一般人初心者ですが暗殺業務始めます31_ウェディング

「義勇さん、視線をこちらに向けて頂いて宜しいですか?」

サラサラの黒い髪の青年の指示を聞いてそう伝えてくるピンクと緑という奇抜な色合いの髪だが可愛らしい女性。
その指示に従って視線を向けると、パシャッパシャッとシャッターが切られる。


点滴その他は外せないが、撮影の間だけ…と外された酸素マスク。

ベッドの上に半身を起こして、頭にはレースのヴェール。
その上にはハラハラと無造作に白い薔薇の花びらが散らされていて、手には小さな白い薔薇のブーケ。


義勇は何故か今、先日宇髄が読んでいたウェディング雑誌の撮影に付き合わされている。

敵軍に潜入している身の上で何故かその軍屈指のエリート軍人と籍を入れる事になったというだけで十分ありえないのに、雑誌でその旨を紹介されるなんて…しかも、この格好の写真が載るなんて、本気でありえない。


何故こうなった?

もう現実に起こっている出来事の暴走っぷりは、義勇にはどうすることもできないレベルになっている気がする。


元々は情報を扱う関係で広報部とも親しい宇髄に、広報部の友人から持ちかけられた話だったらしい。

色々なタイプのウェディングを特集するため、ぜひ義勇を取材したいとのことだった。

相手は軍でも気さくな性格で有名な人気者のエリート軍人の錆兎。
同性婚…というだけではなく、休暇中の錆兎が敵軍に襲われた時にたまたま居合わせて巻き込まれた一般人。

今までは動物ばかりだった錆兎の被保護者の中で、初めての人間。
身体が弱く現在も治療中で、手術のため体力が戻るのを待っている。


なるほど、色々な意味で話題性はあるのだろう。

宇髄を介して初めてその話を持ち込まれた時は、当たり前だが錆兎は反対した。
もうそれはきっぱりと。

あまつさえそんな話を持ってきた宇髄にとりあえず怒りをぶつけかけたところで、間に入ったのはそれを頼んだ張本人、広報部部長補佐の甘露寺蜜璃という人物だ。

部長補佐…と言うにはあまりに若い彼女は自分の上司で錆兎達と大して変わらないらしい自分の上司である伊黒小芭内という広報部部長を連れて説得にやってきた。


「やっぱりっ義勇ちゃんの可愛らしさを隠さずにぐわ~っ!!としたほうが良いと思うんですよっ!
そうしたらぎゅう~~ん!!って感じになると思うんですよっ!!」

と、勢いだけはものすごいが全く意味がわからない言葉を繰り広げる彼女の横で、伊黒が彼女とは対照的に落ち着いた声で

「中途半端に知られてしまっている以上、隠すより公にした方が安全だ。
その少年が鱗滝の配偶者であって敵軍から狙われる可能性があると周知されれば、怪しい人物が近づけば誰かしらが通報してくれるだろう?
あとは鱗滝とその少年との出会い、身体が弱い方で命の危険性がある病気であること…そういう事が公になれば、スパイだのなんだのと言う話も出なくなるしな。
なによりそういう意味でやましいところがあれば、雑誌に顔を見せたりはしないと皆納得するだろう」
と、淡々と説得をする。

甘露寺の言うことはわからないが、伊黒の言葉はさすがに広報部の部長のそれだけあって説得力があった。
そう言われてみればなるほど、と、思ってしまう。
元々錆兎は実働部隊であって論理に強い人間ではないのだ。


「だが…今床に臥せっているから…」
と、もう半ば説得されかけている錆兎に最後のひと押しとばかりに伊黒は

「ああ、もちろんベッドの上での撮影で構わない。
こちらでヴェールを用意させるから、それをつけてもらって30分以内にはすませる」
と、にこやかに請け負った。


「ヴェール?」
「ええ、そうです。特注のレースのヴェールですっ。
あとは白バラのブーケとかで、儚く美しいきゅんとするイメージで!」
と、それからはおそらくそれは甘露寺の方の担当なのだろう。
また彼女が出てきて、両手を胸の前で組んで熱く語る。

もちろん、先日のウェディング雑誌を挟んでの錆兎とのやり取りを宇髄からしっかり聞いて知っている上での提案だ。

宇髄からの紹介な以上、そのあたりの情報も流れているんだろうなと思いつつも、脳裏には先日のような繊細なヴェールの下、白い薔薇を手にする可愛い天使の絵図が浮かんで、錆兎もついついOKを出してしまっている。

もちろん、錆兎以上に流されやすい義勇に拒否などできるはずはなく、この日の撮影とあいなったのだった。

こうして約束通り撮影は30分ほどで無事終わり、甘露寺達は帰っていった。


初めての事だらけで若干疲れたもののとりあえずは短い時間ではあったし、無事済んでホッとする。

まあ特集記事に載る多数のうちの一人でしかないわけだし、そんな注目されることもなく読み飛ばされるのだろう…そう思った義勇は甘かった。

この記事をきっかけにさらに色々な事が動いていく事になるのを、彼はまだ知らない。


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