寮生は姫君がお好き52_義勇視点、アンカー直後まで

──姫さん、トップでゴールだっ!!

ふわりとまくしあげられる砂避けのシート。

そうして、安全と引き換えに完全に視界を遮っていたそれが開かれた事で、義勇はようやく完全に状況を把握する事ができた。


なにしろ見えないものの音だけは聞こえていて、ののしり合う声、何かが強くぶつかる音など、義勇には何も衝撃や激しい揺れは感じられないものの、ずいぶんと尋常ではない様子だった。

特に第一走者の間…

馬車を牽いてくれているのは炭治郎だと言う事は分かっていたし、信頼をしていないわけではないが、とにかく外部では乱闘のようなものが起こっているような音が聞こえるのに、視界が遮られて状況が全くわからないので不安が募る。

派手に何かがぶつかりあう音。
一瞬止まる自寮の馬車。

しかし衝撃がないところをみると、別にこの馬車に何かされたわけではなさそうだ。
そうなると…まさか炭治郎に何か?!

ハラハラとするが、様子を見ようにも身体を大きなクマにしっかりと固定されていて手が届かないため、砂避けをまくって外を見る事すらできない。

義勇はぎゅっと錆兎を模したという宍色の狼のぬいぐるみを抱きしめながら、時間がすぎるのを待った。


そしてまたすぐ走りだす馬車。
その後しばらくして止まったのは、おそらく走者が交代するためらしい。

その時馬車のすぐそばから

「大丈夫。炭治郎も怪我もなく交代してるし、順位も2位と順調だ。
邪魔してきそうなあたりも勝手に潰れたから、心配しないでいい。
お前はただ狼の俺を抱きしめて昼寝でもしててくれ」
と、聞きなれた声。


ああ、こんな競技中の切迫している時だと言うのに、炭治郎がバトン代わりのベストを脱いで手渡して次の走者がそれを身につけて出発するわずかな間に、自分の不安を気づかって声をかけてくれるなんて、本当に錆兎はどれだけ余裕があるのだろうと思う。

こんな寮長が率いているのだから、きっとこの競技も問題など欠片もないのだろう。

心の底からそう思えて、義勇は
「うん」
と、小さくそれに答えた。


第二走者、第三走者の間は本当に静かなものだった。

第二走者でどうやら1人に抜かされたようだが、おかげでトップ争いの外に身を置いたせいだろうか…第三走者になると前方でやはり争うような音がするが、義勇を乗せた銀狼寮の馬車はただただ静かにカタカタと進んでいく。


そしてついにアンカー。

──姫さん、待たせたなっ!俺だっ!ちょっと飛ばすからクマにしっかり抱きついてろよっ!
と、言う錆兎の声に、心底安堵する。

もちろんそれだけの実力はあるのが前提だが、錆兎は存在自体が他人を安心させる何かがあると義勇は思う。


こうしてアンカーにバトンが渡されると、さきほどまでとは段違いに速いスピードで移動している感がある。
なのに不安感は全くない。

不安感はないのに、さらにそれを感じさせないように、と、気づかってくれているのだろうか…

──外見えないから、姫さん、ちょっと怖かったか?

──まあ俺が居れば何があっても大丈夫だからな~

──お、トップがすぐそこだっ!

──抜かすぞ~!!

──銀虎はもう寮長出て今は一般寮生だから余裕だなっ!

──抜かしたぞっ!さすがに俺相手に仕掛けてくるほどの馬鹿でもなかったか

などなど、重い馬車を牽きつつかなりのスピードで走っているはずなのに、錆兎は軽快な口調で義勇を元気づけ、気づかい、声をかけ、状況を説明してくれる。


そして何事もなくゴール!!

一位を迎えるピストルの音。
歓声につぐ歓声。


──姫さん、トップでゴールだっ!!
と、ふわりとまくしあげられる砂避けのシートの向こうで晴れやかに笑う愛しの宍色の狼。


「良い子で頑張ったなっ!」

そう言いながら自らが馬車の中に来て、とりあえず、と、競技の間、義勇がずっと縋るように抱きしめていた狼のヌイグルミをとりあげて、スルリとその首の蝶ネクタイを外すと、自分の首に。

そして
「ほい、こいつの役目は終了。
姫さんの旦那が迎えにきたぞっ!」
と、競技で高まった義勇の緊張をほぐすように笑う。

ああ、本当に我らが寮長はいつでも余裕があっていつでも細やかなフォローを忘れない。

義勇がそんな風に感動していると、錆兎はそのまま義勇を固定していたクマの腕を外し、自由になった義勇の身体をぎゅっと抱きしめてくれた。


思い切り走りぬけたためだろう。
汗でいつもより濃くなった錆兎の体臭と砂の入り混じった匂い…。

クン…と、鼻を鳴らして吸い込むと、錆兎は

「悪いっ!汗かいたからちょっと匂うよなっ。
デオドラントふりかけてくるっ」
と、少し慌てたように離れようとするが、義勇は錆兎にしっかりと抱きついたまま、

──錆兎の匂い…ホッとする…
と、ふるふると首を横に振った。


──ぎゆ~~う~~…
若干大きくなる声に不思議に思って顔をあげると、そこには片手で顔を覆った錆兎。

耳まで赤くなっているのは、走ったせいだろうか…と、こてん、と、義勇が首をかしげると、義勇の視線を遮るように錆兎はぎゅっと自分の胸元に義勇を引き寄せる。

義勇の耳元に寄せられる唇。

そして…

──そういう発言…俺以外に言ったら危険だからな?というか俺相手でも危ない…
と、小さな…しかし熱のこもったような囁きがおちてきた。

ドッドッドッドッ
押しつけられた胸から聞こえる鼓動は早い。


(全然なんでもないように走ってたけど、やっぱり俺一人乗せた馬車を牽きながらあのスピードで駆け抜けるのは錆兎でも大変だったんだな…)

──お疲れ様。勝利をありがとう、錆兎

普段はなかなか照れて言えないのだが、せめても…と思って口にすると、義勇を抱きしめる腕の力がぎゅっと強くなった。

こうして義勇の初の参加競技がトップの成績で終了した。


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