寮生は姫君がお好き42_トレーニングの実態

──明日から当日まで少しばかり早起きして、俺の走り込みにつきあってくれるか?

その錆兎の申し出は義勇からするとすごい快挙だ!

なにしろ今までは、一度、毎朝ランニングしている錆兎と一緒に走りたいと言って倒れて以来、朝のランニングについていく事は却下されているのだ。
それがとうとう錆兎の許可が出たのである!


こくこくと頷くと、

「じゃ、明日の朝からな?
朝は4時起きになるから、そうだな…今日は9時には就寝な?」
と言われる。


いつもより2時間も早いが、起きるのも早いから仕方ない。
というか、一緒に走り込みが出来るなら全然構わない。
その日は学校が終わって寮に戻ると、早めに宿題と予習復習を済ませて、風呂にも入っておいた。

こうして寝る準備は万端。

錆兎は元々そこまで長い睡眠時間を必要としない人間らしく、普段から4時起きだということなので、いつもは一緒に寝るのだが今日は義勇の眠りを妨げないように寝室の端の方でノートPCで何か作業をしている。

チラリと視線を向けると、PCのディスプレイを真剣な様子で追っていた綺麗な藤色の目が、視線に気づいてこちらに向けられた。

「悪い、姫さん。眩しかったか?」
途端に柔らかい表情になる端正な顔。

整い過ぎてキツイ印象を与える顔立ちなので、こうやって優しい笑みを浮かべられるとなんだか特別感があって、ドキドキしてしまう。

同性なのに…と自分でも思うし、錆兎だってそんなに変に意識をしたりしていないのだろうに、本当にそんな風に思う自分はどうかしている…と、そんな内心を否定するつもりで義勇が首を横に振ると、錆兎は少し考え込んでいたが、やがてパタンとノートPCを閉じてそれをサイドテーブルに置き、

「今日は俺もたまには早く寝るかな」
と、ベッドに潜り込んでくる。


そしていつものように腕の中に義勇を抱え込むと

「…大丈夫…。
俺が全部ちゃんとやるから、お前は何も気にしないでいい…。
ただ、そこで幸せに笑っていてくれればいいからな?
それが唯一、俺を始めとする全銀狼寮生の願いだ…」
と、指先で優しく義勇の髪を梳きながら、おやすみ、と、その瞼に口づけを落とした。


頼もしくも温かい腕の中…やがて眠りを促すように優しく背をぽんぽんと一定のリズムで叩かれると、緊張していたはずが安心感に包まれ始め、気がつけば義勇の瞼は閉じたまま開かなくなっている。

ここにいれば何があっても大丈夫…そんな欠片も心配のない環境…そんな中に身を置けるのはなんて幸せな事なのだろうか……

そんな事を感じながら眠りに落ちたせいだろうか…

眠っている義勇の顔には幸せそうな笑みが浮かんでいた。


──こうやってお前をずっと幸せそうな笑顔で居させてやれる事が、俺のモチベーションなんだ。

その幸せそうな寝顔に、幸せそうな寮長の声が降って来ていた事は、深い眠りの中にいる義勇は知らない…。





(…これ…何かが違うっ!!)
翌朝…錆兎の走り込みコースで錆兎に抱きあげられた状態で義勇は思う。


──走り込みにつきあってくれ…

とは言われたが、考えてみれば“一緒に走り込みをしよう”とは確かに言われていなかった気はする。
だからと言って何故走り込みをする錆兎に横抱きに抱きかかえられている??


意義を申立てようにも、口を開けば舌を噛みそうなので大人しく走る錆兎の首に手を回し、黙って抱きかかえられたまま30分。

そう、錆兎はなんと義勇を抱えたまま30分も淡々と走り続けたのだ。

しかも隣で並走していた炭治郎もそれなりに汗をかいているところをみると、決してゆっくりではない。

どれだけ体力があるのだ…と、心底感心すると同時に、これと一緒に走るつもりでいた自分の身の程知らずさに義勇は青くなった。


「やっぱり体重のかけられ方とか、単なる重石を持って走るのとだいぶ違うな。
まあ…テンションも違うと言うか…ずた袋よりも姫さん本人だと100倍楽しい」

錆兎自身も汗一つかかず…というわけではないのだが、走り終えてクールダウンしながら笑顔でそんな発言をしているところをみると、まだまだ体力は残っていそうだ。

さすがに差がついていても自分のところで逆転できると豪語するだけのことはある。


こうしてある程度の距離の走り込みを終了すると、さすがにそれだけでは…と思ったのか、錆兎は一応、短距離とは言えリレーを走る義勇のフォームを見て、色々注意をしてくれた。

いわく…

「短距離はな、無一郎があんなナリして、ありえないほど早いんだ。
去年は1年生なのに2年3年ぶっちぎって100mだってのにかなりの差をつけてトップでバトン渡しててな。
ま、昨日も言った通り、姫さんは遅かろうと速かろうと可愛ければ良いんだけどな。
速い方がお前自身が楽しいだろうし、少しタイムあげてみるか~」
とのことだ。


そういうわけで、その日から毎日、朝は4時起き。
30分は錆兎に抱えられて錆兎が走るのにつきあって、その後、一緒に短距離の練習。

驚いた事に錆兎は長距離が強くて腕力体力もあるだけでなく短距離も速くて、義勇はクラスではかなり早い方だった短距離すら敵わなかったのだが、それでも毎日教えられているうちに、自己タイムもかなり縮まって来た気がする。

その他には肌や髪の手入れを普段より丁寧にされるようになった。

それは姫君が綺麗な方が寮生の士気がよりあがるし、タイム以外で評価される種目も点数が高くなるという、副寮長ならではの理由からだ。

さらに学校にいる間は、実は運動会の影の主役と言われている姫君に妨害が及ばないようにと、普段のように炭治郎だけではなく、1年の銀狼寮の寮生数名が常に付くなど、義勇に対するガードが固くなった。

面倒見が良くて普段は下級生組の姫君の様子を見に来てくれる煉獄は、先日のやりとりのように、只今絶賛ダイエットさせられ中なのだろう。
食べるのが何より好きで食べないと元気が出ないらしい彼らしく、日々ぐったりしていて、それどころではないらしい。

運動会が終わるまでに倒れないかと義勇的には心配なのだが、それこそ他寮の人間が口を出すことではないし、自分自身がぐるりと護衛に囲まれているため、こっそり差し入れをする事もできず、心配しながらも見守るしかない。


そしてとうとう中1の義勇にとっては初めての本格的な寮対抗行事、体育祭を翌日に迎える事になったのである。


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