寮生は姫君がお好き54_錆兎の策略、馬車引きリレー後半

そしてとうとう第三走者が交代地点に戻って来た。
予定通り2位。

まあ元々負けるなんて事は万が一にも考えてはいない。

寮長である自分が2年先輩とは言え、一般生徒に遅れをとるわけはないし、他の倍長いアンカーの走行距離を考えれば、10mまでの差なら余裕で逆転する自信はある。

それより姫君が自分の手元に戻って来た。
それが重要だ。


自分が本当に狼で尻尾の一つでもあったなら、おそらく隠しようもなくブンブンとものすごい勢いで振っているのだろうな、という自覚はある。


…ぎゆう…ぎゆう…ぎゆう…俺の義勇っ!!!

もちろん姫君は寮生みんなの姫君で、寮長と言えど独占なんてできようはずもないし実際に口に出すことなんてできやしないが、第三走者から馬車を引き継いで走りだすともうテンションがあがって、とにかく馬車に向かって話かけまくった。

こうして当たり前に前にいる銀虎寮の馬車を抜いてトップに躍り出て、そのままゴール。

そして、そこにいる事はわかっていたが、砂避けでその姿を見る事が出来なかった錆兎の姫君。

一刻も早く顔を見たくて、ゴールしてすぐに砂避けを開くと、そこには錆兎自身を模した狼のぬいぐるみをしっかり抱きしめた真っ白なドレスの姫君の姿。

一瞬ムッとする。

いや…自分が握らせたわけだが?
自分を模しているから、自分の代わりみたいなモノだが?
それよりなにより、相手は無機物だが??


そう思っても、自分以外がまるで花嫁姿の姫君の花婿のような格好をしているのは面白くない自分がいて、そんな錆兎が先ずした事は、花嫁の手から花婿然としているぬいぐるみを取りあげると、その蝶ネクタイを外し、それを自分の首につけ、さも冗談のように

「ほい、こいつの役目は終了。
お姫さんの旦那が迎えにきたぞ!」
と言うが、実は割合と本気だ。

もちろん、あと2年半ほどは姫君はみんなのものだから、絶対にそんな本音は言えないわけなのだが…。

その代わり、寮長である以上、寮を代表して誰よりも側で姫君を守ると言う大義名分はあるので、おかしな虫がつかないよう…また、その身に危険が及ぶような事がないよう、しっかりガードできる。

今はそれでいい…。


まあ…それでも勝利の功労者だし、競技が終わったばかりで気持ちも盛り上がってるし、これくらいは許されるか…
そう思って、安全バーをあげて拘束を解いた姫君を思い切り抱きしめた。

腕にすっぽり収まってしまう華奢な身体。
ごつごつとした自分や弟弟子の炭治郎と違って、どこか柔らかい感じがする。

ふわりと香る花の香りは、別にコロンなどを付けている様子もないので、元々なのか、もしくはボディソープの香りなのだろうか…。
とにかく良い匂いがする。

そのことで、ああ、自分達とは同じ性を持っていたとしてもどこか違う人種なんだ…と、柄にもなく少しばかり緊張していると、腕の中の姫君はこちらもこちらで、スン…と鼻を鳴らす。

まずい…俺はいま汗臭いっ!!!

普段はどちらかと言うと几帳面で汗をかけばシャワーも浴びるが、なにしろたった今競技を終えたところである。

そんな暇があったはずもなく、しかしながら、素でそんな甘い花の香りを振りまいているお姫さんからすれば、汗にまみれたムサく臭い男と思われるのではないだろうか…

「悪いっ!汗かいたからちょっと匂うよなっ。
デオドラントふりかけてくるっ」
と、慌てて義勇から離れようとするが、ぎゅうっと錆兎の背に回された小さな手は離れない。

え…?

と、そこはもちろん無理矢理引きはがすなんて事は出来るわけもなく、一瞬止まると、錆兎の胸に顔をうずめたまま、ぽつりと…

──錆兎の匂い…ホッとする…
と、ふるふると首を横に振った。


お~~~い!!!!!

わざとかっ?!
煽られているのかっ?!
今この場で攫って欲しいのか、自制心を試されているのか、どっちだ?!!!

錆兎は男所帯で育っているため異性に夢を見がちだと言う自覚はある。
ああ、別に異性なわけではないが…ないけれど、相手は紛れもなくみんなのお姫様なわけで……

無理っ!!可愛すぎて真面目に無理だっ!!!
そう、実は可愛いものに免疫があまりにない錆兎は、どう反応して良いかわからず

──ぎゆ~~う~~…
と叫んで絶句した。

顔なんてとっくに熟れたトマトみたいに赤くなっているだろう。
それをせめてもと片手で隠す。


匂い?俺の匂いが好きってっ?!!

色々がクルクル回って絶賛パニック中。

以前の高3組の泊りがけのイベントでのお姫さんの痴態や高く甘い悲鳴が脳内を駆け巡り、錆兎の錆兎が元気になりそうになる。

これ…本当に誘われてる?頂いて良いってことか?
天下無敵の寮長様と言えど、まだまだDK。
性欲だって人並みにはある。

もう色々がどうでも良くなってきた気がして、頂いてしまおうか…と、時も場所も忘れかけたその時…抱きしめた腕の中を覗き込むと、子猫のようにまあるい澄んだ眼が錆兎を不思議そうに見あげているのに気付いた。

そこでぎりぎり理性を取り戻す。


(…うん…そうだよな。
義勇に他意はないんだろうな…。
まだ子猫みたいなもので…文字通り保護者の気配に安心してるだけだよな…)

ガッカリしたのか安堵したのか自分でもわからないが、とりあえずぎりぎり理性が勝った。


しかし…危ない。

理性には定評のある自分でも危なかったのに、男しかいない学園で、こんなに可愛いのに、あんな可愛い事を言った日には、他の男相手だったら確実に押し倒される。

──そういう発言…俺以外に言ったら危険だからな?というか俺相手でも危ない…

と、そこは注意しておかないとと思って口にすると、きょとんと小首をかしげる様子がまた可愛くて理性が揺らぎそうになったが、必死に堪える。


その態度やら発言やらをどう取ったのか、お姫さんの口から出た言葉は

──お疲れ様。勝利をありがとう、錆兎

ああ、もう絶対に理解してないだろうっ!!

ぜえったいに危険性を理解してないけど…やっぱり可愛いな、姫さん
そう思って錆兎は抱きしめる腕に力をこめた。

もう良い。
可愛いは正義だ。

こんなに姫さんは可愛いんだから、自分で自衛なんてしないでも俺が守れば良い話だよな。
そんな風に思いながら……


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