寮生は姫君がお好き48_短距離最強の姫君と最強の寮長

そんな話をしているうちに始まる1種目目の100m走。
各寮で中学4名、高校4名の代表を出す。

これは本当にごくごく普通の競技で、強いて変わっているところと言えば、中高入り混じって走るところくらいだろうか…

そうして極々普通に始まったこの競技、結果から言うと、なんといつもは今ひとつ目立たない銀竜寮の圧勝だった。


「正直…短距離走だけは銀竜に勝てる気しないんだよな…」
と、珍しく弱気な錆兎の発言。

「そうなんだ?」

「ああ。俺が中等部の頃、3年間体育祭に参加しているわけだが、唯一うちの寮が一度も勝てなかったのスウェーデンリレーの100m。
銀竜寮は無一郎もだがその前任の姫君も早くてな。
もうあそこは毎年スウェーデンリレーの第一走者だけはぶっちぎりでトップなんだ。
まあ俺は姫君じゃないから競ったことはないが。
タイム見た限りでは俺が走ってもたぶん負けるな。
実は村田もああ見えて足が速いし、銀竜は他はパッとしないんだが何故か短距離だけは速い奴が揃っている。
だから短距離系は無理に速い奴出さないで、たぶん勝てないぞって注意を与えた上で出たいってやつを出すことにしているんだ」

あんなに可愛いのに、無一郎は実はすごいのかっ!!

あまりに意外で思わず少し身を乗り出して無一郎に視線を向けると、それに気付いた無一郎が真顔でヒラヒラと手を振ってくる。
義勇もそれに手を振り返してぎこちなく笑った。


(…やっぱり…何か一芸ないとダメなんじゃ……)

一気に襲ってくる不安。
するとグイッと腕を引かれて、強く強く抱きしめられた。

「…え……さび……と??」

抱きしめられる事はもう慣れたのだが、いつもは優しくふんわりふんわりと真綿で包むようにそっと抱きしめられるので、こんな風に強く抱きしめられることがなくて目を白黒させていると、これもいつになく強い視線が降って来た。

藤色の瞳に宿る強い光に目を反らす事も出来ず硬直していると近づいてくる顔。

……え??!!!
さすがに焦るもしっかりと押さえつけられていて動けない。

…ど…どうしよう……
嫌ではない…嫌ではないのだが、どうしたらいいのかわからない…
そんな心境で目を大きく見開いたまま固まっている。

そうしているうちにも近づいてくる顔…唇は、あと1cm、触れるすんでのところで横にそれて耳許へ。


そりゃあそうだ…。

可愛い女性ならとにかくとして、錆兎だって自分なんかと口づけを交わしたって仕方ないだろう…

勝手に勘違いした事が恥ずかしくて義勇が少し視線を伏せると、錆兎の唇が限りなく耳元に近づいて、

──他の奴なんて見るな。…短距離以外なら俺が勝つし俺の方が義勇を守れる…
と、珍しくやや機嫌が悪そうな声が返って来た。


「……え?」
不思議に思って視線をあげると、苦虫をかみつぶしたような錆兎の顔。

義勇の不思議そうな視線に気づくと、片手で口元を覆って

「…悪い。ガキみたいな事言った。
でも本当にお前を守るという事に関しては他の奴らに引けを取る事はないから…」
と、少し赤くなった。


え?え?ええ??!!!

もしかして…義勇が無一郎の方に視線を向けたのを何か勘違いして、あまつさえ少し妬いたりしたということなんだろうか?!!!

錆兎が?!!!


「ち、違ってっ!!!」
少なくとも短距離走うんぬんの話で義勇が無一郎の方を見た事が原因の発言なのだろうと、義勇は慌てて口を開いた。

「あのっ…同じ姫君で力があったりしないと思ってた無一郎が足は速いって聞いて、錆兎と比べてうんぬんじゃなくて、単純に驚いただけでっ!!
むしろ俺の方が何か一芸を磨かないといけないのかとか考えてて……」

そう訂正をすると、今度は錆兎が目を丸くした。


「は?なんでそうなるんだ?
姫君としては足速かったりしても仕方ないだろう?」

「…だって…体育祭で寮に貢献出来るし……」

「別に走りで貢献する必要ない。
というか以前も言ったが、身体能力で貢献というのは、本来の姫君のスタイルからすると邪道だからな?
自分が点を稼ぐより、こいつのために点を稼いでやりたいと思わせるのが、本来の姫君の役割だ。
銀狼の高校生組はお守りしてお仕えする相手として義勇を姫君に選んでるからな?
銀狼寮はみんなはお前が姫君だということをすごく幸せだと思っている。
もちろん炭治郎も俺も含めてな?」

と錆兎が言うと、

「そうですよっ」
と、そこは即炭治郎から同意の言葉が飛ぶ。

そんな二人の反応に、この兄弟弟子は本当に自分を甘やかす時だけは絶妙なコンビネーションを発揮するな、と、義勇は思った。


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