一般人初心者ですが暗殺業務始めます37_終焉の予感

虫の知らせ…昔からたまに何か好ましくない事が起きる前、なんとなく落ち着かない事がある。

なんとなく嫌な夢を見て早朝に目が覚めた義勇はベッドを抜けだすと荷物の奥深く…財布を兼ねている携帯を取り出した。


…ああ……やっぱりか……。

そこには今一番見たくないアドレスからのメール。
民間企業のセールスを装った…しかし特殊な暗号を解くとパス付きの文章が出てくる。


期限の1年まであと半年以上もあると思って油断していた。

そこに何が書かれているとしても読むのは一人で考える時間のたっぷりある錆兎の仕事中にしよう。
そう決めて携帯をバッグに戻し、またベッドに戻って適当な時間まで眠っているふりをした。


そして普通に朝を迎える。

錆兎に気付かれないように細心の注意を払ってベッドから起きて着替え、錆兎の作った朝食を取った。

いつものように自然に…を心がけ、ようやく時間になり、いつものように仕事に行く錆兎を見送るため玄関先まで出たのはいいが、気が付けば軍服の裾をしっかり握りしめていた。

行かせたくない…行ってほしくない…なんとなくそんな気分だったが、それを言葉や態度に出すつもりはなかったのに、無意識にやらかしていた。


「なんだ?…義勇、もしかして体調が悪いのか?」
錆兎が少し気遣わしげに眉を寄せる。

ここで頷けばおそらく休みを取って側にいてくれるのはわかっているが、だからこそ余計に頷けない。

義勇はパッと手を離して
「冗談。行ってらっしゃい」
と、笑ってみせる。


平気なふりは得意だ。
ずっと一人だったから、他人の行動など当てにはしない…。
他人など気にしてはいないのだ。

……そう思っていたのに……


ズキリと胸が痛んだ。

離れて行かれたくない…。

ズキリ…ズキリ…刺すように痛む胸に気づけば膝をついていた。
あぶら汗が額を伝う。


「義勇っ!!どうしたんだっ?!!苦しいのかっ?!!!」

少し遠くに聞こえるひどく切迫したような錆兎の問いに、大丈夫だ、と、笑って答えようとするのに、口からはヒューヒュー空気が音を立てるだけで言葉が出ない。


「だめだっ!無理に喋らないでいいからっ!!」
半ば叫ぶように言う錆兎。

ひょいっと抱き上げられて、義勇は息苦しさに涙目になりながらそのまま変わっていく景色を呆然と見送る。


廊下を義勇を抱えたまま疾走した錆兎が蹴り飛ばしたのはカナエの部屋だ。
隣が診察室になっている。

「胡蝶っ!!」
真っ青になって駆け込んできた錆兎のその一言で、書類をパラパラめくっていたカナエは弾かれたように立ち上がった。

「隣へ運んでっ!!」
言って白衣を羽織ると手を消毒する。


「…来ちまったか…?」
診療室にいた実弥がせわしなく治療の準備をしながら舌打ちした。
彼が物理的な準備をしている間に、カナエは色々調べて採取したデータを見比べ、少し考えこむ。

「薬で少し落ち着いたけど、早々にオペした方がいいわね、これは。
もう少し体力つくの待ちたかったとこだけど…仕方ないわ」

資料から顔を上げて最終的にそう言うカナエの言葉に錆兎は青い顔のまま一瞬言葉を失った。

「んな顔すんな。大丈夫、名医の胡蝶がオペすんだぜ?大船に乗ったつもりでいろよ」
と、資料を前に考えているカナエの代わりにそう言って準備の手を動かす実弥に、錆兎は

「絶対に沈まないでくれ。義勇は俺の人生の最後の伴侶だからな」
と、唇を噛み締め、ベッドの上の義勇に視線を落とす。



こんな風に酸素吸入器をつけて、点滴を打って…などというのは本当にこれで最後にしたい。
この手術が無事終わって義勇の体力が少し戻ったら休暇を取って二人でサンルイに行くのだ。

高原の綺麗な空気はきっと義勇を元気にしてくれる。
錆兎は嫌な考えを振り切るように、美しい高原植物に囲まれて笑う義勇の姿を思い浮かべた。


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