寮生は姫君がお好き29_陰謀と策略の学園3

「僕のフォローは欲しいけど僕を信用しきれないってことだよね?
そこで最初の話」

考え込んでいる間に用意してくれたらしい。
村田が――時間ないしインスタントだけどな――と、小テーブルにコーヒーのマグを置いてくれる。


「最初の?」
さんきゅ…と礼を言いつつそれを一口。

思考の海に沈みがちな気持ちを少し切り替えて、錆兎は自分もコーヒーのマグを片手に側に立つ無一郎を見あげた。


「うん。僕の重大な秘密って話ね」
「ああ、それか」
「うん、それ」

無一郎は言いながらまたベッドに腰をかけた。
そして少し不安げな目でカップに顔をうずめる。

それを労わるように村田がまたその肩をぽんぽんと叩いて

「大丈夫。言わないと進めないよ。
錆兎が裏切るようなら、もう俺も一緒に心中してやるからさ」
と、苦笑しつつ促すと、無一郎は、はぁ…と、息を吐き出して、決意したように顔をあげた。

「これね…僕と村田と僕の兄さんと養父の叔父さんと片手の指の数ほどの腹心と専任弁護士しか知らない。
とっておきの秘密なんだ」

そういう無一郎の顔は珍しく緊張でこわばっている。

少しためらうように考え込んで、コーヒーを一口。
そして口を開いた。


「僕のお爺ちゃんは政財界に多数のコネを持っていて、その縁で50年前、この学園を作った学園の創始者なんだけどね、僕の父さんは次男で親戚に養子に出されてて、さらに僕はその家の次男でさらにその知り合いの家に養子に出されて今に至る……って言うのが僕の公けのプロフィールなんだけど……」

「…なんだけど?」
「うん…実は跡取りなんだ」

「は?」

「僕が爺ちゃんの跡取り。
新学園長のプレジデントKっていうのは僕の事」

「はああ??????」

驚いた。
色々裏がある人間だとは思っていたが、これはさすがに予測していなかった。


「ちょっと待てっ!
じゃあつまりは今回の諸々は……」

そう、自分じゃないと言いつつ諸悪の根源なんじゃないか…と、さすがに思って言うと、無一郎は小さく首を横に振った。

「僕じゃないからね。
二度目の招待状は僕じゃない。
だから最初から色々警戒して疑ってかかってたってことだよ」

「…なるほど……」


まあ…ここは嘘ではないだろう。
騙すならわざわざ本来の主催であるという身分を明かす意味はない。
それなら全てが怪しいと思っていたと言うのも納得だ。


「色々複雑なんだけど、最初から話すからちょっと聞いてね」
「ああ…」

「まずね、この学校ってさお爺ちゃんのとてつもない人脈で出来たものなのね。
通ってる生徒ってすごい家の子いっぱいじゃない。
物騒な話、この学校牛耳っちゃえば全国の要人の子息人質に取れちゃうわけだしさ。
でもお爺ちゃんすごい人だったから、誰も手を出せなかったんだ。

で、お爺ちゃんが年取って来て誰に継がせるってなった時に、色々…ね、非合法な手を使ってもこの学校が欲しいって輩がいっぱいいてね、お爺ちゃんは保険を打ったわけ。

僕と兄さんは双子って事になってるんだけど実は従兄弟。
僕は長男の子で兄さんは次男の双子のうちの兄。
長男と次男も一卵性の双子でそっくりで、僕たちはそれぞれの父さんに似てたから3人よく似ててね。
で、お爺ちゃんは本来の跡取りの僕を守るために兄ちゃんの本当の弟と俺を入れ替えて育てたんだ。

と言う事で僕は表向きは次男の家の次男てことになったんだけど、血筋でいる間は危ないってことで、さらに血縁じゃない家に養子に出されたの。

その養子に出された先っていうのがちょっと複雑なんだけどお爺ちゃんの次男の奥さん、つまり僕のお母さんってなってる人のお兄さんの家。
ようは…僕の叔母さんの実家ね。
そこで僕は色々生き残るための術を教わりながら育ったんだ。

実際…お爺ちゃんがなくなってから僕の身代わりに跡取りとして僕の両親に育てられた従兄弟は表向きは事故でなくなってるしね。
お爺ちゃんのあと、正式な学園長職を継いだ本当の父さんも去年原因不明の事故で亡くなった。

そこはお爺ちゃんの遺言でね、この学園の学園長職ってお爺ちゃんの直系親族から順に、直系がいなくなったら上から順に、継ぐことになってるんだ。

で、跡取りが未成年の場合は公けへのお披露目は成人した時って事になってるから、今は僕はおおやけには出ないで、お爺ちゃんの代からの側近に命じて代理として色々やってもらってるんだけどね。

今おおやけで発表されている順番では長男が亡くなって長男の子も亡くなってる事になってて、子ども達もなんのかんので亡くなってるから、長女の1人娘、次男の息子ってことなんだけど、たぶん学校を牛耳りたい人達からすると女の子が継いでくれた方が牛耳りやすいと思ってるみたいで、従姉妹のお姉さんが跡取りって匂わすように、非公式に名乗る名前をお姉さんの頭文字のKを取ってプレジデントKってしたら、今のところ一族への攻撃が止んでるんだ。

もちろん成人したら僕は表に出ないといけないし、そうしたら矢面に立つ事になるから、それまでにこの学校で出来る限り有力な家の人間を味方にして力をつけないとってわけ。

今は…僕には正体も不確かな相手を敵に回す力はないし、力がない状態で立ち向かったらたぶん殺されて終わっちゃうと思うんだ。

だから従姉妹のお姉さんがね、色々覚悟の上でお爺ちゃんの学園を守るために汚名を被ってくれることになっている。

僕が成人するまでは全ての運営については自分が全面的に委任されてて、それまでに起こった不祥事は全部自分の裁量で行った事で僕はノータッチって事にしなさいって言われてるんだ。

そういう事にしたうえで、僕が力をつけて爺ちゃんの跡を継いで仕切れるまで、生き残って僕に引き継ぐのが責務だって。

だから僕は絶対に力をつけなきゃいけないし、死ねないし、みんなが自分を犠牲にして守ってるお爺ちゃんの学校を守っていかなきゃダメなんだ。

学校はお爺ちゃんと僕達だけのためのものじゃないよ?
お爺ちゃんはもともと普通の学校だと特別視されて距離を置かれちゃうような家の子ども達が普通に友達作って普通の学校生活が送れるようにって願って作ったのがこの学校なんだから。
僕達はそんなお爺ちゃんの理想を守りたいんだよ」


「なるほど…な」

裏が全くないかというとわからない。
ただ全くの嘘ではないというのはわかる。

確かにこの学校の半数以上は世界各国の有力者の子息だ。
それを手にするという事はとてつもない権力を内包する事になるというのは納得だ。

そして…無一郎の祖父の前々学園長という人物には幼い頃に会った事がある。

強引で大雑把で…目的のために手段を選ばないところがないかといえばないとは言えないが、その目的自体にはたいてい悪気のない、憎めない好人物という印象だった。


なるほど…ああ、本当になるほどだ。
義勇の事がなければむしろ積極的に手を貸してやりたい事情ではある。

…が、今はそういう自身のポリシーとか方針よりも優先すべき大切なものが出来てしまったのだ。
姫君の安全…それが第一だ。

そんな風に無一郎に対しての錆兎の気持ちが少し変わりかけているのを当然のように悟っているのだろう。
無一郎がたたみかけた。

「今は…少なくともこの学園に通ってる間は僕はそういう学園の権力争いの面からするとターゲット外だよ?
万が一従姉妹のお姉さんがコケたとしても、次には兄さんがいるしね。
兄さんの他にも従兄弟はいるから、表向き他家の人間になった僕は親族の中では後継者から一番遠いように思われてるから。
でも裏ではちゃんと状況の報告だけは受けてるから情報は得られる。

10人いる理事のうち身内は3人。
学園長の代理を務める側近とお爺ちゃんの兄弟の子、つまり僕達の親の従兄弟が2人。
そのあたりは味方。

あとの7人は色々な方面の有力者の代理。
今回の騒動はたぶんその7人の誰かの差し金で、前学園長暗殺もたぶんその中のどれかの勢力が関わってる。

今回の事は…たぶん学園の不祥事になっちゃうから元々そういう非常時対応訓練イベントでしたって形で揉み消されると思うし、今回みたいに校外に小人数で出るとかいう事がない限り、物理的に命の危険にさらされることなんて早々ないとは思うけどね。

それでも…万が一そんな方向になりそうな空気があれば報告出来るし、副寮長としての諸々だって相談に乗ってあげられる。
ね?錆兎にとっても悪い話ではないと思わない?」
と、見上げてくる無一郎。


…もしかしたら悪魔の誘いかもしれないが…と、錆兎は内心思う。
………思うのだが………

と、悩む錆兎に、村田が

「少なくとも俺達は裏切らないし、何より最低限お前に敵に回って欲しくないから義勇ちゃんが巻き込まれそうになったら全力で阻止に回るよ?

俺は…正直さ、なんかはずみで寮長になっちゃった一般人だしさ、話が大きすぎてよくわからない部分もあるんだけど、この学校もここで出来た友達も後輩もみんな好きだからさ。
俺に出来ることなら頑張って協力したいって思ってるんだ。
その中にさ、お前も義勇ちゃんもちゃんと入ってるからな。

だからできれば一緒に戦いたいけど、無理ならせめて敵に回らないで欲しい。
友達とさ、そういう類のことでは争いたくないからさ」
と、言ってくる言葉に、なんとなく傾いてしまった。

確かに自分だってそうだ。

それこそ村田以上にこの学園は長いわけだし、おかしな輩に牛耳られたりされたくはない。

無一郎が天使なら良し。
悪魔でも逆に義勇に危害が及ばず、自分が堕ちる事によってお姫さんに迫る害を排除できるなら……

まあ…いいか!

しばらく俯いて考えていたが、パン!と膝を叩いて息を吐き出すと、錆兎は顔をあげて無一郎に視線を向けた。

「了解だ。
とりあえず敵対はしない。
義勇の身に危険が及ばない範囲のことなら協力しても良い。
その代わり義勇に少しでも危険が及びそうな情報があったら即報告してくれ。
それがお前の側に都合が悪い事だったとしてもな。
もしそれを隠してた事があとでバレたら俺は全力で敵対すると思っておいてくれ」

「大切な大切なお姫様だもんね。
こちらも了解だよ」

錆兎の言葉に無一郎は頷いて、村田はホッとしたように、詰めていた息を吐き出した。


「ああ、その通りだ。
大切な大切なお姫さんだからな?
お姫さんに楽しく平和な学園生活提供してくれるというなら、俺はいくらでも利用されてやるから、よろしく頼む。
で?当座どうして欲しい?」

覚悟を決めてそういう錆兎に、無一郎はニコリと微笑んだ。

「うん、そうだね。
当座はあれじゃない?
お姫様がどれだけ自分にとって大切か、学園中に知らしめることから始めたら良いんじゃないかな?」

「はあ?」

「僕は少しの労力でたくさんの見返り欲しいからさ。
お姫様が手を出しても大丈夫な相手じゃなくて、手出しすれば錆兎と渡辺家が全力で動く、渡辺家が後ろ盾になっている子って思わせれば若干手間暇が減るかな~と思うんだけど」

からかわれているのかと思えばちゃんと意味があるアドバイスらしい。
さっそくの忠告に錆兎は感謝の意を述べた。

「そうだな。さんきゅ。
明日から学園の中心で愛を叫んでみることにする」
と、前向きに善処する事を伝えてみれば、

「そこまではやめてあげて。義勇が可哀想」
と、思い切り冷ややかな目で切り捨てられる。

「ま、何か動きがあるか、して欲しい事がでてきたらこちらから連絡するよ。
錆兎からも何かあったら言ってね」

とりあえずの交渉の可決で一息ついた時には、外はすでに明るくなっていて

「そろそろ帰らないと寮生にみつかっちゃうんじゃない?」
の村田の一言で、お開きになった。


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