寮生は姫君がお好き10_隣は帝王と姫君だった

昨夜に泣きついた育ての親には、

『おお~姫君になったのか。せいぜい頑張ってめかしこんでおけ。
苛められるどころか寮生が一丸となって守りに入るから安心じゃぞ』
と、笑い飛ばされた。

だが、実際、ヤンキーかヤクザのような寮長に怒鳴り飛ばされたのだが…。



とにかくこの学園でなんとか身の安全を図ってくれそうなのは炭治郎だけだ。

彼に連絡を取らなければ…と思うものの、隣の居間にはしっかりと恐ろしい寮長不死川実弥が陣取っているし、逃げこむなら翌日…学校に行く時だ…と、善逸は思った。

なので翌朝は戦いだった。


善逸はかなり早くに起きて学校に行く支度を整えると、ドアの前で聞き耳を立てる。

出来れば寮長が起きてくる前に逃げ出したい。
寮長は高等部の1年だから中等部の校舎まで逃げ込めば追ってはこられないはずだ。

そうして寝室を出てすぐの居間に人の気配がいないのを見計らって、善逸は大急ぎでドアを開けると、ダッシュで居間を走り抜け、廊下を通って玄関へ。


そのわずかあとに居間の横にあるキッチンから寮長が何か叫んでいるのが聞こえてきたが、ここで止まるくらいなら逃げはしない。

ひたすらダッシュ。

しかしその後、私室を飛び出したあとも追ってくる寮長の怒声に、あちらこちらの寮生の私室から寮生たちが飛び出してきて、寮長と共に血相を変えて善逸を追いかけてきた。



怖い、怖い、怖い、怖い!!

幸いにしていじめられっ子人生が長い善逸は足の速さだけはピカイチだ。
見事な手の振り見事な足運びで追手を振り切って走る。

登校時間よりは少し余裕のある時間だったが、そんな善逸の前方に見える3つの人影。


その一つは紛れもなく炭治郎だとわかって、善逸は

「だんじろおぉぉーーーー!!!」
と、泣き声をあげながらその背に飛びついた。


…と、その寸前、炭治郎の隣を歩いていた細い身体をもう片方から伸びてきた手がひょいっと抱き上げて、そのまま炭治郎から…というより、善逸から引き離す。

一瞬何故かひやりと凍る空気。

しかしすぐ炭治郎が振り向いて

「なんだ、善逸か。どうしたんだ?」
と、少し驚きつつもそう応対すると、すぐそれまで流れていたのと同じ和やかな空気が戻ってきた。


「…なんだ、知り合いか?炭治郎」
と、聞いてくるのは、自寮の寮長よりもさらに体格が良く、こちらは右口元から頬に大きな傷痕がある上級生だ。

しかし善逸の寮の寮長と違うのは、笑顔が随分と穏やかというか、醸し出す雰囲気が馴染みやすい。

顔立ちもきりりと整っているいわゆる男前で、顔の傷がなければ名門の道場のお坊ちゃんと言った雰囲気がある。
まあ、あとで知ったところによると実際にそうならしいが…。


「はい、同じ学年でオリエンテーションの時に仲良くなった我妻善逸という外部生です。
義勇さんと同じく姫君に選ばれたんですが…」

と、炭治郎が言うと、その上級生は

「ああ、金狼のか。
でも一人で出歩いていて良いのか?
何か事情があるなら仕方がない。
保護して実弥の所まで送っていくが…」

と、形の良い太めの眉を少し寄せて気づかわし気に申し出てくれる。


それは善意だ。
完全に善意なのだが、それこそが善逸が一番恐れていることなので、泣きながらブンブンと思いきり首を横に振る。

すると彼は何かを察したようで苦笑をして

「では実弥に俺が少し預かっているからと連絡だけ入れておくな。
そのうえで事情を聞こう」
と、言ってくれた。


良い人だ…とてつもなく良い人だ。
なんだか面倒見の良さ、頼りがいに満ちている気がする。

善逸がホッとして頷くと、彼は不死川にその旨をメールで送ったらしい。
その後は追ってくる様子がなかった。


そうしてひと段落つくと、4人で学校の方に歩き出しながら、その上級生は

「俺は錆兎。渡辺錆兎。銀狼寮の寮長だ。
隣は副寮長で銀狼寮の姫君の冨岡義勇。
炭治郎のことはもう知っているな?
俺と炭治郎は剣道の同門の兄弟弟子で幼馴染だ。
この学校は基本的には寮対抗なんだが、まあ金狼寮の寮長とも中等部からの友人だし、対抗行事以外はまあ普通に先輩だと思って気軽に相談してくれていい」

と、その大きな手でポンポンと軽く善逸の肩を叩く。


え?ええ??
なんで金銀で寮長こんなに違うのっ?!
俺だって銀狼寮が良かったよーー!!!!


と、善逸の心の叫び。


彼の腕の中では昨日のオリエンテーションで善逸と同じく副寮長と宣告を受けていたとても愛らしい少年が安心しきったように身を寄せていた。

その図はまさにお守りされる姫君と言われても納得できる気がする。


「とりあえず寮長は高等部で副寮長は中等部だから学校が始まったらよく使うことになると思う中庭に姫さんを案内する予定だったから、そこで話を聞こう」
と、銀狼寮の寮長、錆兎に言われて、善逸も炭治郎と並んでついて行った。


寮から森の中にあるレンガの小路をまっすぐ進むと校舎が見えてくる。

大きな鉄の門は部活などで早く来る生徒もいるため6時には開いていて、左右にまるで軍の儀礼服のように立派な制服を着た守衛が立っていた。

彼らににこやかに挨拶をする錆兎に倣って中1の3人組も挨拶をして中に入ると、中央にそびえる職員室や図書室、理科室、音楽室などの特殊教室のある大きな建物。
その下はアーチ状に開いていて、そのまままっすぐ進むと広い校庭。

校庭の右側は中等部校舎、左側は高等部校舎で、それぞれ中央の建物とは渡り廊下で繋がっている。

小等部だけは登下校に乗り物を使うため、敷地内の別の場所にあるとのことだ。


そうして校庭を通り抜けると奥の正面に綺麗な花々が咲き乱れる中庭があり、中にはそこにあるテーブルやベンチで昼食をとる生徒もいるという。

だが今は朝なので誰もいない。

大きなパラソルの下のテーブルの下で、錆兎は当たり前に自寮の姫君に椅子をひいてやって座らせると自分もその隣に座って、炭治郎と善逸にも座るように勧めた。


それから当たり前にスポーツバッグの中から人数分の紙コップを出し、保温タンブラーの中からお茶を注いでくれる。

この時点で善逸はもう泣きそうになった。

なんなの?金銀でこの天と地ほどの扱いの違いはっ。
銀狼寮の寮長、めっちゃ優しい良い人なんだけどっ!!

と、思いつつ、聞かれるままに昨日、副寮長の宣告を受けてからの自分の身に起きた諸々を訴えた。



そうして一通り話し終わると、

「ええっ?!金狼寮の寮長ってひどくないかっ?!」
と、憤る炭治郎。

だが錆兎の方は何か思うところがあったらしく
「あ~…そういうことかぁ…」
と、苦笑した。


そしてやっぱり困ったように笑いながら

「えっとな…実弥も見た目と言葉がアレだから誤解されやすいんだが…」
と、善逸に視線を向けながら話し始める。

「あとは奴も中等部からの外部生だから、そのあたり慣れてないのもあるか…
でも大勢の弟妹がいるすごく面倒見の良い奴なんだ、本当は。
言い方やトーンについては俺からも注意しておくから、申し訳ないが善逸からも歩み寄ってやってくれ。
不器用なだけで悪い奴じゃないのは俺が保証する。
何かあいつに言いたくて言いにくいことがあったら遠慮なく俺に言ってきていいから。
言ってくれればちゃんとあいつにわかるように説明するし、悪いようにはしない」

「…俺も銀狼寮が良かった……。
錆兎さんの方が怖くなくていい……」
グスグス泣く善逸に錆兎はまた苦笑する。

「あ~……まあ、なんというか、俺は幼稚舎からここの学校だから慣れてるだけで、本当に中身は実弥も俺も大して変わらんから。
あいつは自分も環境に慣れなければならんのもあって、少し余裕がなくなっているだけで。
だから一応、最低限知っておかなければならんことは俺が教えておくな?

まずこの学校は寮対抗で、他寮は基本的には敵なんだ。
寮長は物理的に強い奴がなって、副寮長は象徴として寮生がお守りしたいと思うような奴がなる。
で、副寮長をきちんとお守りして寮を盛り立てて行事に勝っていくというのが、寮全体の評価につながるから、自寮の寮生は運命共同体だ。
だから絶対に裏切らないと思っていい。

自寮の人間以外では、行事では金対銀という形での評価もあるから、そういう意味では自寮に次いで善逸の場合は金の寮、つまり金竜と金虎の先輩はある程度は信用していい。

だが、飽くまで一番は自寮だから信用はしすぎるな。
どこの寮の人間かは胸元の寮バッジでわかるから、何かあったら金狼の寮生の所へ逃げ込め。
彼らはお前を守ることが自分の評価につながるから絶対に助けてくれる。

あとはそうだな…実弥には要求があればはっきり具体的に言ってやってくれ。
単純にわからないだけで、言えばやってくれると思う。

で、最後に…俺は実弥の、炭治郎はお前の友人だ。
寮としては協力はできんが、友人として寮対抗行事以外は力になってやりたいし、全て正々堂々とやっていこうと思っている。
兄弟子の俺の口から言うのもなんだが、炭治郎は嘘をつくのが下手な誠実な男だからな。
信頼しても大丈夫。
困ったことがあったら相談しろ。
炭治郎で手に負えないことがあれば俺も協力するから。

寮対抗とはいえ同じ学園の学生だ。
良い関係を築いて共に学園を盛り立てて行こうな」

絵に描いたような寮長だ…と、善逸はもう感動してしまう。

本当に本当に本当に…この人の寮になりたかったっ!
そう思いつつも時間になってそれぞれ中等部と高等部に分かれて校内見学をして……そして放課後。


──いきなり怒鳴って悪かったなァ…。なるべく怒鳴んねえようにはするから、帰るぞォ
と、おっかない寮長がそんなことを言いながら迎えに来た。

錆兎によォ…お前は俺以上に慣れてねえんだから態度考えろって言われちまってよォ…と、気まずげに言いながら、善逸のカバンを持ってくれる態度を見ると、錆兎が言っていたように見た目はすごく怖いが意地の悪い人間ではないらしい。

──いえ…俺もいきなり怖がって泣いて逃げてすみませんでした…
と、善逸が言うと、

「全くだ。今朝だって朝飯用意しといたのによォ。
夕飯は一緒に食うからなァ、逃げんなよ?
まあお前もいきなり姫君とか言われてそのうち女装とかもさせられるし、災難だとは思うけどなァ」
とポリポリと頭を掻く不死川。

「げっ!女装すんですかっ?!」
「おうよ。本当にバカバカしいとは思うんだけどなァ。
内部生は誰も疑問感じてねえってのがすげえよなァ」

そう言えば不死川は外部生だと言っていたか。
そのあたりはなんとなく共感が出来て親しみを感じてしまう。


こうして最初は

──なんかやばい人に売られたのっ?!!
とさえ思った寮長との関係だが、意外に良い方向に向かいそうだ。

今後を思えば前途多難ではあるが、最悪な事態ではない。
何人も“味方”がいる…それだけでこれまでの善逸の人生を振り返れば良い学生生活が送れそうである。


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