寮生は姫君がお好き12_恋心の半分は誤解と錯覚で出来ている

「てめえ、いい加減諦めろォ!!」
「い~や~で~すぅぅ!!これで大勢の前に出るってないでしょっ!!
不死川さんだってバカバカしいって言ってたじゃないですかっ!!」


藤襲学園恒例の、入寮の一週間後の1年生の寮長と副寮長のお披露目の会。

副寮長は姫君としてのお披露目でもあるので、当然女装だ。
姫君によっては初女装。

その日の副寮長の衣装選びは寮長の初仕事と言ってもいい。
実弥からするとなんだか情けない初仕事だと思うのだが、もう郷に入っては郷に従えだ。

この学校でなんとかのし上がっていかねばならない、さらに学費免除の実弥には拒否権などない。
自分がバカバカしいと思っていることを後輩に強要するというのも不本意なのだが、拒否権はないのである。


だからせめて本人に選ばせてやろうと思った。

実弥に財力はないが、金持ちの有志の寮生が用意してくれるからなんでもいい、着るならこれがマシというものを選べ…と、自寮の姫君に選ばれた我妻に聞くと、彼も外部生でこの制度にはうんざりしているのもあって、

「もう何でもいいです。
どうせ会うのも錆兎さんと義勇ちゃんだし。
そんなにたいした服用意したって着るの俺だからお察しですしね。
文化祭とかでありがちなメイド喫茶とかで着るようなメイド服とかでどうですかね?」
と、やけくそのように言うので、それをそのまま寮生に伝えた。

すると前日に届いたのは、実弥や我妻が想像していたようなちゃちな仮装に使うようなものではなく、上等の絹の黒いロングのワンピースに綺麗な刺繍やレースが使われたこちらも長めの白いエプロンという、シックだが品の良いエプロンドレスだった。


「え?え?なんか想像してたのと違う。
もっとチャラっとしてるやつだと思ってた」
と言う我妻に、それを用意した寮生たちは

「メイド服という時点で姫君の衣装としてはどうかとは思いますが、姫君の要望でしたしね。
それでもまがりなりにも自寮の姫君に品のないフレンチメイドとかは着せられないでしょう?
ヴィクトリアメイドのスタイルで品質の良い物を作らせました」
と、当たり前に言う。


──え?え?これオーダーメイド??
と、目を丸くする我妻に、

──当たり前でしょう。
と、何を言っているんだこいつは、という視線を向けてくる寮生達。

髪もせっかく珍しい色合いだしと全体を覆うウィッグではなく、髪色に合わせたエクステを特注してくれたらしい。
もうこのあたりで外部生の実弥や我妻にはついていけない世界だ。

そして当日…早起きをして服を着た我妻の髪を手先の器用な寮生が整える。
さらに化粧を施されそうになるが、それは我妻が断固として拒否。
ひどく不満げな顔をされたが、

「外部生だし…。今回は仕方ない。
慣れたらおいおいということで…」
と、不穏な発言付きだがなんとか勘弁してもらえたようだ。


そうして一緒についていくという寮生達の申し出は、なるべくこの姿を他人に見せたくないという我妻のたっての希望で護衛は実弥のみということで、会場となる中央校舎3階のホール横の控室まで向かう。

ここまではそれでもなんとか順調に進んでいた。
我妻は体格が良くないこともあり、美少女とまではいかないが、まあ普通に10人並みの少女には見えていたし、本人も不本意ながらも諦めているように見えていた。

しかし控室に向かいながら
「でも4人で顔合わせるだけなら、何も一旦控室にとか言わずに直接部屋に集まればいいんじゃないかと思うんだけど…」
という我妻に、ああ?なんか勘違いしてる?と思って説明する。

「いや、顔合わせじゃなくてお披露目だからなァ?
会場は大ホールで見にくんのは全中等部生、全高等部生だぞォ」
「ええっ?!!うそっ!!そんなん聞いてないっ!!」
「いや、言った、確かに言ったからなァ」
「やだっ!!さすがにこの姿を全校生徒の前に晒すのは勘弁っ!!」
「いやいや、勘弁じゃねえだろうよォ。
お前これから行事の度こんな格好すんだから、今のうちに慣れとけェ」
「いやああぁあーーー!!!」

実弥は絶叫して逃げようとする我妻の腕を掴んで引きずっていく。
ああ、こんなんだったら多少見た目がアレでも姫君には内部生を選んで欲しかった。
我妻にしても災難なのは重々承知しているが、自分だって災難だ。
純粋な新入生に対してアコギなことをしている気分になる。

「てめえ、いい加減諦めろォ!!」
「い~や~で~すぅぅ!!これで大勢の前に出るってないでしょっ!!
不死川さんだってバカバカしいって言ってたじゃないですかっ!!」
と涙目で言う善逸を引きずっていく姿なんか、もういじめか犯罪かといった感じだ。

「仕方ねえだろうがァっ!!これも寮生の義務だぁ!
腹決めろっ!腹あぁっ!!」
「い~や~だあぁぁ~~!!」

力ずくで言うことを聞かせて良いなら簡単だが、けがをさせたりしたら絶対にまずい。
だから加減をしていると逃げられそうになる。

結果、控室の前でまた揉み合っていると、いきなり開くドア。
その合間から何かがふわりと顔をのぞかせた。


………時が止まった。

それはまるでおとぎ話のように……目に入ってきたのは、柔らかく跳ねる波のようなふんわりとした白と青色。
昔、幼い妹の絵本で読んだ妖精のような少女が驚いたようにこちらを見つめている。

しかしその驚きが悪い方向に向かって、我妻を捕まえようとして避けられたために傾く体の勢いを止められなかった実弥は、そのまま彼女に突進して押し倒してしまう。

密着するとふんわりと香る花の香り。
それに動揺して、しかしすぐハッと我に返った。

“ここは男子校である”

…と言う事は…これが銀狼寮の姫君か…


きちんとそう結論は出した。
出したのだが、感情がついていかない。

倒れこむ時に無意識に体重をかけまいと床に伸ばした手に引っ掛かったのだろう。
相手が手にしていた狐の尾を掴んで引きちぎってしまったらしい。

目の前でぽろりと涙を零す姿に、幼い日から女を泣かせるような男にはなるまいと固く心に誓って生きてきた実弥はひどく動揺した。

いや、違うだろ!こいつは男だ、男だ、男だっ!!!

焦ってそんな言葉を脳内で繰り返しながら、動揺のあまり思わず

──お、男がぬいぐるみくらいで泣くな、みっともねえっ!!
と、怒鳴りつけてしまったらさらに泣かれたので、とりあえず上から退くのが先だと慌てて退こうとしたら、焦っていたためか今度は伸ばした手が思いきりその胸元に当たる。

むにゅっとした感触…

実弥だってこの世にパッドと言うものがあることは知っている。
胸のない男が女性の格好をするのだから、女性らしいラインを作ろうと思って綿やら布やらを詰めることはあるだろう。

しかし今実弥の手が触れているそこは、もっと弾力があり柔らかい。
布地の感触では断じてない。

その事実に実弥の脳は限界を超えて停止した。

すごい勢いで開かれるドアの音も善逸がビビりまくった激怒した錆兎の言葉も何もかも耳に入ってこない。
脳内にあるのはむにゅっと肉感的な感触のそれを触った手の感触だけだ。



……触っちまった…女の胸を思い切り触っちちまった

手にまだ感触が残っている気がする…。

さきほど触れた胸の感触は確かに本物だったし、男であんなに胸があるという事はありえないだろう。

そう考えて改めて見てみれば、目の前の相手はどこをどう見ても自分と同じ性別じゃないと思う。
男はあんなに細い首や肩をしていないし、あんなに華奢な手足もしていないし、あんなに良い匂いもしない…。

そう…あまり年頃の女の子に縁がなかった実弥は、ヌ―ブラの存在など全く知りはしなかった。

ゆえに当然そのリアルな感触と本物の胸の感触の違いなどわかるはずもなく、本物でないのは銀狼寮の姫君のではなく性別の方だと思い込んだ。

そして…彼は態度は粗暴ではあったが同時に弱者には優しくあらねばと育ったフェミニストでもある。
女には優しく親切に…と、育った彼はたった今していた自分の発言や行動を猛烈に反省した。

しかも相手はただの女の子ではない。

事情はわからないが、女の子であるという性別を隠してこんな男だらけの男子校に在籍せざるを得なくなってしまって、心細い思いをしているであろう可哀想な女の子である。

しかも可愛い。

そう、この可愛いと言う事実は大事だ。
不遇な立場の可愛い女を守り救うのは男としては当たり前の事である。

…ということで、このか弱く愛らしい少女を男としては守ってやらなければ…と、実弥はこの時固く心に誓ってしまった。

その…か弱く可愛い…が、愛おしい好ましいに変わるまでにそう時間はかからず、女性に縁がなかった彼はなかなかこじれた初恋を迎えることになる。

こうして一つ、伝説の悲喜劇が生まれたのであった。


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