一般人初心者ですが暗殺業務始めます12_お坊ちゃまお守り隊

道路の真ん中で止まっているバスはどう見ても普通の状況じゃなかった。
盛大に窓ガラスが割れ、ところどころに血が飛び散っている。


──危ねえから絶対に車を出んなァ。
とカナエに言い含めて、実弥は一人で私と不死川君のお花さん号を降りてバスに乗り込んだ。


シン…とした中で聞こえる嗚咽。

一応銃を構えながら用心深くバスの車内に入った実弥の視界に入ったのは、壮絶な撃ち合いの跡だった。

生存者はおそらくその聞き覚えのある泣き声の持ち主だけ。
そろそろと通路を進んで座席の合間を覗きこむと、座席の間の床にへたり込む後ろ姿。

とりあえずそこで安堵の息を吐き出して、実弥は銃を下ろした。



「おい…俺が敵だったらどうすんだよ。お前撃たれてるぞォ」
実弥がそう声をかけると、錆兎は涙を零しながら首を横に振った。

「俺が死ねば良かった…。守るべき者を…死なせてしまった…」
いつでも心が強く前向きな錆兎にしてはこんな風に沈み込むのは珍しい。
そう言えば泣いているのを見るのも初めてかもしれない。

ただ確かに自身に関しての不遇や苦痛には強くても錆兎はいったん懐にいれてしまった弱者には弱いところがある。

戦災孤児の身で強くなくては生きていけないということもあって、心の柔らかく傷つきやすい部分は表に出さずにそういう何かに愛情を注ぐことで預けてしまっている部分があるように見えた。

その対象は猫だったり小鳥だったりリスだったりと様々だが、どれも馬鹿馬鹿しいほどの愛情を注いで、そして先立たれた時には後追いでもしそうな勢いで悲しむ。

実際…それらのペット――錆兎いわくペットではなく同居者らしいが――が亡くなったあと1ヶ月ほどは、いつも錆兎は全く使い物にならなくなる。


最初の1週間は食事も喉を通らずひたすら落ち込んで、次の1週間はダウンして点滴生活。
その後1週間で少し治まってきて、最後の1週間がリハビリ期間だ。

それが過ぎてもふとした瞬間に愛したモノ達が次々亡くなっていく中で自分だけ生きながらえている事に自己嫌悪を感じてひどく落ち込む事がある。

ペットのような動物ですらそれだ。
これが相手が人間になったらどうなるのだろうと心秘かに心配していたのだが、それが現実になったらしい。


「…撃たれたのか?」
と声をかけると、錆兎は黙って首を横に振った。

「ちょっと見せてみろ」
と、そこで錆兎の背中越しにその腕に抱え込まれた相手を伺う。

年の頃は14~5歳と言ったところか。
手を伸ばして触れてみて、まだ温かい事に気づく。


「おい!車に運べぇっ!胡蝶に診せればまだ間に合うかもしんねえぞ!」

実弥の言葉に

「本当かっ?!!」
と、錆兎は速攻で飛び起き、かけ出していく。

「ちょ、俺を置いてくなぁっ!!」
実弥はその後を追って“私と不死川君のお花さん号”に戻った。


結論から言うと、蘇生以前に少年は微弱だがまだ息があった。
早急にカナエが応急処置をしている間に事情を聞く。

ホワイトアースの入院患者ということで、少年の荷物から医療手帳を取り出し確認。
正直面倒なもんを拾ったなぁ…と、実弥は小さく息を吐きだした。


「不死川君、運転お願い」
と言うカナエの言葉に思わずホッとしたようにうなづくと、

「そんなに私の運転が嫌?」
と唇を尖らせる様子が可愛らしくて、なんだか笑みが零れ落ちてしまう。

まあ…当然それに対する明言は避けたのは言うまでもない。



ともあれ…錆兎にはいくつか説明をした上で、ある程度の覚悟と決断をさせなければならないだろう…。

医療手帳に書かれた少年の病は、10年前…養育施設に引き取られたばかりの頃カナエの実妹が亡くなる原因になって、彼女を大泣きさせたものと丁度同じものだった。

手術は必須だが、術後2年の生存率は5割…それを超えれば生存率はグッと上がるが、肉体労働とか激しい運動とか無理はできない。

まず…生存出来ない5割に入った時の覚悟が必要だ。
日常的に側にいた場合、非常にキツイ思いをする。

それなら距離を置いたほうが良いと正直思うのだが、錆兎の性格上すでに無理だろう。



「…俺が側に居ない方がいいと言うことはわかっている。
だから俺も最初は休暇終わったら距離置こうと思っていたんだ…」
カナエと実弥がその話をした時に錆兎の口から出たのは意外にもそんな言葉だった。

「たぶん…離れていたらとても気になるし辛いと思う。
だけどな、あいつを巻き込んでしまうくらいなら、俺が辛いほうがいいと思っていたんだ」
そう言ってぎゅっとこぶしを握りしめてうつむいた。

「だが…もう手遅れだ。
強襲あった時に俺は二人ほど敵を逃がしてしまった。
だから義勇が俺の関係者だと敵に認識されてしまっている。
一人にしたら殺されてしまうだろう」

そう言われてしまうともう仕方ない。
自分達が全力でフォローを入れるしかないだろう。

「あ~、もうわかった。5割にかけっかぁ。その代わりあとで泣くなよ」
くしゃくしゃっと頭をかいて言う実弥に

「大丈夫っ!私と不死川君が絶対になんとかするから!」
と、根拠のない励ましをするカナエ。


いつもふわふわと無駄に前向きなことを言う彼女だが、今回は彼女自身のトラウマになっている病気が関わっているということもあって、実弥はそれも非常に心配だった。

あ~、これは面倒な事になった…マジ面倒な事に…と思いつつも、そこで幼馴染達を見限れるはずもなく、実弥はもう一人の幼馴染にもメールを送っておく。

どうやら正攻法で叩くのが難しいと判断した敵が最近はスパイを送り込んだりすることにも力を入れていると聞く中、身体的にも精神的にも負担をかけたら即死んでしまいかねないお坊ちゃまをお守りしなければならなくなったのだ。
協力者は一人でも多いほうがいい。

こうして守ることになったそのお坊ちゃま自身が他でもない敵のスパイなのだということは、さすがに実弥も思っても見なかった。

まあ…スパイと言うにはあまりに未熟で、きちんと役割を果たせるかというとおおいに疑問をいだかずには居られない一般人初心者…浮世離れという意味で言うならばお坊ちゃまというのもあながち間違いじゃない相手ではあるのだが……。


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