寮生は姫君がお好き22_姫君達

「じゃあ、行こうか」

と、今度は無一郎に連れられて目の前のドアをくぐれば、そこは相変わらず薄暗いランプの灯りのみが室内を照らす控室だが、城内に入ってから常にあった甲冑がないせいか、隣に無一郎がいるせいか、それほど不気味な感じもしない。


「ここ、ふっかふかで気持ちいいよ?
隣くれば?」

室内に入るなりテテテっと紫の絨毯の上を駆け抜けた無一郎がダイブするのは、おそらく仮眠もできるようにと客室を用意されたのだろう。

大きな天街付きのベッド。
他の家具と同様黒いベッドに黒いシルクのシーツ。

部屋そのものもそのベッドも普通ならどこか薄暗い印象を持つのだろうが、ベッドの上でくつろぐ無一郎を見ていると、なんだかそんな色彩も空気も気にならない。

特に緊張した様子もない無一郎につられて、義勇もベッドにダイブした。
見た目は別にして、確かにふわふわで気持ちいい。


2人して寝ころぶベッド。
ふと気づけばすぐ隣にある愛らしい顔。

じ~っと顔を凝視されて気まずさに義勇は視線を逸らした。

それでも無言で視線を向けられるので、何かを話題は…と探してみるが、当たり障りのない話題と言うのを卒なく触れるようなら人見知りと言われてはいない。

そこでやはり困った時の錆兎頼み…ということで、話題にあげてみることにした。


「あの…無一郎さんは錆兎とは付き合いが長いんですか?」
と聞くと、

「ううん。僕は小等部生だから、そういう意味で言うなら長いけどね。
直接言葉を交わしたのは去年の始め?
僕が姫君になってすぐくらいかな」
と、返事が返ってくる。

義勇はそれに少し驚いた。
だって、無一郎の錆兎に対する態度は他に対するのとは明らかに違う。

どうしてなんだろう?と聞きたくて、でも聞いていいやら迷っていると、無一郎の方から話し始めた。


「義勇はずっと錆兎に守られているし錆兎もそういう事情は話さないのかもしれないけど、この学園はね、後ろ盾がないとなかなか辛いんだ。

うちの寮はね、姫君の僕は祖父は偉い人だったんだけど、僕の父さんは跡取りじゃなかったし、さらに僕は兄弟の下だったから、親戚の配偶者の実家に養子に出されてその家から学校通ってたんだ。
つまり…一般人じゃないけど有力者でもない、そんな感じ。
でもって村田はもっとモブで、普通の家に生まれ育った外部生だしね。

だから今年の銀竜寮は攻撃を仕掛けてこられたらひとたまりもない皇帝と姫君なんだ。

実際…去年、姫君になったばかりのゴールデンウイークにね、予定のない僕は去年の金狼寮の寮長の家から僕の養父繋がりでとあるパーティーに招待されてね。
金側の寮長の招きって嫌だなァと思いつつも養父の立場もあって断れずに参加したんだ。

そこでね、使用人に寮長が呼んでるからって中庭に連れて行かれて一人で待ってたんだけど、いきなり怪しい奴に銃を突きつけられたんだよ。

でも、これはもしかして殺される?って思ったら、後ろからいきなり何かが飛んできて、暴漢の眉間にヒットしてね、拾ってみたらキツネの飾りのついた鍵だった。

でも暴漢もプロだったみたいで、こっの~!!とか言いながら、僕の後ろから走ってくる誰かに向かっていきなり発砲したんだけどね。

だけどさ、ほんっとうにありえないことなんだけど、走り寄ってくる誰かさん、それを避けたんだよ。
避けながらも全然スピードゆるめずに走ってくるの。
でさ、黒いタキシードに包まれた足が間合いに入った暴漢の手にヒットして銃を蹴り飛ばしたんだ。

で、お前っ!俺から離れるなよっ?!!って言いながら飛びのいて蹴り飛ばした銃を空中で受け止めて、その人、僕の腕をグイっと掴んで自分の後ろにかばって暴漢に向けて銃を構えたんだよ。

もう、どこの映画の撮影?くらいな感じ。

結局銃声を聞いたガードマン達が集まってきて暴漢は御用だったんだけど、月明かりに光る宍色の髪も暴漢を睨みつける藤色の目も本当に不本意ながらカッコよくてね。

その当時は錆兎も中3で寮長じゃなかったからさ、僕もどこかで見た顔だなぁ…くらいだったんだけど、あとで当時の銀狼寮の人だってわかってね。

でも恩に着せることもなく、お礼言ったら人として当たり前のことをしただけだからって。

え?でもさ、あれって人として当たり前に出来ることなの?って突っ込みたかったけど…。

村田に報告したら、同じ道場で剣道やってた知り合いだったみたい。
まあ強さとか全然違うし、あっちはなんだか有名な人だったみたいだけどね。
この人だったら信用できるなぁって思って。

僕もだけどさ、村田も自衛がなかなか難しいからね、実家的に。
出来れば目立たず巻き込まれず平穏無事に卒業したいから。
正直僕らはベストプリンセスとかどうでもいいし。

煉獄さんあたりも信頼はできる人だとは思うけどね。
信用できる人とは仲良くしたい。
それって当たり前の感情だよね」



「…さびと…かっこいい…」

そんなことがあったとはっ!

…と、義勇の脳内はすでに無一郎の錆兎に対する態度が違う理由よりも、そのエピソードでいっぱいになる。


そして思わず漏れたその言葉に無一郎は少し呆れたように

「うん、カッコいいよ。
でもさ、今の話の最重要事項はそれじゃなかった気がするけど?」
と、ため息をついた。


「まあそういうわけでね、僕たち銀竜寮は前には出ず矢面に立たないようにするけど、上下の銀組の寮への協力は惜しまないから。
だから全面的に敵には絶対にならないから安心していいよ」

そう言いつつ、無一郎は身を起こしてテーブルの上のピッチャーから二つのグラスにジュースを注いで戻ってきた。

「はい。
今のうちに少し飲んでおいた方がいいよ」
とグラスを一つ義勇に差し出す。

「今のうちに?」

全員が集まってからは何も出ないのだろうか…
というか、無一郎は今後の予定を知っているのか?
そんな事を思っていると、無一郎は何故かそんな義勇の疑問を察したように笑った。

「うん…わかんないけどね。
でも例年、寮長と副寮長の耐久レースな事を考えると、今年もこういう風に趣向が変わっているように見えて、実は大どんでん返しで何かやらされる可能性もあるじゃない?
そうすると飲み食いしてる暇はないと言う事もあるかなぁって…」

なるほど。
自身の経験上からくる予測ならしい。

そう言えば錆兎も例年はそんな感じだと言っていたし、それなら今のうちに休んで水分摂取をしておいた方がいいのかもしれない。
義勇もそう納得してジュースを飲みほした。


そうこうしているうちに最後の一人、煉獄が部屋に入ってきた。

「おおっ!最後だったかっ!!」
と、相変わらずでかい声で言うと、にこやかに手を振る。


一応…寮のイベントなのでドレスを着ているのだが、体格の良さと隠し切れない筋肉のせいで、まさに“似合わない女装は正義”状態だ。


全て同じデザインのはずなのだが、まるで少女のように可愛らしい銀狼、銀竜の姫君達のそれとは別物に見える。

だが、このどうも不穏な状況での不気味な場所では圧倒的な安心感を感じさせる逞しさだ。


「正直…村田が隣にいるよりも安全な気がするよ」
「…錆兎が一番だけど…その錆兎と離れてると少し心細かったからなんだかホッとしました」
と、下級生二人に言われて、

「ああ、安心していいぞ、2人とも!
何かあってもまとめて守ってやろう!!」

と、姫君というより皇帝のような空気を振りまきながら胸を張る煉獄。


だが…一瞬ののち……

「飲み物だけ…なのか…」

と、後輩二人が手にしたグラスを見て見渡した室内のテーブルに置いてあるピッチャーを見てしょぼんと肩を落とす。


ああ、そう言えば初めて会った昼食時にもものすごい量の弁当を掻き込んでいたな…と、その様子に小さく笑う義勇。

無一郎もそのあたりの煉獄の胃袋具合を知っているようで、

「たぶん…パーティーになったらたくさん料理が出ると思います。
今はこれで…」
と、なぐさめるように言いながら煉獄の分もジュースを注いだグラスを渡した。



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