寮生は姫君がお好き14_寮長がイケメンすぎて人生が辛い件について

義勇の朝は芳しい紅茶の香りと

――おはよう、朝だぞ?お姫さん――
というイケボのお目覚めボイスから始まる。


前者はとにかく後者は朝っぱらからなかなか心臓に悪い。
副寮長に選ばれて早1カ月、つまりこの生活が始まって1カ月たつわけだが、未だに慣れない。

そう、今まで家族以外から大切に大切にされる人生なんて送った事がなければ、こんな目の覚めるようなイケメンが常に寄りそう生活を送った事なんてさらにない。

しかも顔だけじゃない。
校内どころか全国レベルでトップクラスの頭脳と身体能力の持ち主で一説によると楽器も巧みに操り料理上手というおまけつきときた。

そんな完璧な寮長様が毎朝アーリーモーニングティ片手に起こしにくるのだ。
どこの二次元だと思う。

しかも恐ろしい事に、朝は先に起きてはいるが、そのイケメンは毎晩隣で義勇を抱え込むように眠っているのである。



事の起こりは入寮したての頃、副寮長となったからには大切にされるのにふさわしいような立派な副寮長になろうと張り切りすぎて貧血を起こして倒れた時のことだった。

『別にな、俺達の姫さんはそのままで十分可愛いんだから、確かに勉強は学生だし出来た方がいいが、武道はできなくとも全然構わないんだぞ』

と、寮長の錆兎は言うものの、では錆兎自身はと言うと、文武両道の模範的生徒として自寮はもちろんのこと他寮の学生にも憧れられているのだから、その対になる義勇が何も出来ないちんちくりんで良いわけないじゃないかと当然のごとく思う。

こうして頑張った結果…情けない事に体力不足でダウンした。

それでも少し休めば…と言う義勇にオーバーワークをさせないで休息をしっかり取らせるためにと、錆兎はベッドを抜け出せないように有無を言わさず義勇を抱え込んで添い寝をするようになったのだ。

そのくせ自分は早朝に起きて鍛練をする。
そして朝食を作り、義勇を起こしにくるのだ。

もちろん義勇だってそれに合わせて起きようとは思った。

思ったのだが、錆兎は目覚まし時計もなしに目を覚ましてこっそり抜け出すため、義勇が気づいたら時間が過ぎている。

ではずっと眠らなければ…と思うのだが、筋肉質だが温かい腕で胸元に抱え込まれてトクトクという心臓の音を聞きながら、ポンポンとなだめるように背を優しく叩かれていると、心地よさに力が抜けて、ついつい眠ってしまう。

それでもたまに早く目を覚ますと、その時は錆兎はにこやかに

「お、今日は早いな、義勇。
じゃ、一緒にウォーキングでもするか」
と、走り込みを中止。
散歩に変更されて、結局鍛練が出来ない。

こうして焦りばかりが募って行く。

今はまだ副寮長に任命されたてだから皆も優しいが、そのうち寮長の錆兎と比べてあまりに能力的にも外見的にも貧相な自分は愛想を尽かされるのではないだろうか…。

優しかったみんなが冷たくなっていくのは辛い…。


どうして良いかわからず、しかし今日も目が覚めたのは朝の7時。
錆兎が起こしに来てくれてからだ。

そして10数分後、食卓代わりのリビングのソファに座る。

テーブルの上からは美味しそうな匂い。

これも寮の食堂に行く時間があれば少しでも義勇を休ませたいという錆兎の心づくし、手作りの朝食である。

そんな錆兎の気づかいを前に、義勇は頂きます、と、手を合わせてほんわりと甘い卵焼きを口に運んだ。


日々大事にされている。
自分にはそんな価値はないのに大事にされすぎていて居たたまれないほどだ。

それでもそれに感謝するよりも、こんなに大事にされる事に慣れ過ぎて、周りが自分にそんな価値がないと気づいて離れて行ったら絶対に辛い、耐えられるだろうか…などと心配している自分が嫌だ…と、落ち込むが、口に含んだ朝食は落ち込んでいてもやっぱり美味しい。

自分も正面に座って食事を摂りながらお茶を湯呑みに注いでくれる寮長様。
ああ、ここはせめて自分が相手の分も注ぐべきだったよな…などとさらに落ち込む。

すると
「卵焼き…口に合わなかったか?もしかして塩味派だったか?」
と、聞かれて義勇は慌てて首を横に振った。

そしてモグモグごっくんとそれを飲み込んだあと、おそるおそる錆兎に視線を向ける。


「すごく美味しい……でも……」
「でも?」
「今日も鍛練できなかったし…俺何も出来てない…」
じわりと浮かぶ涙に、錆兎が困ったような表情を見せた。


ああ、困らせている…。
何もできないくせに困らせる事だけは人一倍とか、なんだそれ…と思えば余計に溢れてくる涙。
それでも呆れる事無く、錆兎はハンカチを持った手を伸ばして義勇の目尻に押しあてた。


そして
「本気で義勇は何でそんな自己評価が低いのかわからんが、本当に今のままで十分可愛いし、俺達にとっては…筋トレとかより俺達の姫さんがいつも健やかに幸せそうに笑っててくれる事が重要なんだけどな…」
と、クシャクシャと頭を掻く。


「でも…みんなが俺のために努力をしてくれるなら、俺だって努力をしないと…」
「いや、でも筋トレする必要は…」
「だって錆兎はやってるし。
寮長で一番強くて銀狼寮だけじゃなくて他寮の学生にも憧れられてるって聞いた」

「あ~、あのな、最初に説明したとは思うが、寮長の条件は物理的なことが出来ることだからな?
でも副寮長の一番の条件は寮生に好かれることだし、もっと言うならお仕えして守ってやりたいと思われることだ。
何でも自分で出来る人間なら守る必要もないだろう?
そういう意味では武術なんて出来ない方が良いし、体力だってあまりない方がいい。
この学園のシステムの姫君としては何でも自分で出来てやってしまうということはむしろ褒められた事じゃないからな?」


とにかく…と、錆兎はとうとう箸を置いて義勇の前に回り込んできた。
そして義勇の前に膝をついて綺麗な藤色の瞳でじっと顔を覗き込む。

「お前が無理して青い顔してたら、俺を含めて銀狼寮の寮生みんな心配すぎて何も手につかなくなる。
過労も度を超えると死ぬからな?
大事な大事な姫君にもしものことがあったら、少なくとも俺は一生自分が許せない。
それが俺を見て俺に倣おうとした事が起因となっているとしたらなおさらだ。
だから…頼むから…寮長である俺を目指さないでくれ。
本気で大事だから。守れずに壊してしまったとか言う経験だけはさせないで欲しい。
義勇が望むなら何でもやってやるつもりだが、本当にそれだけは嫌だからな?」

そっと頬に添えられる少しゴツゴツと固い…しかし大きく温かい手。

訴えるように縋るように見つめる目は美麗すぎて直視できずに義勇は
「…わかった……」
と俯いた。

もうここまで言われると頷くしかないのだが、本当にどうしたものだろうか…
文武両道という形ではなく理想的な副寮長になるにはどうしたら……


ああ、本当に学校一優秀なトップ。
そんな寮長の対の存在としては自分はあまりにも冴えないフツメン過ぎて本気で居たたまれない。

寮長の錆兎を参考にするなと言う事なら、もう他の副寮長を片っ端からチェックするしかないか…。

それでも何もしないという選択肢を選ぶ気には到底なれず、義勇はとりあえず学校で同級生達から情報を集めようと秘かに決意し、食事を続けることにした。


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