一般人初心者ですが暗殺業務始めます16_世界で一番お坊ちゃま

「…ったく、この激務で錆兎より安月給ってずりいよな…」

ふああ~と大あくびをしながら実弥は中庭に出た。

まあ…エリート街道からドロップアウトした自分と、いまだ爆進中の友を比べてはいけないのだが…。


そう、いったん目指した道を途中で変更せざるをえなくなった実弥はまだ見習いの身分だ。
給与も非常にお安い。

それを別にしても、医師のカナエ、諜報部門の宇髄、戦闘部隊の錆兎の中では危険手当などもあって錆兎がダントツ高給取りだ。


が、まあそれはいい。

文句を言う割に別に足りていないわけではないし、もう少し収入があれば備蓄しておきたい薬品を買うのに貢献できる…程度の物だ。

というか、まいどまいど歴代拾い子の面倒を診ているというのもあって、ボランティアに使う薬品代は結構錆兎にも出させている。

それどころか“私と不死川君のお花さん号”の改造費の半分は錆兎の懐からでているといっても過言ではない。


錆兎自身も別に宵越しの金を持たなくても気にならないタイプで…自分のカードを平気で実弥や宇髄に預けるアバウトな男だ。

「俺はお前達を信用しているから。本当に必要だと思うことになら遠慮なく使え。
無くなったら何でもやってまた稼ぐ」
あっけらかんと日々そう言い放つ。

実際には使う間もなく、休日は大抵鍛錬をしたりしている、それほど金のかかる趣味もない錆兎の口座から金がなくなるなんて事は今までなかったわけだが…。

それなら世間のために俺が有意義に使ってやるよぉ、と、――まあ本当に有意義には使っているわけではあるが――堂々としばしばそこから薬品代やガソリン代を出す実弥に

「あ~、俺の分まで善行を積んでおいてくれ」
と、笑顔で応じる錆兎の方にも、それで特に不満もないらしい。

錆兎自身も産屋敷に拾われて何かで世間に返そうという気持ちがあるのかもしれない。


そんなわけで夜勤を終えてカナエを送って行った帰りの実弥は、午後は錆兎のカードから次回の休暇の往診用に薬品を少し買い足しておこうとショップエリアまで来たついでに、昼食でもと立ち寄ったカフェテリアで、聞き慣れた人物の悲鳴を聞いて、かけ出した。

「善逸っ?!」
そこにはパニックで悲鳴をあげる善逸。

「不死川さんっ!どうしようっ!どうしようっ、俺っ!!!」
ボロボロと涙をこぼしながら頭を激しく横に振る善逸を

「どけえっ!邪魔だっ!」
と放り投げると、倒れている義勇の方に駆け寄った。

「てめえら…ぼ~っと見てねえで運べっ!」

貧血を起こしただけらしいと判断して実弥が、近寄っていいのかどうか判断しかねて義勇におずおずと視線を送っていた兵達に命じると、

「は、はいっ!俺がっ!!!」
と、ワ~っと一斉に駆け寄ってくる。

「お前邪魔っ!俺がっ!!」
「いや、不死川さんは俺に言ったんだっ!!」
「いや、俺にっ!!!」
と、そこでもみ合いへしあいする兵達に実弥はため息をついた。


「あのな…一応言っておく。その坊ちゃんは錆兎の拾い子だからな?」
「ええっ?!!!」

一斉に飛び退く一同に、おい、お前っ!と、実弥は一人の兵を指さして命じた。

「とりあえず部屋に運べ」

言われた兵は慌てて敬礼すると、

「失礼しますっ!」
と声をかけて義勇を軽々抱き上げた。



“鱗滝錆兎中佐は戦闘に巻き込まれて火の海に包まれた貴族の館から、病気でずっと外に出たことのなかったその家の箱入りの一人息子を救い出して保護しているらしい…”

“いや、鱗滝中佐が保護しているのは母親の身分が低いため修道院に預けられていたさる貴族の子どもで、その資産を狙う父親の側の親族から狙われているため連れて帰ったのだ”

などなど…話には尾ひれがつくものだ。
その一件から何故かそんなたぐいの様々な噂が基地内を駆け回っている。


どちらにしても錆兎がいかにも世間ずれしていないやんごとない感じの持病持ちの綺麗な少年を保護しているらしい…そんな話で基地内持ちきりだ。

「だから外だすのは避けたかったんだ…」
ため息を吐く錆兎。

圧倒的に女性の少ない軍内部では別の意味で義勇を外に出すのは危ないとなるべく部屋の外に出さないようにしていたのに、善逸も余計なことをしてくれたと、内心苦々しく思う。

体つきもまだ華奢な見た目も可愛らしい義勇はむさくるしい男所帯の中では周りの目を引くだろう。

面倒だ…と錆兎は思った。

それが悪い意味ではなくても“錆兎の関係者”として有名になればなるほど、“悪い意味で”自分を狙っている敵の目を引いてしまう。

せめて体調が落ち着くまでの2年間は良くも悪くも静かにこの室内だけで暮らさせたい。
不用意な事をして失いたくない…。


あの日はあれから義勇の体調に問題が起きてないかカナエが改めてキチンと診断してとりあえず貧血を起こしただけという事だったが、もし何か起こっていたらと思うとゾッとした。

善逸にはくれぐれも勝手に連れ出さないように念を押し、義勇にも同様に念押ししたが、その念押し自体がどうも義勇に緊張感を与えてしまった気がする。


ひどく怯えたような目をされて、結局

「ごめんな。でもお前が外で倒れたら思うと俺が心配すぎて何も手につかないんだ」

と微妙に論点をずらしたが、本当は死んでしまうのだと…少しのストレスやショックが生死を分けるかもしれないから部屋の中で穏やかに過ごして欲しいんだと伝えてしまいたかった。

それもまた大きな不安、ストレスに繋がるだろうから言えるわけもないわけだが……。


「無理しないでくれな?お願いだから…」
そう言う錆兎の真意は恐らく伝わらない。


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