寮生は姫君がお好き55_茂部太郎、姫君入学前まで

茂部太郎、16歳。

全国レベルではないが割合と裕福な家の次男として産まれる。

全国レベルと言えば、遠い親族にはモブ世界では有名な黒モブおじさんもいるらしいが、茂部太郎の実家は金持ちモブには珍しい白モブの家系である。


しかし金持ちである…その時点で白モブとして生きるのは難しい。
だって、普通の学校に入ったらどうしたって目立つ。

茂部太郎の一族のモブ男達は目立たない人間で大衆に紛れることなどお手の物だが、一部の玉の輿願望の女子のセレブを嗅ぎ分ける能力を舐めてはいけない。

茂部太郎の実父は齢8歳でそれであやうく有名人になりかけて、白モブとしての立場を守るため、転校したのである。

そう、全国の金持ちが集まるため、茂部家などわらわらといる末端の小金持ち…というのにも足りないような立場になれる、この藤襲学園小等部へ。


実父はその時の経験から、茂部太郎の5歳離れた兄も茂部太郎も、最初からこの学園の小等部へと通わせてくれたので、茂部太郎は平和にモブ生活を満喫中だ。


どこにでもいるモブとして、中の中の成績。

運動神経も良くも悪くもなく、美術や音楽も基本に忠実にきちんと、だが、特出するような才能もなく、友人は同じようなモブ気質の少年が2,3人ほど。

モブ生活は順調だ。

みな、そんなモブ生活など何が楽しいのだ?守る価値などないのでは?と思うかもしれないが、それは間違いである。

モブは楽しい。
茂部太郎は断言できる。

確かにヒーローやヒロインはみんなにちやほやされるかもしれない。
だが、光あれば闇があるように、彼らは称賛や好意だけではなく、悪意や嫉妬も多く向けられる。
恵まれている、優れていると認められれば、それをひがむ相手と言うのは必ずでてくるものなのだ。

その点モブは良い。

不特定多数に自分の存在を認識されない分、自分次第では小さな好意の輪の中で生きていく事が可能だ。

特に茂部太郎のように生活に困らない程度に金持ちの白モブは、世間の片隅でひっそりと誰にも認められず、しかし誰にも疎まれることもなく、静かにただ好きな趣味に没頭して生きると言う事もできる。

自分で言うのもなんだが、それはとても幸せな人生だと思う。

特に茂部太郎はいわゆるオタクで大勢と交わりたいとも思っていないし、むしろ自分は目立たず推しをジッと観察していたいタイプなのでなおさらだ。


小等部の頃は学校から帰ると好きなゲームの推しキャラのためにすでに重課金ユーザーだった。

もちろん本人の名義ではなく、実父名義のアカウントではあるが、実父もそんな茂部太郎のモブ気質を認めてくれていたので、それに対しての注意は

──お前は飽くまでモブなのだから、ランキングの5位以内には入らないよう注意しなさい。

と言う事だけだった。

──大丈夫っ!100位以内ならランキング報酬がフルでもらえるからっ!

そう、弾んだ声で言いつつ茂部太郎は毎回30位から70位くらいになるよう調整しつつゲームを進め、学校で同じような趣味の同じような性格の少年達と友人になり、中学で全員めでたく同じ寮にはいった。


この寮と言うのも、素晴らしい。
萌えの宝庫だ。

特に能力的に優れた高校の寮長と寮生全員にかしずかれお守りされる副寮長姫君というルールは、モブとしてひたすら推しを愛でる事を楽しみたい茂部太郎のモブ気質を刺激する。

まあ実際は、その時の寮長は本当にたまたまなってしまったらしい外部生の高校生で今ひとつパッとしなかったのだが、その寮長の補佐をしてやっていた中等部生は一味違った。

容姿は端麗。成績◎、運動神経だって群を抜いて優れていて、高等部に進級したら間違いなく寮長になる逸材で、その優秀さから、寮長が皇帝、副寮長が姫君と呼ばれているのと並んで“将軍”と呼ばれている。

──うちの将軍、あれ、ガチ攻めだよなっ?!
──うんうん、絶対に総攻めだと思う!!
──っつ~か、【エルサイア・オデッセイ】のカインに激似じゃね?!
──あ~!!俺もそう思ったっ!!お前もかっ?!!

そう友人達と盛り上がった話題の将軍は渡辺錆兎と言って、古くから続く名門剣術家の跡取りである。

鮮やかで目を引く宍色の髪に意志の強そうな吊り目がちな眼の色は何とも珍しい藤色で、男らしく整った顔立ちと相まって、現実の人間とは思えないほどカッコいい。

それなのに外見が良いだけではなく前述のように全てにおいて優れていて、さらに人柄も大変よろしいと言う完璧さ。

そのどこまで気高く凛々しい同級生は、茂部太郎と友人2人のはまっているアニメの主人公にそっくりで、見ているだけで楽しかった。


──贅沢を言えば…ヒロインをお守りして欲しいよなぁ…
──うんうん、せっかくカインに激似なのになぁ…
──これでアリア似のヒロインが居れば、俺達の学生生活完璧バラ色じゃね?

と、モブ3人で夜毎盛り上がること3年間が過ぎて行った。



そして高校にあがる1カ月前…寮長選出で当たり前に次代の寮長の座を勝ち取る自寮の元将軍。
盛り上がる茂部太郎達。


──これで今年、アリア似の中等部生でも入ってくれば完璧なんだけどなっ!
──だよなっ!!
──まさかそんな都合の良い事は起きねえよ。
──まあなぁ…そうだよなぁ……

と、そんな事を話しながら、やがて入学式前日に奇跡は起きた。



Before <<<  >>> Next (3月16日公開予定)




2 件のコメント :

  1. 寮長=錆兎なら元将軍ではないかと…

    返信削除
    返信
    1. でしたっ!
      修正しました。ご指摘ありがとうございます🙏

      削除