ところ変わって、東ライン軍の執務室。
少し硬質で人によっては近寄りがたく見える錆兎よりもさらに取っつきにくい雰囲気の、最前線に切り込む実働部隊の人間だが、実はかなり面倒見がよく人情家だ。
元が大家族の長男で戦災でその全てを亡くしているというのもあり、とにかく子どもには優しい。
今回も錆兎が中立地帯に行くというので、匿名でこっそりと支援している孤児院の子ども達用に、東ライン地区でも評判の中央ライン地域のキャンディショップのキャンディを頼んでいたのだ。
「ああ、孤児院の子ども達は今14人だったよな?
店員のおすすめを何種類か14袋に小分けにしてラッピングしてもらった」
と、その可愛らしい14個の小分けの袋が入った綺麗な紙袋を揺らすと、
「ありがとなぁ。あそこの店は配達とかしてなくて実際に買いに行くしかねえからなぁ。
街中のガキが親の土産か何かで見せびらかしてて、院で一番のチビが羨ましがって泣いててたらしくて、どうしても買ってやりたかったんだよなぁ」
と、傷だらけの武骨な手に似合わずそっと丁寧にそれを受け取った。
手だけではない。
顔を一文字に横切る大きな傷があり、子どもを怖がらせるだろうからと自身は顔を出さずに部下に金と支援物資、さらに時折こうやって小さな贈り物を届けさせている優しい男である。
しかしその傷を気にしなければ笑うと案外愛嬌のある顔立ちをしているので、自分で届ければ最初は怯えてもじきに慣れるんじゃないだろうか…と思うのだが、そう言っても実弥は
──別に恩売りたくてやってんじゃねえんだから、いいんだよ
と、少し困ったように笑って言う。
今回もそんなやりとりをしたあと、錆兎は、そんなことより総務にまた休暇届けを出さなければならないな…休暇を取ったばかりでまたくれとは言いにくいし申し訳ないのだが…と思いつつも休暇願いを書くことにした。
てっきりまたさらに一言二言何か言ってくると思ったら書類に向かう錆兎に、その手元を覗き込んだ実弥は
「またなのかぁ?仕事大好き人間のお前にしては、最近ずいぶん休むんだな」
と、不思議そうに目を丸くした。
そこでさらに勝手に他人の執務室に入って来て、いきなり実弥同様の行動を取る人物が1人。
元が大家族の長男で戦災でその全てを亡くしているというのもあり、とにかく子どもには優しい。
今回も錆兎が中立地帯に行くというので、匿名でこっそりと支援している孤児院の子ども達用に、東ライン地区でも評判の中央ライン地域のキャンディショップのキャンディを頼んでいたのだ。
「ああ、孤児院の子ども達は今14人だったよな?
店員のおすすめを何種類か14袋に小分けにしてラッピングしてもらった」
と、その可愛らしい14個の小分けの袋が入った綺麗な紙袋を揺らすと、
「ありがとなぁ。あそこの店は配達とかしてなくて実際に買いに行くしかねえからなぁ。
街中のガキが親の土産か何かで見せびらかしてて、院で一番のチビが羨ましがって泣いててたらしくて、どうしても買ってやりたかったんだよなぁ」
と、傷だらけの武骨な手に似合わずそっと丁寧にそれを受け取った。
手だけではない。
顔を一文字に横切る大きな傷があり、子どもを怖がらせるだろうからと自身は顔を出さずに部下に金と支援物資、さらに時折こうやって小さな贈り物を届けさせている優しい男である。
しかしその傷を気にしなければ笑うと案外愛嬌のある顔立ちをしているので、自分で届ければ最初は怯えてもじきに慣れるんじゃないだろうか…と思うのだが、そう言っても実弥は
──別に恩売りたくてやってんじゃねえんだから、いいんだよ
と、少し困ったように笑って言う。
今回もそんなやりとりをしたあと、錆兎は、そんなことより総務にまた休暇届けを出さなければならないな…休暇を取ったばかりでまたくれとは言いにくいし申し訳ないのだが…と思いつつも休暇願いを書くことにした。
てっきりまたさらに一言二言何か言ってくると思ったら書類に向かう錆兎に、その手元を覗き込んだ実弥は
「またなのかぁ?仕事大好き人間のお前にしては、最近ずいぶん休むんだな」
と、不思議そうに目を丸くした。
そこでさらに勝手に他人の執務室に入って来て、いきなり実弥同様の行動を取る人物が1人。
「あー、行き先また中央ラインの病院かぁ?
なあ、いい加減白状しろよ。
昔馴染みとか言って、実は特別な子なんだろ。可愛い子かぁ?」
にやにやと笑いながらそう言って肘で錆兎の肩をつつくのは宇髄。
錆兎が戻ったと聞いて暇つぶしに来たらしい。
奥の錆兎のデスク横まできて、錆兎と同じように書類を覗き込んできた。
なあ、いい加減白状しろよ。
昔馴染みとか言って、実は特別な子なんだろ。可愛い子かぁ?」
にやにやと笑いながらそう言って肘で錆兎の肩をつつくのは宇髄。
錆兎が戻ったと聞いて暇つぶしに来たらしい。
奥の錆兎のデスク横まできて、錆兎と同じように書類を覗き込んできた。
実弥は実働部隊、宇髄は諜報部と、所属は分かれたものの連携する事もあるし、プライベートではいつもつるんでいるため二人とも錆兎が定期的に中央の病院に見舞いに足を運んでいるのは知っていた。
もちろん錆兎としては嘘をつく理由はないので昔馴染みの老人の見舞いだと言っていたのだが、二人とも、特に宇髄ははなから信じずずっと可愛い幼馴染だと思っていて、いつも白状するようにと口にする。
俺はお前じゃない!色恋沙汰の話などないっ!…と、何度否定しても信じないので、今回の諸々はもっと信じないだろうなと思いつつ、それでも生真面目な錆兎はやはり真実を告げた。
「ああ、実はじいさんが1週間前に亡くなってな。
その帰り道に倒れてる奴見つけて、なんとなく助けてじいさんと同じ病院に放り込んだんだ。
で、落ち着くまでと思って向こうで見舞いに通ってたんだけど、仕事あるしな。
一旦戻ってきた。
でもそいつ心臓悪くて1カ月後に手術だから、その時にはまた来てやるって約束したから…」
もちろん錆兎としては嘘をつく理由はないので昔馴染みの老人の見舞いだと言っていたのだが、二人とも、特に宇髄ははなから信じずずっと可愛い幼馴染だと思っていて、いつも白状するようにと口にする。
俺はお前じゃない!色恋沙汰の話などないっ!…と、何度否定しても信じないので、今回の諸々はもっと信じないだろうなと思いつつ、それでも生真面目な錆兎はやはり真実を告げた。
「ああ、実はじいさんが1週間前に亡くなってな。
その帰り道に倒れてる奴見つけて、なんとなく助けてじいさんと同じ病院に放り込んだんだ。
で、落ち着くまでと思って向こうで見舞いに通ってたんだけど、仕事あるしな。
一旦戻ってきた。
でもそいつ心臓悪くて1カ月後に手術だから、その時にはまた来てやるって約束したから…」
と、自分で言っててもなんだか怪しい。
「あ~錆兎、そこまでだとだめだわ。
もう嘘ばればれだぁ。
やっぱり可愛い子だったのかよぉ?」
もう嘘ばればれだぁ。
やっぱり可愛い子だったのかよぉ?」
と、今までは錆兎の言う事に否定も肯定もしていなかった実弥にまで思い切り嘘と認定された。
でも仕方がない。
だって本当の事なのだ。
助けた子ども、義勇が可愛いかどうかといえば、かなり可愛い部類に入ると思うのだが……
ぴょんぴょんとはねた子猫のような手触りの漆黒の髪にクルンと綺麗にカーブを描いた同色の長いまつげ。
それに縁取られた大きくまるい青い瞳も、まるで子猫のそれのようで愛らしい。
でも仕方がない。
だって本当の事なのだ。
助けた子ども、義勇が可愛いかどうかといえば、かなり可愛い部類に入ると思うのだが……
ぴょんぴょんとはねた子猫のような手触りの漆黒の髪にクルンと綺麗にカーブを描いた同色の長いまつげ。
それに縁取られた大きくまるい青い瞳も、まるで子猫のそれのようで愛らしい。
全体的に小動物のようなその容姿を脳裏に浮かべて
「まあ…可愛い…か」
と、思わず呟くと、友人達は2人そろって、はぁぁ~~と大きくため息をついた。
「とうとう暴露しちまったかぁ…」
「ああ…認めるまで長かったよなぁ…」
「まあ…いくら錆兎だってこんなに足しげくとか、おかしい思ったわ」
「な、俺の言った通りだっただろ?」
交互に紡がれる2人の言葉に、錆兎は慌てて否定した。
「違うっ!!嘘じゃないっ!!
今まで通ってたのはほんとにじいさんのためで、可愛いのは今回助けたやつで……」
と、思わず言って、しかしすぐ自分が口にした言葉に気づいて赤くなって口ごもった。
「…錆兎が特別作らなかったのは、そういう事だったんだな、やっぱり」
「…別に俺達だって取ったりしないぜ?さすがに錆兎の純愛踏みにじるようなえげつない事はしねえから……」
と、二人して生温かい視線を送ってくる友人達。
「まあ…可愛い…か」
と、思わず呟くと、友人達は2人そろって、はぁぁ~~と大きくため息をついた。
「とうとう暴露しちまったかぁ…」
「ああ…認めるまで長かったよなぁ…」
「まあ…いくら錆兎だってこんなに足しげくとか、おかしい思ったわ」
「な、俺の言った通りだっただろ?」
交互に紡がれる2人の言葉に、錆兎は慌てて否定した。
「違うっ!!嘘じゃないっ!!
今まで通ってたのはほんとにじいさんのためで、可愛いのは今回助けたやつで……」
と、思わず言って、しかしすぐ自分が口にした言葉に気づいて赤くなって口ごもった。
「…錆兎が特別作らなかったのは、そういう事だったんだな、やっぱり」
「…別に俺達だって取ったりしないぜ?さすがに錆兎の純愛踏みにじるようなえげつない事はしねえから……」
と、二人して生温かい視線を送ってくる友人達。
もうこれはこれ以上何を言っても無駄だろう。
「勝手に言ってろ」
と、もうそれは放置する事にして、錆兎は書いた休暇届けを出しに、総務課に向かう事にした。
可愛い…確かに可愛い。
実は小さいモノ、可愛いモノが錆兎は好きだ。
だがそれらには大抵怯えられる。
実弥ほどではないが、錆兎も顔に傷がある。
唇の端から右頬にかけて、だいぶ薄くはなったが結構大きな傷痕だ。
見かけがそんな感じなのと、厳しい環境で育ってきてそのまま軍で過ごしてきたので、おそらく柔らかさにかけるのだと思う。
庶子とは言え前総帥の実子で、現総帥である弟を育てあげた人間と言うこともあり、さらに周りに距離を取られる。
気の置けない相手として接してくれるのは、本当にこの二人の友人達くらいだ。
だからあの日…一応相手の事を助けたわけだし、悪い人間とは思われないだろう…そんな期待を裏切って、説明のために訪れた病室でいかにもまだ少年と言った可愛らしさの残る義勇に怯えたように硬直された時は、ああ、またか…と、泣きたい気分になった。
何もしないのに…仲良くしたいだけなのに…と思いながらも相手は病人。
特に心臓が悪いのだから恐怖心やストレスを与えるのはよろしくはないだろうと、即撤収しようとしたら、何故か引き留められ、そこからはおずおずとだが気を許してくれて話をしてくれるようになった。
もう感動ものだ。
おそるおそる子猫の毛並みのような髪を撫でればくすぐったそうに身をすくめる様子の可愛らしい事。
最初錆兎の事を老人だと思っていたから若くて驚いたのだ、という言葉は嘘ではないだろうが、それだけでもないだろう。
気を使ってくれているのだとは思うが、それでも徐々に普通に話をしてくれるようになって嬉しかった。
本当に嬉しかったのだ。
と同時に気が引き締まる。
最初の怯えた様子…あれは一般人としては正しいというか、ああいう反応をみせたからこそ、義勇は本当に一般人なのだろう。
だから間違っても自分のいざこざに巻き込んだりしないようにしなければ。
絶対に自分に関わりのある人間だと知られてはならない。
そう、自分は老人の時と同様に、月に1度ほどこっそりと見舞う他は、医療費を振り込むだけだ。
それ以上近づけば、きっとあの小さく弱い命はあっという間に摘み取られてしまうだろう。
(…ああ…でも引き取りたいな…一緒に暮らしたい…)
仕事から疲れて帰った時、別に何をしなくてもいい。
あんな子どもが部屋で待っていたらきっと和むだろう。
誰かが待っている温かい部屋…そんな環境を持てた事はないのだが、どこか懐かしい気がする。
そんな優しい夢を胸にソッとしまって、錆兎は書類に向かう。
西ライン軍の動きを確認。
今回も戦場に出て指揮をする方が手っ取り早いしそうする事になる。
その前に自分に何かあった時にあの子が困らないように、一生分の医療費や生活費をまかなえるよう手配しておこう。
自分が死んだ時には…などとあまり明るくない想像なはずなのだが、義勇の事を考えると何故か心が温かくなる。
何を考えてもあの子が関わっていると思うと幸せな気分だ。
「勝手に言ってろ」
と、もうそれは放置する事にして、錆兎は書いた休暇届けを出しに、総務課に向かう事にした。
可愛い…確かに可愛い。
実は小さいモノ、可愛いモノが錆兎は好きだ。
だがそれらには大抵怯えられる。
実弥ほどではないが、錆兎も顔に傷がある。
唇の端から右頬にかけて、だいぶ薄くはなったが結構大きな傷痕だ。
見かけがそんな感じなのと、厳しい環境で育ってきてそのまま軍で過ごしてきたので、おそらく柔らかさにかけるのだと思う。
庶子とは言え前総帥の実子で、現総帥である弟を育てあげた人間と言うこともあり、さらに周りに距離を取られる。
気の置けない相手として接してくれるのは、本当にこの二人の友人達くらいだ。
だからあの日…一応相手の事を助けたわけだし、悪い人間とは思われないだろう…そんな期待を裏切って、説明のために訪れた病室でいかにもまだ少年と言った可愛らしさの残る義勇に怯えたように硬直された時は、ああ、またか…と、泣きたい気分になった。
何もしないのに…仲良くしたいだけなのに…と思いながらも相手は病人。
特に心臓が悪いのだから恐怖心やストレスを与えるのはよろしくはないだろうと、即撤収しようとしたら、何故か引き留められ、そこからはおずおずとだが気を許してくれて話をしてくれるようになった。
もう感動ものだ。
おそるおそる子猫の毛並みのような髪を撫でればくすぐったそうに身をすくめる様子の可愛らしい事。
最初錆兎の事を老人だと思っていたから若くて驚いたのだ、という言葉は嘘ではないだろうが、それだけでもないだろう。
気を使ってくれているのだとは思うが、それでも徐々に普通に話をしてくれるようになって嬉しかった。
本当に嬉しかったのだ。
と同時に気が引き締まる。
最初の怯えた様子…あれは一般人としては正しいというか、ああいう反応をみせたからこそ、義勇は本当に一般人なのだろう。
だから間違っても自分のいざこざに巻き込んだりしないようにしなければ。
絶対に自分に関わりのある人間だと知られてはならない。
そう、自分は老人の時と同様に、月に1度ほどこっそりと見舞う他は、医療費を振り込むだけだ。
それ以上近づけば、きっとあの小さく弱い命はあっという間に摘み取られてしまうだろう。
(…ああ…でも引き取りたいな…一緒に暮らしたい…)
仕事から疲れて帰った時、別に何をしなくてもいい。
あんな子どもが部屋で待っていたらきっと和むだろう。
誰かが待っている温かい部屋…そんな環境を持てた事はないのだが、どこか懐かしい気がする。
そんな優しい夢を胸にソッとしまって、錆兎は書類に向かう。
西ライン軍の動きを確認。
今回も戦場に出て指揮をする方が手っ取り早いしそうする事になる。
その前に自分に何かあった時にあの子が困らないように、一生分の医療費や生活費をまかなえるよう手配しておこう。
自分が死んだ時には…などとあまり明るくない想像なはずなのだが、義勇の事を考えると何故か心が温かくなる。
何を考えてもあの子が関わっていると思うと幸せな気分だ。
初めて感じるそんな気持ち…それが何なのかを敢えて見ぬふりで、錆兎は仕事に気持ちを戻した。
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