一般人初心者ですが暗殺業務始めます49_消された真実、造られた事実

「あまり時間をかけるとお前の過保護な旦那が我慢しきれずに戻ってきそうだからな。
要件を簡潔にすませる」

相変わらずニコリともせず淡々とした口調。

義勇にとって猗窩座はホワイトアースの入院患者という設定の信憑性を高めるように開胸手術を施すために寄越された医師というだけの知り合いで、しかし義勇にすら気づかれないように情報を引き出すための諸々を埋め込んでいたりとかして軍に協力しているのかと思えば、何故かカナエと懇意だったりする謎の人物だ。


敵なのか味方なのかわからない。
正直に言えば得体が知れなくて怖い。

固くなる義勇に猗窩座は
「まあ…それがなくともお前はあまりグズグズしてると発作を起こしそうだしな」
と、肩をすくめた。

怯えているのを完全に見抜かれている。


それでも…義勇はもう誰かの言いなりになる気はなかった。
猗窩座の言葉ではないが気を抜くと苦しくなりそうな心臓を叱咤して、キっと顔をあげる。

言葉を紡ごうとすると、悲しい、つらい、こわい、そんな気持ちが溢れでて、それを発作につなげないように、義勇は落ち着こうと深呼吸する。

しかし、
「…俺は…も…軍に協力はしない…」
と、そこまで言い切った時に、苦しさで義勇は言葉を失った。

呼吸ができなくなって、空気を求めてパクパクと口を開閉していると、猗窩座が酸素マスクを義勇の口に当て、なにやら注射を打つと、肩をすくめて言った。

「お前の希望を聞いてやるなどというサービスは俺にはないから、もう喋らないほうがいいぞ。
俺の言う事を一方的に聞け」

随分と無茶な言い草ではあるが、どちらにしても呼吸が落ち着くまでしゃべる事はできない以上、そうするしかなさそうだ。

従うか従わないかの選択は別にして…と、内心思いながら義勇はうなづいた。


「まずは軍にいた事を速やかに忘れること。
お前は物心ついた時にはホワイトアースにいたんだ。
そこの病院の病室の中がお前の世界の全てだった。
それ以外の人生はない。
そしてこれからは鱗滝の配偶者として胡蝶の治療を受けて、病気を完治させる。
胡蝶が完治したと納得して満足をしたら、あとは何でも勝手にしろ。
俺にとってはお前は単なる胡蝶に病気を治させるための道具でしかないし、目的果たしたあとの道具になんて興味はない。
いちいち回収するなんてサービスもする気はない」

淡々と言う猗窩座の言葉に、義勇は驚きの視線を向ける。

言っている意味がわからない。
そんな視線の問いかけを猗窩座は正確に読み取ったらしい。

「理由がわからず不安を抱えたままというのは病気の治療に良くない影響を与えそうだし、面倒くさいが説明をしてやる」
と、本当に面倒くさそうにそう付け加えた上で、猗窩座はまた話し始めた。


「胡蝶は俺のこの世で一番大切だった亡き婚約者の恩人だ。
だから俺は胡蝶が妹の死をひきずっているのを知って、胡蝶に同じ病気の人間を治療して完治させる事で胡蝶が引きずっているマイナスの気持ちをいくらかでも払拭させてやりたくなった。
その患者を広い範囲で見つけるために、あえて胡蝶が入り込めないであろう敵軍に就職したというわけだ。

自軍はもちろんのこと、休暇には本当にホワイトアースの病院を転々と医療ボランティアしながら同じ病気の人間を探したんだが一応難病だからな、それでなくとも人数が少ないのに、さらに生きていて、著しく体力がない子どもや老人でもなく、しかも胡蝶の所にさりげなく連れていけそうな人材がなかなかみつからなかった。
それで、それなら送り込める病人を作ればいいと、探して見つかったのがお前だ。

玉壺大佐しか知らん人間で、軍事作戦の一環として敵軍に送り込む事ができる丁度良い人物だった。

俺はずっとその病気について研究してきたから、ほぼ同じような病状を作る事も可能だった。
人には得意不得意があるが、俺はどうも病気を治すより病気にすること、怪我を治すより怪我をさせることのほうが向いているらしい。
だからお前を病人に仕立て上げて、玉壺の身内もこっそり重病に仕立てあげた。

なぜかというと…だ、
もちろんその身内を治す代わりにお前をスパイとして胡蝶達の軍に送り込むためだ。
もっとも…医者の元にというのも変だから、ターゲットは胡蝶の友人の鱗滝ということで提案したがな」

こういう小細工は本来好きでもなければ向いてもいないが、恩を返すためにはしかたない…と、思いきり不本意そうな顔で信じられないような話をする猗窩座に、義勇は感心していいのか怯えて良いのか…本当にどんな反応を返すべきなのかわからない。

ただただ黙ってその話に耳を傾けている。


「ということで、お前が無事胡蝶の患者になって治療を受けている時点で俺の目的は達成されたというわけだ。
だが飽くまで善意の第三者である患者と偶然知り合って治したんじゃないと意味がないからな。
お前自身は軍では玉壺しか存在を知らなかったし、その玉壺を排除した時点で、それを知るのはお前だけだ。

で、お前の身体は誰も疑う余地のないくらい胡蝶の妹と同じ病気を持っていた状態になっているし、お前自身が言わない限り誰にもばれない。

だからわかったな?
お前が知っていることはホワイトアースの病室と、そこに俺が医療ボランティアに来て手術していったこと、そして旅行中に鱗滝と出会ってからの一連の出来事、以上だ。
俺がしたこともお前が軍の人間だったという事実も、もう存在しない。
お前をホワイトアースの人間じゃないなんて言う輩は例えお前自身であろうと俺が殺すからな」

「俺は…錆兎といて…いいのか…?」
少し楽になった呼吸のもとで義勇が問うと、猗窩座は興味なさそうに
「勝手にしろ」
と言った。

「ただし身体は病気だからな。
最初の手術から2年間の生存率は5割。
その後は生存率もあがるが一生激しい運動とか無理はできない。
とりあえずそうだな…最初の2年をちゃんと胡蝶の治療受けて生き続けてくれればもうあとはどうでもいい」

猗窩座自身は本当にどうでもいいのだろうと、なんとなく伝わってきてホッとした。

むこう2年の生存率が5割だろうと、一生無理ができない身体にされてようと、義勇自身はもう構わない。
錆兎を傷つけずに済む…それだけで十分だ。


「猗窩座…ありがとう」
義勇は心の底から礼を言ったが、猗窩座は心底不思議そうに
「何がだ?」
と首をかしげる。

「これで敵軍の人間を基地に引き入れたとかあいつを破滅させたり、裏切られたって傷つけたりせずに済むし……」
心底ホッとしたように息をつく義勇に、猗窩座は呆れたような目を向けた。

「お前は…馬鹿だったんだな…」
しみじみ言われて、さすがに義勇も恐ろしさも忘れて
「なんだよ、それ」
と、ムッとする。

「病気で大事な女を亡くして現在進行形で絶望中の俺にそんな馬鹿馬鹿しい説明させるな。
どうしても知りたければ鱗滝に説明させてやる」

言って猗窩座は、
「鱗滝、もういいぞ」
と、ついたての向こうに向かって叫んだ。


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