寮生は姫君がお好き11_初対面の初パニック

サラサラと流れる波のようなロングのウィッグ。
それを綺麗な編み込みのハーフアップにして、大きめのリボンで留める。

幾重にもレースが重なった白地に青い縁取りのワンピース。
胸元の膨らみはリアルさとラインの美しさを追求して錆兎に取り寄せてもらったヌ―ブラである。

さらにウェストの花飾りでキュッと絞られたレースが、二重にしてふんわりとした膨らみを作ったパニエの上に広がったスカートの上に花びらのように折り重なっているのがとても美しい。

今日連れて行くキツネはお披露目という大事な席で失敗しない様に天から見守っていて欲しいということで姉の形見の子にする。

そんなふわふわと甘い砂糖菓子のような服を身にまとい、義勇は制服である燕尾服をきっちりと着こんだ錆兎にエスコートされて寮を出て、お披露目会場である学校の大ホールへと足を踏み入れた。

もちろんそこまでは炭治郎を始めとする銀狼寮の寮生もきっちりガードをしている。


そして新1年生副寮長の控室。

「ここからは俺達も入室禁止なんだ。
義勇が1人で心細いようなら寮生に椅子持って来させて廊下でしばらく時間潰すか?」
その前で錆兎が少し身をかがめて気遣わしげに義勇の顔を覗き込んだ。

寮を一歩出ればライバルのただなか。
寮からここまでの道のりを色々気遣いながらエスコートしてくれた錆兎だ。
自分だって本番までは少し休みたいだろうと思う。

「いや、大丈夫。
だって善逸がいるだけだろう?」
と暗に同行を辞退すれば、錆兎は一瞬迷ったようだが、

「わかった。
一応室内では互いに危害を加えるのは絶対禁止のペナルティだし、寮長の控室は隣だから、何かあれば大声で呼ぶなり壁叩くなりしてくれたら駈けつけるから」
と、結局義勇の意思を優先する事にしたらしくそう言って、それから義勇の手の中のキツネを
「これから本番まではお前が姫さんの護衛隊長だな」
と、ツンツン突くと、少し笑って義勇を部屋の中へとうながした。


こうして銀狼寮の姫君が控室入りをした5分後の事である。
実に不機嫌な2人が控室前に到着した。

「てめえ、いい加減諦めろォ!!」
と、不機嫌に言うのは金狼寮の寮長の不死川。

「い~や~で~すぅぅ!!これで大勢の前に出るってないでしょっ!!
不死川さんだってバカバカしいって言ってたじゃないですかっ!!」
と言う善逸はメイド服姿で涙目になっている。

「仕方ねえだろうがァっ!!これも寮生の義務だぁ!
腹決めろっ!腹あぁっ!!」
「い~や~だあぁぁ~~!!」

叫んで逃げようとする善逸の襟首をつかんでなんとか控室に放り込もうとする不死川。
それを阻止しようとする善逸。

ドアの前で大騒ぎをしていたのが悪かった。

何事かと思って部屋から顔を出した義勇に、ちょうどドアノブを掴んで開けようとしていた不死川が勢い余って突進する。


そうして義勇を巻き込んで室内に倒れこむ身体。

ビリィッ!!と何か布が破けるような音がして、一瞬シン…とする。

「…ご…ゴメンねっ!大丈夫っ?!」
と、善逸は自分が逃げようとしたせいだと慌てて手を差し伸べようとするが、義勇は破けた音に慌てて視線を自らの手の中に向けて、その音が不死川がとっさに掴んだキツネのしっぽが胴体からちぎれて取れた音だとわかると、ジワリと目に涙を浮かべた。

それに焦ったのは不死川で、

「お、男がぬいぐるみくらいで泣くな、みっともねえっ!!」
と怒鳴ると、慌ててのしかかった義勇の上からどこうとするが、焦りすぎて思いきり義勇のパッド入りの胸を掴んで、硬直した。

「不死川さん、何してんのっ!!どいてっ!!」
と、善逸の方がはるかに冷静で、不死川の腕を掴んで引きはがそうとするが、義勇が声をあげて泣き出したことで色々が手遅れとなった。

バン!!
と、開く隣の寮長の控室のドア。

血相を変えて出てくる錆兎。

そして不死川の襟首をつかんで義勇の上からどかせると、ドガン!!!!と、控室の木のドアを殴って恐ろしいことにドアに穴を空けた。


ヒッ…と、息を飲む善逸。
思わず泣き止む義勇。
不死川は唖然としている。

──ここで危害を加えるのは絶対にご法度だというのを知らないわけではないな?不死川

静かな…しかしそれだけに恐ろしい声。
友人付き合いが始まってずっと名前呼びだったのが、名字になっている。
暗に貴様はもう友人ではない…という宣言だと察して金狼寮組は青ざめた。

「この場で私闘は禁じられているからな…物理で報復はしない。
俺が拘束されることになれば、義勇を守れなくなる。
…だが、許すと思うなよ?
裏で非合法に俺の姫君に手を出そうとするような輩にかける情けは一切ない。
俺自身に使えるものは全て余さず使って、貴様の一族郎党全て、生まれてきたことを後悔する程度には社会的制裁を加えさせてもらうぞ」

こ…こわい、こわい、何この人っ!!
うちの寮長よりヤバい人だったのっ?!!!
と、すくみ上る善逸。

しかしこのままではまずい…

普段ほがらかなのが嘘のように静かで深い絶対零度の怒りの前には、普段から声高に怒鳴る不死川の怒りなど空気のように軽く感じた。
本気で世界くらい滅ぼしかねない空気がヒシヒシする。


「あ、あのっ!誤解なんですっ!!
わざとじゃなくて俺ともみ合っている時に内側からドアが開いて、不死川さん、バランス崩して倒れこんじゃっただけで……」

なんとか怒りを解かない限り、物理の死人は出なくとも無関係なあたりまで波及して自殺者くらいは出るかもしれない…。

それは避けなければ!!と、自分にも責任の一端はあるのだしと善逸が間に入ると、錆兎は無言で義勇に視線を向ける。

その視線に気づいた義勇がコクコクと頷くと、錆兎は少し怒気をおさめた。

そしてさきほど金狼寮組に向けたのとは打って変わった優しい表情で義勇の頬を濡らす涙を指先でぬぐって言う。
それに義勇はクスンと鼻をすすって、手の中のキツネを錆兎の方へと差し出した。

見てすぐわかる尾の取れてしまったキツネのぬいぐるみ。
その尾は不死川の手の中にある。

なるほど…と察した錆兎が
「ぶつかられた拍子に取れてしまったのか?」
と聞くと、ぎゆうは無言でうなずきながら涙を零した。

その小さな頭を片手で自分の胸元に引き寄せると、錆兎は不死川の手にある尾を取り戻し、

「大丈夫。とりあえず今は応急処置をしておくが、あとで前回揃いのキツネを作ってもらった従姉妹に綺麗に修正してもらってやる。
相手はぬいぐるみに関してはそれを仕事にしているプロだからな。
きちんと直してくれるから安心しろ」
と、何故かポケットに忍ばせていたソーイングセットでそれが取れないように縫い付けていく。

それを義勇に返してやりながら
「これでとりあえずは大丈夫だ。
お披露目会が終わったら従姉妹に送るから、そうだな…仕事の状況にも寄るが急いでもらうように頼むし、1週間ほどで元通りになって戻ってくると思う」
と、頭を撫でた。


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