錆兎の傷を消毒をし、止血をし、綺麗なガーゼを当て、器用に包帯を巻きながら、猗窩座の助手だという人の良さそうな青年、村田は言う。
それに
「あ~、結婚雑誌かぁ?」
実弥が苦笑すると、村田は、そそ、とうなづいた。
「写真越しにだけどすごく花嫁さんの事好きなんだなぁ~って言うのが伝わってきて、立場もわきまえず猗窩座さんにこういう人達助けるのに時間使いましょうよって言っちゃったんですけどね」
そう言って笑う姿は本当に善意のかたまりで…
「だから今鱗滝さんを助けられて嬉しいんですよ。
冨岡さんはきっと猗窩座さんが助けてくれるから…幸せになって欲しいなぁ…」
という人の良さを絵に描いたような青年の様子に、ほんわかする。
「村田って…軍人ぽくないよなぁ…」
実弥が思わずそう言うと、村田は一瞬きょとんとして、それから困ったような顔で笑った。
「ああ、俺軍人じゃないですよ?
無医村で育って医術学びたいなって思って都会に出てきたんですけど、家に病気の子がお腹すかせて待ってるって男の人に出会って、所持金半分渡そうとしたら足りないって言われて全部渡しちゃったら、自分が行く所も食べるモノもなくなって行き倒れちゃって…。
そんな時に猗窩座さんに拾われたんです」
うん…なんというか…壮絶な人生というか…人の良さマックスというか…。
反応に困って実弥はごまかすように笑うが、村田は気づかないようで
「猗窩座さんも…誤解されやすいだけで本当は優しい所もある人なんですよ、あれで。
できれば誤解が解けて幸せになってくれると嬉しいんですけどね」
と、さらに続けた。
「誤解?」
実弥が首をかしげると、村田はハっとしたように口を押さえ、うつむいて考えこみ、それから顔を上げた。
「あの…ですね。猗窩座さん、ホントは自分が恩義を感じている胡蝶さんのために胡蝶さんの妹さんと同じ病気の人探してたんです」
「へ?どういうことだァ?」
「つまりですね…同じ病気の人を胡蝶さんが救う事によって、妹さんの死のショックから完全に開放されればいいな…と」
「あ~だからなのかぁ…」
実弥は納得した。
「同じ病気の人間を広い範囲で探せるように胡蝶と別の方向に行って、それで白羽の矢が立ったのが義勇だったってことかぁ?」
と、さらに聞くと、コクリとうなづく。
「GPS埋め込んだのも嫌がらせとかじゃなくて…」
「確実に胡蝶に引き渡せるように場所を見失わないようにってことだよなぁ?」
と、実弥がさらにそうかぶせると、村田はコクコクうなづいた。
まあ…結局普通ではみつからなくて、病人を強引に作ってしまったのは秘密だが…。
「とりあえずもう一人のダチが何も事情を知らねえまま待ってっから、俺ぁ二人が見つかったって連絡だけいれてくるわ。
ここの場所の事は言わないから、安心してくれぇ」
そう言って実弥が外に出て行くと、村田はベッドに眠る錆兎に視線を落とす。
前線にもガンガン出る部類の人間らしく精悍な印象の青年の顔に残る涙の跡…。
雑誌の中の花嫁を慈しむような優しい藤色の目を思い出す。
この人はどんな気持ちで死にゆく花嫁を前にして共に死ぬことを選んだんだろうか…。
「みんな…幸せになれるといいんだけどなぁ…」
小さなため息をこぼす。
猗窩座は名医だ。
それこそ非常に珍しい重病の患者をその手で創りあげられるくらいには…。
しかしだからといって逆に治す方もできるのだろうか…。
少年を治せなければ恩人で友人の少女はさらに傷ついて、傷つく友人をみて猗窩座も傷つくのは容易に想像できるだけに、とにかく手術が成功するのを祈らずにはいられない。
普通に考えれば、おそらく発作を起こして死にかけていたということは、その時点で開胸などするほうが無謀だ。
だが、猗窩座は天才医師だ。
というか…何か呪術めいたモノを組み合わせている気がする。
理論上ありえない事が彼の手によってしばしば起こされるのだ。
だからあるいは何か体力を落とさず手術をする術があるのかもしれない。
そう願いたい。
(通常だとそろそろかな…)
チラリと時計を見て村田は仕切りで区切られた手術室に目を向ける。
本来こんな車内でやるようなものではないのだが、それでもそれが出来る環境の車というのは、ある意味すごい。
こんな車で医者がいない、来てくれないような地域を医者として回れたら…と、今までは漠然としていた将来の夢が少し形を持った気がする。
そんな時、ベッドで身じろぐ気配がした。
気がついたんですか…と、声をかける前にガバっと勢い良く半身起こした青年は、一瞬痛みに顔をしかめて、次に状況を理解したのか、
「何故…死なせてさえくれないんだ…」
と、絶望したようにつぶやいた。
その声音から彼がどれだけ花嫁との死を望んでいたのかが嫌でも伝わってきて、村田は暗雲たる気持ちになった。
「あなたがさ、死んではいけない人間だからだよ…」
そう…少なくともあの本当に愛しそうに見ていた花嫁がまだ息があるうちは、この人は死んではいけないと思う。
ポンと肩を叩いて声をかけるが、返ってきたのは明らかに嫌悪と恨みを含んだ視線で、さらに
「あんたが助けてくれたのか?
善意なのはわかってるけど、悪いけど大きなお世話だ」
と、苛立ちを抑えきれないトーンで言われて、村田は立ちすくんだ。
「あ、あのねっ…」
焦って説明しようとした時、いきなり手術室の方からピーピーと音がした。
顔色を変える村田と、音に対して反射的に構える錆兎。
「ちょっと俺見てきますねっ。…というか…鱗滝さんも消毒して一緒に来る?」
一応白衣を着て、予備の白衣を村田が差し出すと、錆兎は顔色を変えた。
「まさか…手術中なのか?義勇の?」
半信半疑といった表情でそう聞く錆兎に村田がうなづくと、
「それを早く言ってくれっ!!」
と錆兎は大急ぎで白衣を身につけた。
「あの…卒倒とかしないでね?あと手は出さないようにお願いします」
雑誌の中の花嫁を慈しむような優しい藤色の目を思い出す。
この人はどんな気持ちで死にゆく花嫁を前にして共に死ぬことを選んだんだろうか…。
「みんな…幸せになれるといいんだけどなぁ…」
小さなため息をこぼす。
猗窩座は名医だ。
それこそ非常に珍しい重病の患者をその手で創りあげられるくらいには…。
しかしだからといって逆に治す方もできるのだろうか…。
少年を治せなければ恩人で友人の少女はさらに傷ついて、傷つく友人をみて猗窩座も傷つくのは容易に想像できるだけに、とにかく手術が成功するのを祈らずにはいられない。
普通に考えれば、おそらく発作を起こして死にかけていたということは、その時点で開胸などするほうが無謀だ。
だが、猗窩座は天才医師だ。
というか…何か呪術めいたモノを組み合わせている気がする。
理論上ありえない事が彼の手によってしばしば起こされるのだ。
だからあるいは何か体力を落とさず手術をする術があるのかもしれない。
そう願いたい。
(通常だとそろそろかな…)
チラリと時計を見て村田は仕切りで区切られた手術室に目を向ける。
本来こんな車内でやるようなものではないのだが、それでもそれが出来る環境の車というのは、ある意味すごい。
こんな車で医者がいない、来てくれないような地域を医者として回れたら…と、今までは漠然としていた将来の夢が少し形を持った気がする。
そんな時、ベッドで身じろぐ気配がした。
気がついたんですか…と、声をかける前にガバっと勢い良く半身起こした青年は、一瞬痛みに顔をしかめて、次に状況を理解したのか、
「何故…死なせてさえくれないんだ…」
と、絶望したようにつぶやいた。
その声音から彼がどれだけ花嫁との死を望んでいたのかが嫌でも伝わってきて、村田は暗雲たる気持ちになった。
「あなたがさ、死んではいけない人間だからだよ…」
そう…少なくともあの本当に愛しそうに見ていた花嫁がまだ息があるうちは、この人は死んではいけないと思う。
ポンと肩を叩いて声をかけるが、返ってきたのは明らかに嫌悪と恨みを含んだ視線で、さらに
「あんたが助けてくれたのか?
善意なのはわかってるけど、悪いけど大きなお世話だ」
と、苛立ちを抑えきれないトーンで言われて、村田は立ちすくんだ。
「あ、あのねっ…」
焦って説明しようとした時、いきなり手術室の方からピーピーと音がした。
顔色を変える村田と、音に対して反射的に構える錆兎。
「ちょっと俺見てきますねっ。…というか…鱗滝さんも消毒して一緒に来る?」
一応白衣を着て、予備の白衣を村田が差し出すと、錆兎は顔色を変えた。
「まさか…手術中なのか?義勇の?」
半信半疑といった表情でそう聞く錆兎に村田がうなづくと、
「それを早く言ってくれっ!!」
と錆兎は大急ぎで白衣を身につけた。
「あの…卒倒とかしないでね?あと手は出さないようにお願いします」
そう言えばこの人たぶん手術とかみたことないよな…と、一応声をかけると、錆兎が一瞬うっと詰まる。
「血…ダメ?」
「いや…これでも現場渡り歩いているから血も遺体も見慣れてはいるが…義勇のはダメかもしれない…。
あいつの事だと小指の先ほどの怪我でも堪えられん」
「…ダメじゃない…」
さきほどの勢いはどこへやら、そう言ってシュンとうなだれる錆兎に、少し困った顔をする村田。
「じゃちょっと俺だけ様子を見てくるんで、ここで大人しくしててね」
と、仕方なくそう念を押して様子を見に行った。
Before <<< >>> Next (5月21日公開予定)
「血…ダメ?」
「いや…これでも現場渡り歩いているから血も遺体も見慣れてはいるが…義勇のはダメかもしれない…。
あいつの事だと小指の先ほどの怪我でも堪えられん」
「…ダメじゃない…」
さきほどの勢いはどこへやら、そう言ってシュンとうなだれる錆兎に、少し困った顔をする村田。
「じゃちょっと俺だけ様子を見てくるんで、ここで大人しくしててね」
と、仕方なくそう念を押して様子を見に行った。
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