寮生は姫君がお好き69_茂部太郎の失言

はぁぁ…と、感嘆のため息しか出ない。

姫君としての自分なんかより、皇帝としての錆兎の方がよほど美麗だしカリスマとしても優秀だと義勇は思う。

というか、もう並び立つのが申し訳ない。
カッコいいという言葉しか出てこない。
もうカッコ良すぎて泣けてきた。

そんな風にドキドキしすぎて飛び出しそうな心臓を抑えて、感嘆のあまり溢れそうになった涙で潤んだ目で錆兎を見送る。


そんな時、少し離れたところでやはりため息が聞こえるので視線を落とすと、斜め前方の少し離れた席で、さきほどの借り物競走で義勇を借りに来た寮生がやはり熱い視線を錆兎に向けていた。

そうだよな…自分だけじゃなく、誰の目から見ても錆兎は寮長として誇らしく見惚れてしまうほどカッコいいんだよな…と、納得。

それに比べて自分は…と、またしょぼんとうなだれると、そんな落ち込んだ様子の義勇に気付いたのだろう。


茂部太郎は

「だ、大丈夫だと思いますっ!
確かに全寮長から真っ先に狙われて5対1になるかもですけど、うちの皇帝なら上手に離脱しつつ最低1騎は道連れにできると思いますからっ!!」
と、こぶしを握り締めて力説した。


(……え?)
その言葉に義勇はぽかんとする。


おそらく彼は何か義勇が落ち込んだ理由を勘違いしたのだろうが、それはそれとして、何か聞き捨てならない言葉を聞いた気がした。

──5対…1…??


目が点だ。
思考が停止する。

そして…驚きから抜け出して動き出した脳は、その言葉の意味を弾きだした。


そうだ…普通に考えれば錆兎はカッコいいだけじゃなくて、あんなにすごい寮長なのだからきっと優勝候補だ。

とすれば、まずみんなが協力してその強敵を倒そうとするのは確かに自明の理のような気がする。

それは仕方ない。
もちろん本当はかっこよく勝利をする錆兎が見たいが、負ける事があるのも仕方ない。


でもっ!!

「炭治郎っ!大勢に攻撃されたりしたら錆兎危ないんじゃないかっ?!!」
義勇は思わず炭治郎を振り返った。

「これってそれでなくても騎馬から地面に落とされて勝敗が決まる競技なんだろう?!
それぞれに武器を持っている騎馬に囲まれて攻撃されたら、大怪我するんじゃないかっ?!」

もう潤むとかそんなレベルじゃなくて、本泣きで炭治郎のジャージの胸元を掴んで訴えると、炭治郎は

「待って下さいっ!大丈夫ですからっ!
泣かないでくださいっ、義勇さんっ!!」
と、それだけでうろたえた。

「…でもっ……」

「そこのお前っ!!!
どういうつもりだっ!!!」

義勇を抱きとめながらも、パニック状態の炭治郎はそこで彼的には諸悪の根源である茂部太郎を睨みつける。

「ひえっ!!すみませんっ!!!
俺、泣かせるつもりとかじゃなくて……」

「当然だっ!!!
泣かせるつもりで泣かせたりしたというなら、万死に値するっ!!」


こうしてなかなか阿鼻叫喚な銀狼寮。

そんな自寮の様子を、姫君がそこにいるため常に気にしている錆兎が気づかないわけもなく…苦笑して戻って来た。


「どうした、姫さん。何かあったか?」
と、錆兎が駆け寄ってくると、義勇は転がるようにステップを駆けおりてポスン!と受け止める錆兎の腕の中におさまった。

そうしてぎゅうっと抱きついたままの姫君からは状況を聞きだすのは難しいと判断した錆兎は、自然と義勇を任せてあった弟弟子へと視線を向ける。

そこで
「…実は……」
と、炭治郎から事情を聞くと、錆兎はほんの一瞬考えて、次に笑って義勇を抱きしめた。

「姫さんにそこまで思われてる俺は幸せものだな」
などと、嬉しそうな声で言われて、義勇はグスン、と、鼻をすすりながら、涙でいっぱいの目で錆兎を見あげる。

錆兎はその真っ赤になった鼻先にちゅっと口づけを落とすと、

「だいじょうぶ!安心しろ、義勇」
と、微笑みかけた。

怪我するのは俺ではなくて、他の5人の方だからな?
自慢ではないが、俺は歩くより早く棒っきれを握らされて、よちよちの頃から武術仕込まれているから、おそらくこの学校の誰より強い。
もし万が一落ちたところで受け身くらいは取れるから、怪我する事はないしな」

「…ほんと…に?」
「本当に」
「…ぜったい?」
「おうっ!絶対だ!
だからお前は英雄譚のドラマでも見る感覚で、校内一強い俺の雄姿を楽しんで見ていてくれ」

そう言ってもう一度ぎゅっと義勇を抱きしめると、錆兎は

「じゃ、今度こそ行って来る。
炭治郎、姫さんを頼むぞ」
と、義勇を炭治郎に預けて走っていく。

おお~と会場中から聞こえる声に、ハッとして自分を見あげる義勇に炭治郎は

「あ~…。おそらく…競技中に状況がわかるように寮長達には小型のマイクを装着しているので…。
今のやりとりはおそらくみんなに聞こえていたみたいですね」
と、苦笑した。

うあああ~~!!!!
と、頭を抱える義勇。


だが、当の錆兎は

「うちの姫君は世界で一番可愛い」
と得意げに言って、上級生組に

「確かにお前んとこのお姫ちゃんは可愛いけど…お前は爆発しろっ!」
「俺なんてうちのお姫さんに『金竜として恥ずかしくない成績が取れないようなら落ちて他の騎馬に踏みつぶされて死んでこいっ!』とか言われたのに…」
「爆ぜろ!」
「確かに銀狼の姫君も可愛いけど、世界で一番可愛いのはうちの梅だよ~」
「無一郎も可愛いよ?」
など、突きまわされて笑っている。


そんな寮長達のやりとりを聞きつつ、

「まあ…寮長はこれが最後の競技じゃありませんから。
次の競技が最重要競技だから、ここで怪我するような愚行を犯す寮長はそうそういないと思いますし大丈夫ですよ」
と、炭治郎は義勇の肩をポンポンと叩いて、座席に戻るように促した。

こうして最後から二番目、寮長そろい踏みの藤襲風騎馬戦の戦いの火ぶたが切って落とされる。


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