寮生は姫君がお好き44_陣地はテント

天気は晴天。
いよいよ体育祭だ。

10時に開会式で一般生徒の集合は9時半なわけだが、義勇が朝、慣れないドレスの裾を気にしながら錆兎にエスコートされつつ寮生の共有スペースであるホールに降りて行くと、いつもそこに集っている寮生達がいない。

そう、いつもは絶対にいる炭治郎ですら居ない。


「………?みんなは?」
と、錆兎を見あげると、彼は当たり前のように言った。

「ああ、体育祭の時は寮生総出でテントの設営だ」

「え?!寮生総出だったら、俺も行かないとダメだったんじゃ?!」
と、慌ててドレスを少したくしあげて走ろうとする義勇を錆兎はふわりと抱き上げる事で阻止して苦笑する。

「おいおい、姫さんが行ったら意味ないだろう」
と、言われて義勇がきょとんと首をかしげると、錆兎はそのままの体勢でゆっくりと歩き始めた。


「これも藤襲の体育祭の伝統なんだけどな、各寮ごとに応援スペースがあるんだが、そこにテントを用意するんだ。
もちろん、メインの目的は姫君のためな?

手配や企画はだいたい寮長周りで決めて、毎年大がかりな物を用意するから設営は姫君をエスコートする寮長と姫君以外の寮生全員が基本。

まあ、あれだ。
皇帝になるには色々身体的条件があるのもあって皇帝はそれなりの家の子息が多いから、手配は皇帝がって事になっているんだが、去年までは銀狼の寮長は珍しく外部生だったから、俺が準備してたりしたんだけどな」

だから手配も仕切りも慣れたものだし大丈夫。ゆっくり行こう。
と、錆兎はゆったりとした歩調で歩く。

もちろん大丈夫であろうとなかろうと、抱きかかえられている時点で義勇に拒否権などなく、ゆっくりとしたペースで連れて行かれ…そうして辿りついたグランド。

違うっ!これ俺が知っているテントとは違うっ!!
叫びださなかった自分を褒めて欲しい…と、義勇は思った。

だって、そこには、これは何?ここはどこ?何が始まるんだ?!
と叫びだしたくなるような光景が広がっている。


森の小道を抜けたところにある、競技場より遥かに広いスペース。
入って左手が金寮らしい。

一番手前が1年の狼で…そこにひときわ目を引くのは真っ赤な建物…。

「お~!不死川の…というより、金狼屈指の大財閥の息子、王の手配か。
さすがに派手だな~」

みるからに中華風といった感じの赤い柱に赤いテント。
屋根は薄緑でところどころに金の飾りが垂れ下がっている。

そして…大きい。
とにかく大きい。

1学年100名の半数で50名が2学年で100人いる寮生が全員余裕を持って入れる。


20席強かける2列、40席強が左右に配置され、綺麗に飾られた中央には少し高い段があり、そこには他よりも大きく立派な座席が二つ。
言うまでもなく、寮長皇帝と副寮長姫君の席だ。

そこには互いに不機嫌そうな金狼寮の不死川と善逸のコンビ。
善逸が若干機嫌が悪く見えるのは、その格好だろう。
同じ外部生でも義勇はすんなり受け入れたが、善逸はまだ女装に抵抗があるらしい。

…まあ、普通はそうだ。
今回は前回と違って化粧までばっちりされているから余計にだろう。


一番入口近くの1年のテントからグランドを囲むように奥に向かうと、2年の金竜、3年の金虎とテントが並ぶが、それもそれぞれ趣向を凝らした、テントと言うよりは何かアミューズメントパークの建物のように立派なものだ。

銀側も同じく入口から奥に向かって1年狼、2年竜、3年虎と並んでいる。

無一郎のいる2年の銀竜はパルテノン神殿を模した物のようで、白い柱が立ち並び、屋根も白。
寮生の観覧席は金狼のものとは違って半円になっていて、その中央にどうやら女神アテナを模した衣装らしいもの身にまとった無一郎と寮長の村田が並んで座っていた。

ギリシア神話によく出てくるような衣装はとにかく、勇ましい雰囲気の兜や盾、槍などは無一郎らしくないな…と思っていると、義勇の視線に気づいた錆兎が

「ああ、昨日言ったが、衣装は学校側が用意しているものを勝った寮長から選べるから、負ければ当然自寮の姫君に似合うモノを取れなかったりもするから」
と教えてくれる。


なるほど。
もちろん一般生徒からすれば色々が優れているのだろうが、銀竜寮の寮長は他の寮長達と比べると、あまり色々出来る方ではないように思われるので、そういう事なのだろう。

そう言う意味では一番に勝って衣装を選んできてくれる錆兎の寮で自分は幸せだとしみじみ思った。

まあ…錆兎の方は、どうせ選ぶなら無一郎のように愛らしい姫君の方が良かったかもしれないが……

そんな事を思って少しうつむくと、そんな義勇の沈んだ気持ちにも当たり前に気付いたのだろう。

錆兎は
「俺は今回ほど自分が色々出来る男で良かったと思った事はなかった。
おかげで世界で一番可愛い花嫁を手にすることが出来たしな。
そんな姫君を連れて来れて、寮生に対しての面目も十分すぎるほどたったと思う」
と、撫でようにも義勇を抱きかかえて両手がふさがっているので、ちゅっとベール越しに額のあたりに口づけを落とした。


こうして錆兎に連れられて行った自寮のテントは銀色に輝く荘厳な城のような建物。

壁は二重構造になっていて、内部の壁は基本的には黒く、しかし四方にどうやらセロファンか何かで作成したのだろうか…色とりどりのステンドグラスが埋め込まれていて、それを外を覆う分厚い生地と内部の生地の間に設置されているらしいライトがキラキラと照らしている。


もうこれ、テントとは言わないんじゃないだろうか…
と、他の寮のテントの外観を見て思った事を、自寮のテントに足を踏み入れた義勇は改めて再度強く思った。

寮生用には左右に木目調のベンチが2列。

2列目は1列目より少し段差があって、後ろの人間の視界が遮られないようになっていて、中央2列目には寮長と姫君の座席。

1列目は中央に寮長達が自席にあがるための階段。
そして、その階段の左右に2つの座席。

それは普段義勇の護衛を買ってくれている炭治郎と、錆兎がよく連絡に使っている同級生の1人の席だ。

銀狼寮の寮生達はすでに座席についていたが、錆兎の姿が見えると全員起立して皇帝と姫君を迎え入れる。


昨日は衣装を見たのは錆兎と義勇だけだったので、ふわふわと真っ白な花嫁衣装の義勇を抱える錆兎の姿に、どこからともなくあがる、

──おおーーー!!!!
という歓声。


何故かそれは自寮だけではなく、自寮からちょうど入口を挟んで斜め横並びに立っている金狼寮からもあがっている。

(…すっげえ…あっちの姫君可愛いなぁ…!)
(…ちきしょ~!!銀狼寮のやつら羨ましすぎだろっ!!)
(…やっぱさ、うちの姫君もそれなりの格好すれば普通に女の子に見えるけど、そういうレベルじゃなくて、めちゃ綺麗な顔してるから女の子としてもアイドルでも早々居ないくらいのすげえ美少女だもんな、隣の姫君)

感嘆の声に混じって聞こえるそんな言葉に、それは金狼の姫君である善逸に失礼では?と義勇は一瞬思うわけなのだが、そんな金狼寮の寮生の言葉を気にするどころか、当の本人である善逸が誰よりも大きな声で

「すっごっ!!不死川さんっ、義勇ちゃんめっちゃ可愛いよねっ?!!
ありえないっ!!ほんと男?!!
ウソウソウソ!!もう姫君っていう性別じゃない?!!
今日だけ俺はあっちに行っちゃだめっ?!!!」

と、思い切り立ち上がりかけて、隣の不死川に、

「うるせえっ!!
俺だって向こうの寮に行きたいわっ!!」

と、軽くどつかれていた。

どうやら相変わらず二人とも互いに自寮で姫君合戦に参加する気がないらしい。


Before <<<  >>> Next (3月5日公開予定)



0 件のコメント :

コメントを投稿