寮生は姫君がお好き21_別れ

2階に上がるとやはり廊下の壁沿いには古びた甲冑が立ち並び、それを壁に掛けられた松明の灯りが明々と照らしている。

個人的に非常に気になったのはおそらく窓があるのであろうあたりには鉄の扉のようなものがあり、外が一切見えない事。

それは馬車の時もそうだったが、元々どこか薄暗い雰囲気もあいまって、ひどく閉塞感を感じさせた。


それでも…錆兎がいれば大丈夫。
何もかも大丈夫なのだ。

ぎゅっと腕を握る手に力を入れれば、錆兎は義勇を見下ろして一瞬少し考え込むように義勇を凝視して、でもすぐ優しく微笑んでくれる。

元々は手助けはしてくれるがなるべく自分の事は自分でするように自立を促すタイプで、他人を無条件に甘やかしたりはしない人間なのだと炭治郎が言っていたが、義勇には無条件に優しい。

一度そのあたりについて聞いてみた事があるのだが、錆兎いわく義勇は姫君だから…という以前に、何でも1人で抱え込んで無理をするので逆に出来る限り色々やってやって自分を頼る事に慣れさせたいのだ…と言われた。


そんな事を言われたのは初めだ。

自宅では姉に甘えすぎだと言われて暮らしてきたのだ。
その甘えられていた姉も急に逝ってしまったのだが…。

だからこそだ。

今は姫君として大切に甘やかされていても、任期を終える時期が来てその保護を全て失くした時の落差が怖い。

そんな事を考えつつ、それを言うべきか言わないでおくべきか迷っていると、聡い錆兎はそんな事もわかってしまったらしい。

『ん~…まああれだ。
義勇は俺が初めて無条件に守るべき事になった相手で、実際にそうしてみるとすごく楽しいし、もしお前が嫌じゃなければ副寮長の任期切れても責任持つぞ?
実際、寮長が外部生というのは稀なんだが、副寮長はたまたま可愛かった外部生というのもちょくちょくいて、そう言う場合は普通に財閥とか大会社の社長の息子とかの寮長が卒業後もそのまま自分の側に引っ張る事も少なくないしな。
なんならお前が学校卒業したら、俺は義勇の義理の親御さんに大切にするんでお前を俺に下さいって挨拶に行ってもいいんだが…』

などと、本気なのか冗談なのかわからない、まるでプロポーズみたいな話までされて、どう反応して良いやらわからず、ただただ動揺したのだが、まあ錆兎は無責任な事を言う人間ではないので、実際義勇が望めばずっと一緒にいてくれる気はあるらしい。

そんな諸々もあって、最近では義勇もすっかり錆兎に依存している。
もっとも…錆兎に言わせるとまだまだ足りないらしいが……。


まあ、それはとにかくとして、そんなわけで義勇的にはなるべく頼り過ぎないようにとは思いつつも、何かあっても錆兎がいれば大丈夫という認識を最近持ちつつあったのだが、今、それもあって最大のピンチを迎えていた。

いや…なんのことはない。

案内人の男に連れて来られたドアの前。

「こちらが姫君の控室でございます」
と、恭しい様子で丁寧に…しかし暗にここに来て唯一の頼りである錆兎と別々の控室に行けと言われてしまったのだ。

こんな得体のしれない場所で1人きり?

無理だ…絶対に無理だ。
ぎゅっと錆兎の腕を握り、半分涙目で見あげれば、当然錆兎も異議を申し立ててくれる。


「いや…今回は寮長と副寮長の交流イベントのはずだろう?
そもそもが色々と危険な事もある姫君を寮の外で護衛もつけずに1人にするなんてありえん」

ぎゅうっと義勇を引き寄せて腕の中に抱え込んでくれる錆兎。
その体温にホッとするも、男が淡々と続ける声が聞こえる。

「今回は前年度までとは色々主旨も趣向も変更されております。
安全性に関しましてはご覧の通り他者が入りこめぬよう堀や鉄窓など、色々留意しておりますし、日程を公けに公表したものとずらせたのもそのためでございます」

「変更ってなんなんだ?
そもそも寮長が姫君と離れる事に意味なんてあるのか?」


――それはね…今回は新寮長と新副寮長じゃなくて、金銀の交流も兼ねてるから、らしいよ?

緊張をはらんで高くなる錆兎の声をさえぎるように、案内されたドアが開いて出て来たのは、目を見張るほど美しいまるで人形のような姫君…無一郎だった。

「そのうち煉獄さんも来るし大丈夫。
あんまり係の人困らせちゃダメだよ?」

ぴょん、と、部屋の中から出ると、無一郎は優雅な足取りで錆兎の側に来て、ソッとその腕を取って義勇から離すと、両腕で錆兎の首を引き寄せ、耳元に唇を寄せる。

そうして何か一言二言囁くと、またぴょん、と一歩下がってちょこんと小首をかしげてみせた。


「ね?僕は錆兎と仲良くしたいから、錆兎の大切な姫君とも大切にするつもりだし、意地悪したりしないよ?
大丈夫。ちゃんと返すからいったんは僕に預けて?」

可愛らしい笑みを浮かべる無一郎に、義勇はほわわ~と見惚れるが、錆兎は複雑な表情を浮かべている。


「あのね、確かに学校は色々寮対抗だけど体育祭とかは金銀対抗だから、どちらにしても僕達は仲良くなっておいた方が良いんだよ?
義勇は?
僕といるのいや?」
と、珍しく即答せずに難しい顔で考え込む錆兎から離れて、無一郎は義勇の方に駈けよってその腕を取った。

錆兎以外には自寮の寮長にすらあまり笑みを見せない無一郎だが、元々の顔立ちがとても可憐なためその微笑はまるでふわりと咲き誇る花のようだ。

そんな無一郎をみているだけで、今までの不気味な雰囲気など霧散して、まるで綺麗な花畑にいるような気分になる。

というか…自分と1歳しか変わらない無一郎が1人で平気だと言うのに、自分だけ保護者 がいないと怖いなんて言うのはさすがに恥ずかしい。


――……やじゃ…ない…

と、どう答えていいかわからないまま、ぼそりとそう答えると、無一郎ははにこりと笑みを浮かべて
「だってっ。錆兎」
と錆兎を振り返った。


そうなると錆兎も諦めたようだ。

まだ複雑な表情ではあるものの
「…お手柔らかにな……。
くれぐれも頼むぞ?無一郎」
と、何か縋るような視線を無一郎に向けて言った。


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