寮生は姫君がお好き15_お披露目会トラブル

そして学校。
一番身近な同時期に任命された同学年の副寮長がそこには居る。

しかしながら…だ、彼は参考にならない…錆兎以上に参考にならないのではないだろうか……と、義勇は朝からため息をつく。


なんというか…お隣、金狼寮は寮長、副寮長からして何か違う。

まず二人ともやる気がない。

姫君のはずの善逸は、顔見せの日にクラシカルなメイド服を着てきたのだが、ホールで全校生徒の前でお披露目となった時の第一声が

「俺のことは見ないでいいですからっ!
ほんっと~~~に、もう銀狼寮のお姫様のおつきとでも思って下さいっ」
で、周りをざわつかせた。


え?なに?内気な系アピール?
と、ざわざわと声が聞こえる。

司会も困って

「え?あの…他に何か言うことは?」
と、声をかけるが、

「い~えっ!滅相もないっ!
ほんっと~~にっ、今年の1年の姫君は銀狼寮だけと思ってくださいっ!
俺は欠員を埋めるためだけにその地位についてる一般ピープルなのでっ。
寮長も納得してますっ!」
と、思いきり強調する善逸の言葉に司会が寮長の不死川に視線を向けると、彼も彼で

「あ~、まあそういうことだァ。
もう、銀の姫と競うの無理だろォ。
うちは華の部分は捨ててガチで色々戦っていこうと思うんでよろしくなァ」
と言い放つ。


その言葉にさらにざわつくホール内。
観覧席の学生たち…特に上級生達から何故か不穏な空気が流れ始める。

義勇は紹介前で錆兎に抱えられていたのでなんとなくここにいれば安全安心とは思ってたのだが、その空気を不思議には思った。

そうして疑問を向けるように錆兎を見上げると、難しい顔を金狼寮組に向けていた錆兎はその視線に気づいて苦笑する。


「あ~。金狼寮組は二人とも外部生だからな。
やってはならないことをやってしまったというか…言ってはならないことを言ってしまったというか…」

「姫君のこと?」
「そうそう。
寮で姫君を戴いて活動するというのは校則とか寮則とかとして明記されているわけではないんだが、生半可な校則より絶対に無視したらまずい暗黙の絶対的な慣習だから…」

「破ると嫌がらせされるとか?」
「ん~…それで済めばいいけどな。
政財界を牛耳っているお偉方のOBも多くて、その伝統ってのを大事にしてるから、下手すると一族郎党社会的に抹殺されかねんな」


…ひっ…と、小さく悲鳴をあげる義勇に、錆兎はやっぱり苦笑して、

「別に他の寮の人間から見て姫君として不足だとかその程度なら問題ない。
全くそう扱う気がないとかやる気がないとか言うのはまずいだけだ。
うちはちゃんと俺はお前を姫君として扱うし、寮生にもそうさせるし、お前や寮生達が困るような方向にはもっていかせないから大丈夫」
と、義勇の頭をそっと撫でる。


それからもう一度金狼寮組の方へと視線を向けて、

──仕方ない、少し介入するか…
と、小声でつぶやいた。


そして錆兎は一歩前に出ると、

「あ~…このままじゃいつまでたってもうちの姫さんの紹介ができないんだが?
金狼の真意はおいておいて、うちの紹介をしていいだろうか。
紹介出来ないまま時間切れは避けたいんだが?
ショッキングな発言に止まってないで、時間配分は平等にしてくれ」
と、険悪になりかける空気のなか、それに気づかぬ風に軽く手をあげて言う。


と、そこで場内の一部で、

…もしかして、目的はそれか…
…もう妨害合戦は始まっているんだな。
…インパクトも大事だしな…
と、客席からややホッとしたような納得したような声があがった。


どうやら金狼寮組の発言は驚くようなことを言うことによって時間をとって銀狼寮のお披露目の時間を減らすことが目的だったと先輩諸兄に捉えられたらしい。

その反応に、寮長副寮長の真意を知っている金狼寮の寮生たちは安堵の息を吐き出して、中には手を合わせて錆兎を拝んでいる寮生もいる。

ともあれ、それで固まっていた司会が再び動き出して、今度は銀狼寮の紹介にはいった。


まず
「それでは銀狼寮のお姫様から挨拶を頂きましょうっ」
と、まだ金狼寮の騒ぎの余韻が残る中義勇に向けられたマイクを

「先に俺から頼む。
うちの姫さんもはにかみ屋で繊細な性格をしているんでな。
それでも寮のため寮生のため、必死に与えられた役割をこなそうとしているのがけなげだろう?
だからこそ俺も寮生の代表として無理はさせたくない。
ゴタゴタをしかけられて落ち着かないこの状況でマイクを向けさせるなんてもっての他だ」
と司会からマイクを取り上げる。


なるほど。
さらに金狼寮組のさきほどの発言を意図のあるものだったと印象付けるつもりのようだ。

放置しておけば銀組としても銀狼寮としてもライバルが1つ潰れるわけなのだが、正々堂々戦うわけではなく相手の無知からくる脱落を見過ごすのを潔しとしないあたりが錆兎らしい…と、義勇はその男気に惚れ惚れした。

そんな清廉潔白な寮長の寮の副寮長にふさわしいように…と、義勇も考えて

「…大丈夫…挨拶出来るから…」
と、マイクを持つ錆兎に手を伸ばすと、錆兎は

「ん?無理しないでいいぞ?
確かに婉曲的な駆け引きも不正ではないし寮によっては積極的に行うが、うちの寮はそういう類のモノは仕掛けないし仕掛けられても姫君に向かう前にシャットするというのが寮生の総意だ。
姫さんは神輿として存在してくれていればいい」
と、優しい目で見降ろしてくる。

それにふるりと首を横に振って

「…俺も…銀狼寮の寮生の一人だから。
皆と一緒に頑張りたい…」
と言う義勇の愛らしい顔がステージ後ろに大きく映し出された。


そのあたりの舞台装置も自由に使うことは許可されていたので、あらかじめ銀狼寮の寮生達が準備をしていたのである。

まだあどけない可愛らしい姫君をどう映すか…というのは担当の寮生のセンスに任されていたが、有名な映画監督の孫やその縁で中等部からお孫様の補佐にと入学してきたカメラマンの子などもいたので、そのあたりはお手のもののようだ。

おぉー…と漏れる感嘆のため息。


…今年の銀狼のお姫ちゃん、壮絶可愛いな。
…錆兎将軍、良い子取ったな。
…素材がアレでさらに将軍のバックアップじゃ、そりゃあ金狼も正攻法じゃ無理だと思うわな。

などと2,3年の寮生達から漏れるささやき。


結局そのやりとりで金狼寮の諸々の発言は有耶無耶になってお披露目は終わったが、寮生に散々言われたのか、あとで不死川が銀狼寮の錆兎を訪ねてきた。


義勇は錆兎と常に一緒なのでそこで話を聞いていたのだが、不死川が来た時の錆兎の第一声は

──お前、あれはマズイ。社会的に抹殺されるぞ
で、それは不死川は自寮の寮生にもさんざん言われたそうだ。


いわく…外部生組の金狼寮の寮長副寮長は、自寮だけでも姫君の制度をパスできないものかと思ったらしいが、自寮がその分の点を取れないだけなどと言う簡単なものではないということまでは想像していなかったらしい。


「外部生には奇異に映るかもしれんがな、これからも間違っても外でバカバカしいとかそんな発言はするなよ?
下手をするとお前らだけじゃなく一族まで連座させられるからな?
俺もこの制度の意味はわかってなお、絶対的にこの制度が必要なのかはわからん。
でも少なくとも寮長はこの制度の踏襲も条件の一つとして了承した上で試験を受けているとみなされるからな。
好まない規則だとしても寮長になっておいてそれは嫌だは契約違反だ。
お偉方のOB達も大事にしている伝統だから覆すのも難しいが、どうしてもやりたい場合はまず根回しからだ。
それには人脈も必要だし、一般家庭の一学生がいきなり出来るものじゃない。
それでもなにもかも投げうってでもやりたいなら止めはしないが、やるなら家族や寮生など、巻き込む可能性のある人間全員に了承を取るか、自分達がその全員と縁を切って縁切りしたことを周りに認められてからだ。
そうまでしても制度を潰したいのか?」

はぁ…と片手を額に当ててため息をつく錆兎に、

「いや…もっと軽く考えてたわ。悪ぃ、今回は助かった」
不死川は俯いて首を振った。

それから錆兎からあるべき寮長の姿に関して訥々と説教。


「どうしても姫君と言う立場が我妻の負担になるなら、友人のように親しみやすい、寮生と共にある姫君とでもしておけ。
普段は友人のように。だが、有事にはきちんとたてて護衛。
姫君という役割を全くなくすのはさっきも言った通り全てを捨てる覚悟と準備がないならNGだ」

「おう。とりあえずそういうことにするわ。
持つべきものはやっぱりダチだなァ」
と、言いつつ不死川は繰り返し礼を言って帰って行った。


…ということがあったので、少なくとも同学年の金狼寮組に関しては自分以上に副寮長についてわかっていないというか、彼らが知っている知識はたぶん錆兎に与えられた知識なので参考にならない。

となると…頼みの綱は上級生の姫君達か…


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