猗窩座がバックミラーで遠ざかる旧友を覗いていると、車を運転している人の良さそうな青年がが少し眉をひそめた。
助手兼運転手の村田の言葉に、猗窩座は相変わらず無表情で言う。
「別に構わん。
胡蝶がいい加減妹の事から開放されてくれればな。
俺は今更何をやっても救われないが、恋雪に良くしてくれて、恋雪が最期に気にかけた友人に恋雪の代わりに恩を返すのは悪くない。
そのためには冨岡には自分がこちらの軍の人間だなんて事バラされたら困る。
飽くまで善意の第三者である病人を胡蝶が救うって形でないとな。
まあ保護者の鱗滝錆兎は心の底から信じているようだから、冨岡が信じさせようとしても無理そうだが。
結果的に親切で善良な胡蝶カナエも、無能な玉壺に理不尽に利用されるだけされてきた冨岡も、それを善意で保護した鱗滝錆兎もみな幸せになるのなら誰に文句を言われる筋合いもなし、いいだろう」
「…猗窩座さんの幸せには?」
「つながるんじゃないか?
胡蝶カナエは俺の恋雪の唯一の友人だった女だ。
死んだ恋雪に俺がしてやれることなどもうこれ以外ないからな。
幸せということとは若干ズレている気がするが、無駄なだけの人生の中で唯一多少なりとも意味があることができるというのは悪くはない。」
猗窩座は亡くなった恋人をずっと思い続けている一途な男だ。
それだけではない。
努力をする人間のことは尊ぶし、恩のある人間には利害を超えて恩を返そうとする真面目な人間でもある。
良くも悪くも純粋なこの男を何故そこまで皆が嫌うのか…。
まあ自分も助けられた側の人間でなければ、そのそっけなくぶっきらぼうな態度を見て彼を避けていたのかもしれないが…。
「そうだね。いつかわかってもらえてまた一緒にお茶でも飲みながら恋雪さんの話でも出来るようになると良いね」
カナエに同じ病気の人間を救えたと思わせる事で、実妹を救えなかったという気持ちを昇華させられれば…それだけの理由で、利用する人間を見つけるためだけに敢えてカナエと敵対する軍を就職先に選んだ時点で、通常の人間の理解は得られないだろう。
ましてやそのあり余る才能を無駄に発揮して、カナエに治療をさせるためだけに特定の病気の人間の術後と同じ状態を作り出して健康な人間に施そうなんて、発想がすでに尋常じゃない。
おそらくカナエも、そんなにまでして恩を返さなければなどと思われているとは思ってもみないに違いない。
彼女にとっては猗窩座はわざわざ自分と敵対する側についた人間だ。
それでも…いつか猗窩座の真意をカナエが知って、彼の最愛の亡き恋人との思い出話をできる機会を得られる場をつくれることを村田は願わずにはいられなかった。
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