一般人初心者ですが暗殺業務始めます32_とある居候の話

「猗窩座さん、お話はなんだったの?」

手首のところまである家事用のエプロン…いわゆる割烹着を着て頭には三角布。
どこの家政婦かと勘違いされそうだが、村田は軍のエリート医師の助手である。

無医村から医術を教わるためになけなしの財産を手に都会へ出てきたのだが、都会の小悪党にあっさり全てを騙し取られて凍死しかけていた所を猗窩座に拾われた。

「拾われたからには役に立て」
と淡々とした口調で言われて、それからなし崩し的に家事やら留守番やら雑用を一手にやらされている。


それでも猗窩座は自分の留守中に資料の文献や本などが置いてある書斎に鍵をかけるような事はしなかったし、村田がそれで独学で医術を学ぶ事を禁じはしなかった。

そのうち時には雑用係兼助手として手術に立ち会わせたりもしだしたし、あのまま学ぶ資料も機会もない無医村にいた頃を考えれば、十分目的は果たせている。

もとより“子ども”という年をはるか過ぎてしまった金銭的な余裕もない村田にしてみればどうせ医療を教わる学校に入ることもできないのだ。

これはかなり運が良い方だと自分では日々思っていた。


そんなわけで軍の上層部の人間に呼び出された猗窩座が帰ってくるまでいつものように掃除に勤しんでいたのだが、戻ってくるなり実験室兼書斎にこもる猗窩座にお茶を片手に声をかけてみた。

どうぞ、と、マグカップを差し出すと、猗窩座は礼と共にそれを受け取って、村田を振り返って無表情に言った。

「村田、玉壺大佐は死んだほうがいいと思わないか?」
「え?ええ??」

思わずそれまでカップを載せていたトレイを取り落とす村田。

それにも驚くこと無く
「気をつけろ。カップ俺が持っていたから良かったものの…」
と、なんでもないことのように猗窩座は自分の言動のせいなのにそう言って眉を寄せる。

「いや、あのっ…それ…冗談……だよね?」

猗窩座はそういう冗談をいうタイプではない…が、一応一縷の望みを託していうが、猗窩座は首をゆっくり横に振ると、コクンと首を少し傾けて言った。

「いや?本気だが?あの男は俺の計画を邪魔しようとしているからな」
「いやいやいや、だからって…軍の実力者だよ?いくら猗窩座さんでも…」
「大丈夫。わからないようにサクっと死んでもらえばいい」

まるで天気の話でも話すかのようにとんでもない殺人計画を話されて、村田は青くなった。

さすがに給料は出ないが、生活に必要な物は買わせてもらえて、ただで住み込みで実地で勉強をできる…そう、恵まれた環境である。

この家主のとんでもない性癖がなければ……。


そう言えば最近、玉壺大佐の身内の難しい手術を請け負う代わりに、一応軍の作戦本部所属の大佐の身内だと言う少年の体内にGPS埋め込んで敵地に送り出すなんて事やってのけたよなぁ…と、村田はため息をついた。

正直道義的にはどうかと思わなくはないのだが、村田にとっては大佐は全く知らない人で、そこまで感情移入することもない。

だが、実は自分のためではなく、今は亡き自分の大切な女性の恩人だと思っている敵軍の医師のためにと律儀に恩を返そうと動いている猗窩座がその相手と和解もできずに自滅してしまうのは、村田的には非常に心が痛い。

出来ればそんな事態を避けたくて一応言ってみる。


「さすがに大佐クラスに手を出すのは危ないんじゃない?」

聞いてはもらえないだろうな…と思っていたが、やはり聞いてはもらえない。

「…せっかく全てが上手くいきかけているんだ。
唯一奴が死ねば良い形で事実が造れるのに、助けてやる義理はないだろう?」
そう言ってパサリと投げてよこすのは、一冊の雑誌。

敵軍の広報部が基地内でのみ販売しているはずのそれを何故猗窩座が持っているのかはわからないが、
「…?見るよ?」
と、一応許可を得て、村田はそれをパラパラとめくってみた。



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