一般人初心者ですが暗殺業務始めます4_リゾートエンジェル

それはもう一目惚れと言っても良かった。

最近絶好調の仕事。
それによって否応なしに階級が上がっていくと、急に言い寄ってくる多数の女達。

あまり積極的な女性が得意ではない錆兎にとって、それは嫌なら殴り倒せる敵軍より難敵で、日々笑顔ですり抜けるのにやや疲れていた。

なので少しゆっくりしようと休暇を利用して一人でこっそり来たリゾート地。


ここでは誰もエリート軍人としての自分の事を知るモノはなく、ただただのんびりと時を過ごせる。

明るい日差しに明るい色調のホテル。
連日海に繰り出して、他人に構うことなく思い切り泳いだ。

逆ナンもしばしばされたが、軍内の相手と違って今後の人間関係に影響するわけではないので、遠慮なくきっぱりとお断りをして、とにかく泳ぐことと日差しを浴びることに終始する。


その日もそんな風に一日泳いだあとホテルにもどって、部屋へ帰ろうかとフロントで鍵を受け取った時だった。

なにげなくロビーを見回すと自販の前に人がいる。

14,15歳くらいだろうか…
小さな子どもではないものの、まだ大人にはなりきれていない…そんな感じの華奢な少年。
ピョンピョンと跳ねた髪は綺麗な漆黒で、透き通るような真っ白な肌をしている。


零れ落ちそうなほど大きな青い瞳は迷うように色とりどりのドリンクの表示された機械に注がれていたが、何を買うかを迷っているのか、なかなかボタンを押す様子がない。

そしてしばらくそうやっていた少年は、クルリと後ろを見回したかと思うと、いきなり従業員に声をかけた。

「あの…忙しいところ申し訳ない。これはどうやって使うんだろうか?」

ポカン…と錆兎は呆けた。
何を買うかを迷っていたわけではなく、なんと自販の使い方を知らなかったのか…。
今時そんな人間がいるのか…。

おそらく絶対に同じ事を思っているであろうホテルの従業員は、それでもプロらしく驚いた様子も見せず、少年に丁寧に自販機の使い方を教え、少年も丁寧に従業員に礼を言う。


そして…少年は人生初の自販機での買い物…カップのミルクティを買うと、とても嬉しそうな笑みを浮かべた。
ただ自販機でミルクティを買えただけ…なのに、ホワンとなんとも幸せそうに笑う。

その後少年はミルクティを片手に歩き始めたので、錆兎もこっそりあとを追った。


こうしてついたのは中庭にあるバラ園で、少年はそこにあるベンチに座ってゆっくりと紅茶に口をつける。

視界に入らないようにこっそり廊下から見ている錆兎には気付かずに、少年の綺麗なブルーアイは周りの薔薇へと向けられていた。

やがて少年は紅茶のカップをテーブルに置き、薔薇へと近づいていく。
そして白い一輪の薔薇に白い手を伸ばした。

繊細な指先が愛おしげに薔薇の花弁をなで、澄んだ大きなブルーアイで愛おしげに薔薇に微笑む。
そして…少年は淡いピンク色の柔らかそうな唇でソッとその白い花弁にくちづけた。


まるで…そこだけ空気が清浄化していて現実世界と切り離されているようだった。

天使…というものがもし本当に存在しているのなら、きっと目の前の少年がそうなんだろうと錆兎は思った。

普通なら…錆兎は気に入った人間がいれば声をかける。

元々容姿は整っていて大抵は良い反応が返ってきたのもあるし、物怖じはしないほうだと自負している。
なによりそうしたいのにウジウジと悩んで言葉をかけないなどというのは、男らしくない。

だが、その少年に限っては声をかけるのはためらわれた。

あまりに綺麗で儚くて、万が一にでも自分の身の回りの血なまぐさいモノに巻き込むわけにはいかない…そう思う。

見ているだけでいい…そんなことを他人に思ったのは生まれて初めての事だった。


どちらにしても翌朝には今度は高原のリゾートへと移動する予定だった。
午前中にチェックアウトを済ませて、必要最低限だけ持ってきた着替えなどの荷物のバッグを手に長距離バスに乗る。

大抵の観光客は飛行機でひとっ飛びな距離で敢えてバスを選んだのは、観光地につくまでの自然な風景を楽しみたいからだ。

こんな選択も一人でないとなかなか出来ない。

我ながらなかなか良い選択だと、昨日の夕方…正確にはあの天使のような少年に出会うまでは思っていたのだが、今は移動時間を飛行機で短縮して、もう少しあのホテルで滞在していても良かったのでは?と思ってしまう。

いや、むしろ移動せずに休みの間中、遠目でも良いから見ていたかった。

今からでも予定を変えて引き返そうか…と一瞬思ったが、人気の高級リゾートホテルだけに今日言って今日の予約が取れるとは思えない。

もちろん宿泊客でもないのにホテルの敷地内をウロウロも出来ないし、プライベートビーチまで兼ね備えたホテルの敷地内で何でもできるのに、あの自販の使い方さえ知らなかったお坊ちゃまがわざわざ外の街に出てくるとは考えにくい。

だから高原行きをとりやめても意味は無いか…と考えなおしてため息をつく。

もともと腕一つで成り上がったものの根っからの庶民の自分とは縁のない相手だったのだ。
天上の世界を垣間見れただけで良しとするべきだ…。

錆兎は無理矢理そう自分を納得させて、バスの座席に腰を下ろした。




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