寮生は姫君がお好き50_馬車引きリレー、スタート!

送られてしまったものは、もう仕方がない。
気を取り直して義勇はスタートを待つ。

スタート地点には6つ並んだ馬車。

外からは内部は見えないのでどうなっているのかはわからない。

ただ、錆兎の話だと、採点が終わって順位付けされた時点で各馬車の内部の写真も公開されるらしいので、あとで他の寮のものも見られるだろう。


ということで、全寮一斉にスタートラインに立ち、最初の馬がバトンの役割である鞍をイメージしたサポーターにもなるベストを頭からかぶった。

銀狼寮の一番手は炭治郎だ。
ただ乗っているだけとは言え、義勇にとっても中学初の体育祭での参加競技になる。

──位置について…よ~い、
の声に、何をするでもないが緊張する。


パン!!!

スタートを告げるピストルの音…に、義勇はぎゅっと銀狼のヌイグルミを強く抱きしめ直した。


スタートすぐから炭治郎は全速力だ。
最初に差をつける、それがこの競技では姫君の安全を図る上で重要なのである。

この馬車引きリレーは妨害行為もなかば容認されているなかなかに危険な競技で、横並びで競ると、馬役の寮生がわざとぶつかってきたり、馬車をぶつけられたりするのが当たり前となっている。

だから万が一の時に衝撃を吸収するため、どこの寮も姫君が乗る馬車の内部にはひっくり返っても怪我をしないようにと、色々趣向を凝らすのだ。


今回の銀狼寮の馬車は中身を可愛らしく作ってあるので義勇は全く気付かないようだったが、回転式のジェットコースターの座席を参考に作成されている。
クマのぬいぐるみ風の座席は飾りなわけではない。

すっぽりと後ろから抱きしめられるような構造も、実はしっかりと馬車に固定された硬い骨組みを柔らかいクマで覆い、義勇の肩をすっぽり包むクマの腕は万が一馬車が逆さになっても義勇の身体をしっかり固定してくれるよう、中身は非常に強固なものになっているのである。


……が、

それはあくまで万が一の時のためだ。
馬車に乗っている姫君に不安感や不快感を与える事は許されない。

ただヌイグルミと戯れている間に、いつのまにか競技が終わっている…それがあるべき馬車引きリレーの姿である。

ゆえに横から攻撃されるのを避けるため、炭治郎はスタートダッシュに全てをかけるのだ。


──いいか、炭治郎、姫君に進呈する勝利をもぎ取るのがアンカーの俺の役目なら、姫君の安全を守るのは一番手のお前の役目だからなっ

兄弟子、錆兎から散々言われた言葉が脳裏に浮かぶ。


そうだ!
普段ならなんでも一番に貢献するのは兄弟子の錆兎なのだが、今回、この競技で姫君の安全を保つのに一番の貢献をするのは自分なのだ。

姫君は自分が守るのだっ!
そう考えると緊張もするが誇らしい。


確かにスピード的な勝利も大事だが、体育祭の全競技…いや、この学校生活の全てを通しての最重要事項は姫君の無事である。

そのために一番重要なトップバッターの馬役を自分に託してくれた錆兎の期待に応えるためにも絶対に失敗はできない。



スタート直後、錆兎がアンカーで控えているため優勝候補だからだろう。
とりあえず自寮が優勝するためにと銀狼潰しに出ることにしたらしい。

だがそれも錆兎の予想の範囲内で、炭治郎はこのために毎日スピードのための訓練を半ば捨てて走り込みよりも筋力トレーニングに重点を置いて鍛えて来たのだ。

そう、走り込みの際にさえ重りを縫いつけたジャージを着て、重り入りの靴を履いて走ったくらいだ。


ということでまず初っ端にいきなりこちらへと進路を向けてくる右隣の金竜寮の馬車を容赦なく蹴り飛ばす。

元々道場で鍛えていたのもあり、かなり力がついていたのだろう。
思いがけない反撃に、金竜寮の馬車がバランスを崩して若干遅れる。


…が、それに気を取られた隙に、今度は左隣の金虎寮が!!

なんと金虎寮はここに寮長を持ってきている。
優勝候補の銀狼が寮長をラストに持ってくると予測したうえで、飽くまでここで銀狼を潰して勝ちに行くつもりらしい。

かなり鍛えはしたものの、金竜の馬車に蹴りをいれた直後で若干衝撃の残る足で、さらに向かってくる相手は寮長の座を勝ち取った校内屈指の高校生である。


まずい!!
引き離すにしても迎撃するにしても、足の力が足りない。

そう思ってとりあえず馬車を守るようにしっかりと手すりを握り直して衝撃の備えるが、そこに一台の別の馬車の影が!!


2台同時にかっ?!!
と、さすがに炭治郎も青くなったが、なんとそれは特攻してくる金虎寮の馬車とこちらの馬車の間に入って来た。


えっ?!!!
と、思ったのは炭治郎だけではなかったらしい。

勢いがつきすぎて方向転換も出来ず、その間に入った金狼寮の馬車に激突する金虎寮。

横から思い切り激突されて丈夫な側面にわずかに傷がついたにもかかわらず、バランスを崩すことなくそこに立ち続ける金狼寮の馬車。


「最下級生相手に複数で妨害なんて姑息な真似してんなやァ、おっさん。
冨岡より俺らと遊んでくれや」
と、なんだかガラの悪さ満載ではあるが、大変ありがたい金狼寮の寮長不死川。

「え?ええ~。君達金側だろう?
味方の邪魔してどうすんのさぁ」
と、苛立ちよりは呆れた様子を見せる童磨に

「あぁ?うちの我妻が言っただろうがァ
俺らは守りたいものを守って勝ち取りたいもんを勝ち取るんだよ」

「ん~~~君達が今守りたいのは銀狼寮の姫君ってことになっちゃうんだけど…」
という童磨の突っ込みに言葉に詰まる不死川だが、そこで馬車の中から

「俺達が今守りたいのは、正々堂々、スポーツマンシップというやつです。
味方の側にそれがないと判断したので止めないと…ということですね」
と、善逸の声がした。


ともあれ、そんなやり取りの間に
「とりあえずお前らは良いから行けぇ」
と促されて

「すまん!助かるっ!!」
と、本来は敵であるはずの隣寮からのエールを素直に受け取る事にして、炭治郎は金狼組に頭を下げると、ゴールへ向けて走り出した。


Before <<<  >>> Next (3月11日公開予定)




0 件のコメント :

コメントを投稿