契約軍人冨岡義勇の事情7_謎の富豪

「あ~、いいっ。そのまま起きるな」


とにかく焦った。
てっきり現役から引退して悠々自適の老紳士の道楽だと思っていたら、おそらくまだ20代くらいの青年だったのだから。

しかも顔が良い!!
さらさらの茶色の髪に、きりりと凛々しい太めの眉。
目元も吊り目がちだが綺麗なアーモンド型で、きらきらと美しく輝いている。
しっかりとした鼻に大きめの形の良い唇。

そのすべての顔のパーツが美しく整うようにと計算し尽くされたような配置に置かれていた。

そして…単に顔が整っているだけではなく、体格だって素晴らしい。
服の上からもわかるほどにしっかりと筋肉のついた体躯。

漂う空気がなんだか生き生きと輝いて見える。


まあ、それはとにかく顔が良い。
とても顔の良い男性だ。
その顔の良さはいくら見ていても見飽きることはなく、思わず凝視してしまう。

今の義勇の状況を考えると失礼極まりないかもしれない感想、態度ではあるのだが……。

だからすぐに失礼があってはいけないとまず反射的に思い、きちんとした服も着ずにダランと横たわったまま対峙している自分が許されない気がした。

寝間着はもうどうしようもないとして、せめてきちんと立つか、それが無理なら椅子に座った体勢でお礼を…と思ったのだが、それを制したのは青年だった。

ひどく怒ったような感じでかなり強く制されて義勇がもうパニックを起こして横たわったまま硬直していると、青年はとたんに綺麗な形の眉を八の字にして心底困ったような…どこか泣きそうな顔をする。


「…すまん…。ごめんな、俺はどうしてか相手を緊張させる人間みたいで…。
少し話と説明をと思ったんだが、やはりあれだ、ナースに頼んでおくな?
一つだけ、金銭的な事は全部俺が責任持って面倒みるから気にしないで良い。
入院関係のものじゃなくても何か欲しいものがあったらナースに頼んで用意してもらってくれ」

目を見張るようなイケメンのどこか情けなさそうな困ったような笑みになんだか急に親しみを覚えて、義勇は慌てて手を伸ばしてその上着の裾を掴んで引きとめた。

すると男は目を丸くして、それから浮かべた微笑みはずいぶんと優しいものだった。


「…なんだ?なにかあるのか?」
と、少し身をかがめると、美しい茶色の目が義勇の顔を覗き込んでくる。

まるで小さな子どもを見るような柔らかいまなざし。
これが従来の男の姿なのだろう。

それはそうだ。
優しい人間でなければ見ず知らずの人間にここまでしてくれるわけがない。
いきなり誤解をさせて悪いことをしたと思う。


しかし
「礼…言ってないから…」
と、それでも別に男が…というわけじゃなくて、知らない人間に慣れなくて上手く言葉が出ない。
すると、口ごもる義勇の頭を男は軽く撫でて言った。

「いや…俺のほうこそ勝手に転院させて悪かったな。
ずっと入院してた親代わりみたいだったじいさんが死んでしまってな。
まあ、老衰なんだろうけど…。
ちょっとばかし落ち込んでいて、そんな時にお前をみつけてつい助けたくなってしまった。
だから俺の自己満足なんだ。
気を使わせてすまない」

笑っているけど泣いているように見えた。
実際は涙なんて出てはいないのだけど……。


「じいさんか何かの道楽だと思ったんだ…」
何かを言わなければ…と思って出た言葉はあまり上手い会話とは言えないが、男は笑ってくれた。

「なんだ、そりゃ」
と楽しそうな反応がかえって来てホッとする。

「…看護婦さんが助けてくれた相手が富豪だって言ってたから…。
なんかじいさんだと勝手に思った」
「ああ、なるほどな」

「それで…若かったからびっくりしただけなんだ…。ごめん」
「いや、確かにそうだよな」
と、それからはスルスルと言葉が出て来た。

お礼を言って名前を聞いて…もっとも錆兎とだけで名字は教えてくれなかったが

「錆兎って呼んでくれ。親しい奴は…じいさんもそう呼んでたし」
と言われれば、別に拒絶されているようにも思えず、義勇は了承した。


こうして母親が亡くなって以来ひさびさに医療関係者以外と知り合った。

錆兎はそれから数日は毎日通ってくれて、しかし仕事が忙しいのだろう。
1カ月後の手術の時にはまた来るから、それまで…と、何かあったら連絡が取れるようにと携帯電話をくれて帰っていった。


大丈夫…とは言われても手術に絶対はない。
それは普通なら恐ろしいモノなのだが、その日になればまた錆兎が来てくれる。
そう思えば、それは孤独な少年義勇にとって随分と待ち遠しい日になっていた。


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