寮生は姫君がお好き13_悩める皇帝と新米姫君

――よし…まだちゃんと寝てるな……

早朝、錆兎は目を覚ますとそ~っと腕の中を確認する。

そこにはすよすよと寝息をたてる姫君…。
そう、錆兎の…そして錆兎が率いる銀狼寮の大切な大切な姫君が眠っている。


硬めのマットに清潔ではあるが飾り気のないピシッとしたワイシャツのような薄めのブルーのシーツを敷いた錆兎のベッドと違い、ふんわりとしたマットレスにふんわりと包み込むような真っ白で柔らかな敷布に埋もれる姫君の腕の中にはキツネのヌイグルミ。

それは義勇が元々持っている物、以前プレゼントした物を含めて3体いるぬいぐるみのなかの1体で、義勇が毎日日替わりで抱きしめて眠っている。

本当にそこだけ男子校の男子寮ではなく、ふわふわきらきらしたファンタジーな空間だ。

錆兎は毎朝目を覚ますたび、その慣れない柔らかさに動揺しつつも何か浮かれたような華やいだような気分になる。



――自分だけではなく手を伸ばせる範囲にある大切なものも守れるように……

元々父方の遠い先祖は貴人に仕える武士だったという家系に生まれた錆兎は、そんな家訓の元、幼少時から厳しい武芸の訓練を施されて育ってきたわけだが、家で唯一の女性で守られるべき存在であった実母は彼を産んですぐ亡くなったため、手を伸ばせる範囲にある大切なものと言えば、せいぜい幼稚園児の頃に大叔父の道場に入門という形で出会って以来、なにかと自分を慕って頼ってくる弟弟子くらいなものか。

しかしそれも近年はずいぶんと力をつけてきたので、相談に乗ったりはしても物理的に守ってやるような必要性は感じない。

そして幼稚舎から小等部、中等部、高等部と男子校である。

一応昨年までの寮長にも何かとフォローを入れてやりはしたが、彼自身も寮長に選出されるだけあって武道をたしなんでいて、やはり物理的には守ってやらねばという対象ではなかったので、こんな風に保護をしてやらなければと思うような小さな存在が手の中にあるのは初めての経験だ。

可愛い、楽しい。
だがあまりに華奢で気をつけないと壊しそうで怖い。

まあ物理的に…ではないが、実際に自分と同じペースの事をやらせると確かに体力的な問題で壊してしまうので、気をつけなければならないのは確かだ。

だから錆兎自身は毎朝4時には起きて鍛練。
その後シャワーを浴びて朝食を作ってという生活を崩す事はないが、姫君はぎりぎりまで寝かせておくことにしている。

体力と疲労を加味した必要な休息時間は人それぞれ。
錆兎にはそこまで必要ではなくとも、義勇には十分な休息が必要である。

ゆえに自分が身を起こすことで義勇を起こしてしまわないように、錆兎は細心の注意を払ってベッドの中から抜け出した。


とにかく、新中学1年生が入寮して早1カ月が過ぎようとしていた。

それはイコール、錆兎たち銀狼寮の寮生が新しい副寮長、新しい姫君を戴いて1カ月が過ぎたと言う事である。

この1カ月、錆兎もそうであったが、銀狼寮の他の寮生達のテンションのあがり方もすごかった。

今年、1年生になって前寮長と副寮長が任期を終えたため新しく選出された銀狼寮の副寮長は、小さくて華奢で、大きなくりっくりの目の可愛らしい姫君だ。

外見だけではなく性格だって少し内気でおっとりとしていて愛らしい。

中学生ももちろんだが、特に錆兎の同級生からしたら、待ちに待った絵に描いたような“お姫様”である。
テンションが上がらないわけはない。

全寮あげてのウェルカム満載な空気。
顔見せの時に錆兎が用意した童話の絵本の中から飛び出してきた少女のような衣装も好評だった。


みんな狂喜乱舞。

『俺ら、銀狼寮で良かったよなっ!なっ!』
と、手を取り合う寮生達。

そんな中で歓迎されているのは感じたらしい姫君だったが、何故か失望されないためにはさらに努力しなくてはならない…と言う方向に思考が向かったらしい。

それは良い。
錆兎は努力は尊ぶ性質だ。
向上心の有る奴は大好きである。

…が、姫君、義勇のそれは少々方向性がずれてしまっていた。


可愛ければ良いのだ。
ただただ愛らしく、寮生にお守りされてくれていれば良い。

そう何度も言っていたのだが、義勇は寮長である錆兎を手本にすべきと何故か思ってしまったようで、文武両道を目指し始めてしまった。


勉強はまだ良い。
元々試験を経て入学してきた外部生でもあるし、頭は悪くはない。
錆兎のように全教科トップを取れるかどうかは別にして、教えてやればトップ3くらいには余裕で入れるだろう。

が…武はダメだ。

運動神経うんぬんの問題ではない。
まず基礎体力がない。
身体も出来てないので無理をすれば当然体調を崩す。

それでなくても夜中まで参考書に向かって寝不足なのに、朝は錆兎と同時刻に起きて錆兎と同じように走り込みをしようとして、あっという間に貧血で倒れた。

もちろん錆兎だって止めたのだが、気づけば参考書に向かい、気づけばジャージを身に付けている。

入寮3日目くらいの頃には顔色は真っ白を通り越して真っ青で、寝不足のためか目が充血。
フラフラしていてもそれを止めようとしないあたりで錆兎は実力行使に出る事にした。


夕食を摂ってゆっくりと風呂に浸かって20時。
勉強はそこから23時まで。
それを過ぎたら有無を言わせず義勇を抱きかかえベッドに直行。
自分もそのまま義勇が動けないように添い寝をする。

抱き枕のように腕の中に閉じ込めてしまえば、腕力の差は歴然としていて抜け出す事は不可能だ。
こうして灯りを消してしまえば、眠るほかない。


そのまま朝まで眠って自分自身は4時に起きる。

錆兎はもう長年の習慣で目覚ましを使わないでもその時間には目覚めるので、目ざまし時計は部屋から撤去。
義勇が自然に目覚めなければそのまま寝かせておいて、たまに早く目を覚ましてしまった日には、走り込みを止めて義勇を連れてのウォーキングに切り替える事にしていた。

まあ…まだ慣れぬ学園生活、寮生活、そして副寮長としての生活に疲れるのだろう。
義勇が目覚ましなしで早く目が覚める事など滅多にないのだが…。


今日もやっぱり義勇は錆兎が起きても眠ったままで、錆兎は40分ほどの走り込みを済ませたあと腕立てや腹筋を黙々とこなし、さっとシャワーを浴びると朝食の準備に取り掛かる。

パンケーキやオムレツを焼いたりする日もあれば、フルーツグラノーラなどで簡単に済ませる日もあるが、目覚めの紅茶が欠かせないのでそれは必ず丁寧に入れた一杯を乗せたトレイを手に、錆兎は寝室へと向かう。

そして
――おはよう、朝だぞ?お姫さん
と、ベッドの端に座ってその愛らしい寝顔にそんな言葉をかけるのが、最近錆兎の日課に加わったのだった。


――…ん…ぅ………さびと…?

まだ小さな白いこぶしで眠そうに目をこする仕草が小動物の子どものようで愛らしすぎて、動悸さえ覚える。

――…朝だぞ。今日は和食にしてみた。これ飲んで目を覚ましたら着替えてリビングな?

ぴょんぴょんと盛大に跳ねた漆黒の前髪をそっと指先で払えばその下には真っ白な広い額。
それに軽くキスを落とすと、錆兎は片手で義勇の半身を起させて、その手に紅茶のカップを握らせてやる。

――ありがとう
――どういたしまして

まだ寝ぼけ眼で礼を言いつつ、カップを両手で持ってコクコクと中身を飲み干す様子はやはり普段は決して手放さない冷静さがすっとんでいく勢いで愛くるしくて、平静さを保つのに苦労する。

自分の事はかなりの実利主義だと思っていたのだが、そんな自分にこんな甘ったるい感情が沸いて出る事があった事には本当に驚きだ。


「じゃ、俺はあっちの用意してくるな。
義勇は慌てないで良いからゆっくり支度して来いよ?」

そう言ってくしゃりと小さな頭を軽く撫でた手を寝室を出て思わず小さく口づけてしまう程度には、自分は形式的には受け入れて従っても絶対に染まらないと思った学校のこの制度にかなり毒されていると思う。


それでも……

――あー、うちの姫君は可愛すぎて毎日辛いな
と、日々楽しくてにやけてしまうのだ。


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