一般人初心者ですが暗殺業務始めます27_必要な理由

その後目を覚ました時に目に入ってきたのはいつもの光景ではなく、雑誌をめくっている宇髄の横顔。

「あ、気がついたか?ちょっと待ってくれ。このページだけ読ませてくれな?」
義勇の視線に気づいても飽くまでマイペースで、そのマイペースさに少しホッとする。

宇髄はひと通りページに目を通すと、そこに栞を挟んでパタンと雑誌を閉じた。


「俺の部署は情報部だからなぁ、こういう一般の情報を仕入れるのも仕事で、遊んでたわけじゃねえんだぞ?一応」
とウィンク一つ。

「ということで…たぶん錆兎はそれどころじゃなくて説明なんかしてねえだろうから、先に何故お前がここに戻ってるのか状況説明するな?」


ああ、それだ。
まずどこまでバレているのか、どういう経過でここに戻っているのか、それが知りたい。

若干ホッとして義勇がうなづくと、宇髄は雑誌を脇のテーブルに置いて義勇を振り返った。



「まずな、お前が外で倒れているから保護したってメールを受け取ったのは善逸なのな?
相手は猗窩座。
ホワイトアースの病院でお前の手術をしたって奴な?
そいつは自分が手術した患者の術後も気になるらしくて、ある程度ちゃんと回復するまではこっそり場所がわかるようにGPSを体内に埋め込んでるらしいんだわ、これが。
それでお前がいちゃいけない場所にいるって事がわかったらしい。
それでな、それまでお前が滞在していた軍の方に連絡してきたわけだ」


ホワイトアースの医者……猗窩座がそう言ったのか……。

宇髄自身は嘘は言ってないだろう。
ということは…少なくとも義勇の正体はいまだバレてはいないということか…。

そんなことを考えている間にも宇髄の話は続く。


「それでな、なら治療に胡蝶も必要だろうしと思って胡蝶に知らせて、丁度そのメール見てる時に錆兎が仕事から戻ってきたから3人でお迎えに行ったんだと。
で、猗窩座いわく、とりあえず埋め込んだモノは当然必要なくなったら取り出した方がいいって事なのな。
だからもう一度今度はその機械を取り出す手術が必要なんだけど、これは胡蝶いわく、もう一度手術するにはお前さんの身体が今少し衰弱しすぎてるから、しばらく体力つけてからにしようって事になったんだ」


なるほど…。

どこまで本当かはわからないが、開胸手術の時に猗窩座が余計な一手間を加えたと言われれば、確かに一応敵軍の人間なわけだし有りうるなと思う。

この心臓のあたりの不調はそのせいなのか…。


「…ようは…もう一度手術をするって事か?」

慎重に言葉を選んでそう聞いてみると、宇髄は

「ま、そういう事だな」
と頷く。


自分のために手間をかける必要などないのに…また余分な手間をかけさせるのか…と思うと気が重い。

義勇から漏れる小さなため息をどう取ったのか、宇髄は

「大丈夫。胡蝶は普段はああやってちっとばかり浮世離れしてるが実は名医だからな」
と、ニカっと笑って告げる。

「…あのな…」
「うん?」
「必要…ないと思うんだ」
「何が?」
「手術。俺のために手間をかける必要なんて全くない」

義勇の言葉に宇髄は少し目を丸くして、考えこむように少し首を傾けてくしゃくしゃと髪をかきむしって、それから苦笑した。

「あ~、お前さんにとってはそうなのかもしれねえなぁ。
でも俺達にとってはあるんだよ」

錆兎ならここで青ざめて落ち込みそうだが、宇髄はまるで世間話のように飄々とそう言った。

「まずな、お前さんの病気は10年前に胡蝶の実の妹が亡くなったのと同じモノなのな?
で、当時当たり前だけど子どもだった胡蝶は姉ちゃんなのに妹を助けてやれなかったって言うことをすごく引きずってるんだよ。
でもって、俺ら…特に実弥は胡蝶とずっと仲良かったからな、今の胡蝶からは想像できないくらいに地の底まで暗く落ち込んで泣き暮らした胡蝶を知っているだけに、俺らにとっても胡蝶が同じ病気の人間を助けるって事で過去の無念をふっきらせてやれるっていう意味がある事なんでな。
過去は変えられねえけど自分達は変われたっていう証…っていう感じか?」


ああ…だから錆兎だけでなく、カナエも不死川もあんなに親切だったのか…と、義勇も納得する。

「それからな、錆兎。
俺はまあまあ普通に親兄弟に囲まれて育ってるし、胡蝶は妹がいたし、実弥も村が焼かれる前は大家族で育ってるんだが、あいつだけ物心ついた時には天涯孤独だったのな。
そのせいなのかなぁ…自分の身内っていうものに異様な執着があるんだよな。

愛情ってな、ちょうど空腹に似てるんだ。
そこそこ満たされていると食べられる分だけ用意するんだが、すげえ腹がすいている時って、食べられない分までとにかくできる限りかき集めたくなるだろ?

あいつにとっての愛情ってまさにそれで、愛情を与えてくれる相手も与える相手もないまま育って飢えてるからな、とにかく全力を注いじまうんだよ。

今まで一目惚れした相手は動物だったからな、当たり前に先立たれるわけなんだが、その都度自分が取り残される事にものすごく落ち込むのな。

何度も何度もそれ繰り返して、いい加減先立たれるって事がトラウマになってるのにやめられない。
だから同じくらいの寿命の人間を好きになるって言うのは、あいつにとってはすごく意味のある…とても精神的に宜しい事なんだと思うぜ?」


確かに…それが愛情を傾けるに価する相手ならそれは素晴らしい事だろうと思う…。

でも…

「錆兎なら俺みたいな面倒なのじゃなくたっていくらでも相手はいるだろ?」

身元不確かな人間というのを別にしても、同性で厄介な病気持ちで家事のひとつもロクに出来ない上に美人でもない。

そう言うと、

「人間は条件で人を好きになるわけじゃないからな。
まあ義勇は外見はかなり整った部類ではあるとは思うけどな」
と、付け足すと、宇髄はさらに苦笑した。

「まあ…そんな理由で周りの3人にとってお前さんが必要不可欠だとな、何かあったら3人して大変な騒ぎだから…結果的に俺も困るわけだ。
ということで、お前さんがここで元気に暮らしてくれる事が俺達全員にとって大事ってことになるってことだ」
と、最後にウィンク一つ。


どうしよう……。

とりあえず敵軍の人間だとバレたらこの人のよい面々を倍傷つける事になるのは目に見えている。

それくらいならいっそ傷が浅いうちにバラして追い出されるなり殺されるなりした方が被害が少ないんじゃないだろうか…。

あまり思いつめると先ほどの二の舞になりかねないので、なるべく深く考えないように気をつけながら、義勇はカミングアウトをしようと宇髄に錆兎を呼んでくれるように頼む。


そうしてなるべく色々考えるまいと錆兎の方を見ないように、簡潔に

「俺は実はスパイなんだ…」
と、告げたら、返ってきたのが

「とりあえず籍いれるか」
という言葉だったのだ。

もうカミングアウトの言葉すら伝わらない。
どうすればいいんだ、と、義勇は心底途方にくれた。


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