎は本当に困った時には頼りになる旧友に手を合わせた。

自分はいつでも冷静で…恵まれない環境で育ったのもあり打たれ強いと思っていたが、今こうなってみると、こんなに無様なくらい動揺している…弱い…
手の震えが止まらず、心臓が痛いほど脈打っている。

怖い…どうしようもなく怖い…

切れぬままの携帯を握りしめる手は震えていて、全身はありとあらゆる温かみが消え去って冷気に埋め尽くされたように寒気がした。

不安は頭の中を覆い尽くし、その中でぽつりと嫌な考えが生まれては広がっていく。

西ライン軍の輸送機と言っていた…
普通なら通らない中立地帯の上空。
そこそこ広いホワイトアースの中で自分に関わりのある少年が入院している病院にピンポイントで墜落…

しかも…本来は今頃自分はそこにいたはずで……
今回滞在が延びたのはたまたまで……


「考えてもしかたねえこと事考えるのはやめとけぇ。
それより宇髄に連絡して、搬送準備してもらえ。
病院潰れてんだろうから手術できねえし、それだったら軍で治療してもらえばいいんじゃね?」

不安と悔恨それに自責に押しつぶされそうになった時、傷だらけの手が伸びてきて、くしゃりと錆兎の頭を一撫で。
それから実弥はまた操縦桿を握りなおした。

なるべくレーダーなどにかからないようにギリギリの低空飛行をしてくれているらしく、少し緊張した面持ちで前を見ているが、そう言葉をかけてくる声は優しい。


自分はずっと孤独で頼れる人間もなく自分の身は自分でなんとでもして行かなければならないと思い込んでいたが、いざ何かあったらこうして気遣ってくれる友人に、どうやら今までの自分の環境に対する自分の認識が間違っていたらしいとここで気づく。

心の荷が少しおりた気分で

「…ああ…そうさせてもらう」
とそこで錆兎がそう言うと、実弥は
「じゃ、急いでお姫さん迎えにいかなきゃなぁ」
と、少し笑って頷いた。




Before <<<  >>> Next (6月5日公開予定)



3 件のコメント :

  1. 気のせいかさねみんがやや、関西弁風?

    返信削除
    返信
    1. 確かに(笑)
      きっと直前の任務は関西でそこで移ってきたのかも…(嘘💦)
      修正しました。
      ご指摘ありがとうございます。

      削除
  2. このコメントは投稿者によって削除されました。

    返信削除