寮生は姫君がお好き58_借り物競走前の不穏なやりとりについて

クラブ対抗リレーは錆兎が呑気に他人ごとで観戦できる数少ない競技だ。

なにしろ参加する部や同好会というのは、各寮の寮生が入り混じって所属している。
だからどの部が勝ったからどの寮が評価されると言う事もない。

むしろ寮長皇帝や副寮長姫君は、部に所属すると部に入っていない寮生達や、下手をするとどこかの部に所属している寮生ですらも便宜を図ってしまう可能性があることから、中立でいるために部に入る事ができない。

だから本当に完全な中立、完全な他人事だ。


というわけで、自身も結構競技に参加するため忙しい錆兎も、今回は姫君と並んでタンブラーに用意したキンキンに冷えたアイスティを飲みながら、トラックと主催が用意した大きな電光掲示板に映し出されている参加者には時折目をやる程度で、主に隣で自分と色違いのタンブラーを両手に持ってコクコクとアイスティを飲んでいる義勇を観察していた。

(義勇、この両手持ちがめちゃ可愛いよな。リスみたいだな)
と、隣を見下ろすと思わず笑みがこぼれ出る。

3歳年下の中学1年生…というのを別にしても自寮の姫君はちっちゃくて華奢で愛らしい。

そんな風に眺めている錆兎の視線に気づいて不思議そうに見あげてくる吸い込まれそうに大きい澄んだまんまるの目はキャンディのようで、可愛らしくもどこか美味しそうだ。


「…錆兎?」

と、それは癖なのだろう。
コトンと小首を傾げてくる姫君に、

「ああ、部対抗競技は寮長も副寮長も関与しないから時間あるし、フルーツでも食べるか?
食べるならクーラーボックスから出すが?」

と聞いてやると、ちっちゃいくせに意外に食いしん坊な姫君は、ぱあぁ~っと嬉しそうな顔になってうんうんと頷くので、錆兎はホルダーに自身のタンブラーを置いて、各種ベリーやチェリーの入ったタッパーを出す。

そしてきちんとアルコール消毒した指先で中身を摘まんで、あーんとその可愛らしい口に放り込んでやった。


ぱくん、ぱくんとそれを美味しそうに頬張る様子は本当にいとけなくて雛鳥のようで、胸の奥からほんわりと温かい感情がわき出てくる。

可愛い、本当に可愛い。

ただただ守ってやりたい、可愛がってやりたいというだけの綺麗な感情。
おそらく父性本能というものなのだろう。
柄にもなくそんなものを感じながら、錆兎は戦いの中での束の間の休息を楽しんだ。


そんな和やかな過ごし方は錆兎達だけではない。

このクラブ対抗の借り物競走は全競技中一番と言って良いほど時間がかかる競技ということもあり、体育祭の間中、色々に気を配らなければならない寮長としては一番ホッと一息つける時間なので、他の寮の寮長達も今回ばかりは同様にゆったりと過ごしていた。


そんな寮長サイドとは対照的に、トラックに集まった各部の部員達は殺気立っている。

なにしろこの競技には、寮主体の競技と違って名誉とか評価だけではなく、色々と物理的な物がかかっているのだ。


まず部費。

毎年この競技の順位で部費が決定する。
1位からビリまでしっかりとだ。

しかしそれはまだ良い。

金持ちの子息が多く通うこの学校では、たいていは各部に最低1人くらいは部費が足りなければ実家がぽ~んと出してくれる資産家の子息が所属している。

ただそれが部長や部の中心になっている人物でなかった場合、部内に微妙な空気が流れたり色々な揉め事の原因になったりする場合がないとは言えないので、出来れば避けたいところではあるのだが…。


それでもそういう事情があるので部費の件は絶対的に困るというものではない。
問題はもう一つの方だ。

さすがに毎年の事だと大変なので毎年ではないが、3年に1回、3年分の体育祭での点数の合計で上位の部から部室の場所が選べるという制度がある。

皆、出来れば校舎の中、もしくは校舎やグランドから近い、あるいは場所がとにかく広いなど、好みの部室が欲しい。

一度決まってしまえば3年間は変えられないというのもあって、皆必死だ。

これはもう、どれだけ親が金持ちだろうと、よしんば総理大臣の子や孫であろうと、どうする事も出来ない。
とにかく競技に勝つしかない。


ということで、普通にリレーなど運動神経がモノを言う競技だと運動系の部が圧倒的に有利になるので、平等を期するため競技は毎年借り物競走となっている。

これならもう抽選と一緒で、早くゴールできるかは単純に運だ。

借りるものは平等に各部の部長が一つずつ書いて箱に放り込み、放りこんだ箱をシャッフルして、そこから各選手が引くというものである。

借りる物のルールとしては校舎、海、美術館の展示品など、絶対に手に入らない、持ち運べない物、学校にない物などは不可。

不正がないように各部長に渡す紙にはそれぞれ教師側で決めた印が印刷してあり、教師達にだけは何部の部長が何を書いたかわかるようになっている。

なので不可な物を書いた部は失格でマイナス10点となる。

ということで、だいたい自分が書いた紙が自分の部員に当たる確率よりは他の部の部員に当たる確率の方が遥かに高いだろうし、部長はルールから逸脱しない範囲で可能な限り入手困難な物を書くのが通常だ。

なので全競技一クリアが困難で、終了までに時間がかかる。
それゆえの各寮長、副寮長の憩いの時間になるわけなのだ。


そして今年がその3年目。

部費と部室と…もちろん両家の子弟が多いので名誉もかけて、新たな順位が決定する最後のクラブ対抗借り物競走が行われる。


──これで決定だからな。うちは最下位でなければ校内の部室は確保できる

と、例年勝ち続けた某部の部長が、借り物を記入しにきた他の部の部長陣を前ににやりと笑った。

そして
「だからちょっとお遊びに、ルール的にはクリアだが借りるのは無理なお題を入れさせてもらったぜ!
自分のお題が自分の部員に当たる確率なんてことはほぼないからな」
と宣言。


──それは一体?

と言う他部長の問いに対するその答えに、その場に居合わせた部員達は悲鳴をあげて震えあがった。

どうか自分にそれが当たりませんように…

お題を引く全員がそう祈る中、とうとうお題のクジ引きが行われたのである。



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