寮生は姫君がお好き7_中学校に入ったら姫君(副寮長)に選ばれました

静かな森を見下ろす夜のバルコニーに設置されたテーブルの上にはパーティにでも出て来そうな御馳走。

華奢な作りのチェアに座らされ、隣には皇帝(寮長)。
まるで彫刻のような美丈夫で、学園の制服である燕尾服を一部の隙もなく着こんでいる。

まるで映画のセットに出て来そうなシチュエーションに、いきなりおとぎ話の世界に迷い込んでしまったようだ…と、義勇は思う。


国内でも有数の名門男子校だけあって、義勇が小学生の間通っていた公立の学校とは、施設も学生も先生方も何もかも全てが違った。

1年前に引き取ってくれた義父は資産家でその家は立派だったしセキュリティその他はしっかりしていて広くはあったが近代的な家だったので、まるで欧州のお城のようなこの学園に来てなんだかすごく違う世界に来た気がする。


そもそもが義勇は人見知りの強い子どもだったので、普通の環境にいても友人と言えるような相手がほぼいなかった。

姉とは同じ小学校だったので1年生の頃からずっと一緒に学校に通い、しばらくして学校に慣れてくると、わんぱく盛りの同学年の男子からは姉と一緒にくることをからかわれたりもしたが、彼らよりも姉の方が好きで大切だったので、彼らの方と距離を取る。

結果、さらに友達が出来なくなったが、まあ気にしないことにした。


義勇が4年になると姉は小学校を卒業して中学に進学したが、それも小学校と道路を挟んで隣だったので、やっぱり姉と一緒に学校に通う。

そんな関係は義勇が小学校の5年の時に姉が交通事故で亡くなって義勇が義父に引き取られるまで続いたし、義父に引き取られてからは義父の自宅近くの小学校に転入したので、人見知りの義勇にはやっぱり友達はできなかった。


それが中学校に入った途端にこれだ。

いきなり護衛役だという同級生が近づいてきてあれやこれやと世話を焼こうとするし、寮生達は先輩であろうと義勇に対して恭しい態度で接してくる。

そしてそれよりなにより、まるでおとぎ話の主人公のような寮長だ。

とにかく顔が良い。スタイルも良い。声が良い。
寮長の条件が成績10番以内で武力に長けていることらしいので、内面に関しても賢くて強いのだろう。

それが本当の姫君に仕えるように優しく義勇に接してくれるのだ。



最初に義勇を寮まで案内してくれた同級生の炭治郎も優しかったが、義勇はその優しさには覚えがある。

小学校の頃も明るくはきはきしたしっかり者…クラス委員とかが何かとクラスに馴染めない義勇の面倒を見てくれた。

それはありがたいことだとは思ったがどこか居心地が悪くて、もう良いから放っておいてくれと思ったものだが、勢いのある相手を言い伏せるほどの語彙を義勇は持ち合わせていない。

炭治郎が話しかけてくれた時にはこれからもそういう気詰まりさが続くのか…と、どこか憂鬱な気分で、でも手をかけているのに憂鬱と言うのも申し訳なくて、なんとも言えない気持ちで寮まで引きずられていったのだが、そこで待っていた寮長はそんなもやもやとした気持ちが一気に吹っ飛んでしまうくらいの人物だった。


もう何度も言うが顔が良い。
ほんっとうに顔が良い。見ていて楽しくなるほど顔が良い。

鮮やかな宍色の髪の下、キリリと凛々しい眉、意志の強さを思わせる強い光を放つ藤色の目。
笑みの形を作る形の良い唇の端から右頬にかけて大きな傷痕があるが、それさえも、これだけ精悍で男前な顔立ちだと、まるで歴戦の勇者を思わせた。

背は高いだけではなく制服のシャツの上からでもわかるくらいしっかりと筋肉がついていて、とにかく理想の男を形にしたらこんな姿になるのだろうと義勇はただただ見惚れてしまう。


それでも最初は少し緊張をして言葉もなく停止していると、彼はニコリと人好きのする笑みを浮かべながら義勇を居間に促して、お茶と菓子を出してくれる。

その間も義勇が緊張しない様にという気遣いなのだろう。

先にこの学校のこと、寮長副寮長のことなど、わかりやすく説明をしてくれたり、自分は義勇の世話役だからと言ってくれたり、お茶にいれた氷砂糖が解けて割れるチキチキという音を小鳥のさえずりと言うなどというちょっと珍しい話を披露してくれたりと、義勇の側がほぼ自分から話さずに聞いていればいいという形を取ってくれた。


そのあと荷物整理を手伝ってくれた時だって、亡くなった姉とお揃いでもらったキツネのぬいぐるみを男のくせにと馬鹿にすることなく、どうせなら自分も同じものをお揃いで持っていたいからと、それと同じ物を小型に作らせて持つと言ってくれた。

その彼の、同情や義務感で上から気にしないというのではなく、一緒に寄り添って理解してくれるその姿勢に安堵する。

家族を亡くして以来ずっと独りぼっちだった義勇だったが、錆兎と出会ったことで心底安心できる相手が出来た気がした。



そんな相手が、慣れない学校や寮、そしていきなり任命された姫君という立場に慣れない義勇をフォローし守ってくれている。

それはなんだか泣きそうにホッとする出来事だった。



「姫さん、大丈夫か?寒くないか?」
と、吹いてきた風に自分の上着を脱いで肩にかけてくれる錆兎。

こんなテラスでディナーなんて、どこのおとぎ話だと思ってしまうが、これがこの寮生活が始まってから普通の日常になっているのが驚きだ。

今は少し肌寒い程度なので眺めが良いしと食事の場所もバルコニーだが、本格的に寒くなってきたら暖炉の傍でしかも窓際の景色がよく見える特等席になるらしい。


錆兎は外部生で学校に慣れない義勇が副寮長ということで大変だろうと気遣ってくれているが、実は義勇自身は今はもう特にそれに不平不満不自由は全く感じていなかった。

だって副寮長、姫君だからこそ錆兎がここまで一緒に居てくれるのである。

義勇は姉に可愛がられて育った末っ子なので、実は面倒を見られるのは大好きだ。

ついでに姉と一緒に少女漫画を読んで育っているだけでなく、小さな頃は姉が喜ぶので姉のお古を着て姉妹ごっこをして遊んだりもしていたので、大きな声では言えないが実はスカートも振袖すら着るのが苦ではない。

ヌイグルミもフリルもレースもリボンも…可愛いものはみんな大好きだ。


だから、

「ああ、口についてる」
と、義勇の口の端についたソースを指先で拭ってくれたかと思うと、

「ほら、食わしてやるよ、口開けろ」
と、優しく笑って料理を乗せたスプーンを錆兎が義勇の口元に差し出してくるなど、もうすっかり日常になった食事時間のために寮内ではひらひらふわふわしたドレスを着ることなど、朝飯前なのである。

むしろもう、まるで恋愛小説の主人公にでもなった気がして楽しめるくらいだ。
いや…まあ…性別的にはおかしいのではあるが……


そう、まるで愛らしい姫君に対するような扱い。

それを受けるのにふさわしい愛らしい姫君である事…
その地位につくのが自分みたいに冴えない男でいいのかとは思う。

だが、自分から欲しいとは絶対に言えないが、お願いされて渋々という形で、嘘みたいに可愛らしいレースやリボンがふんだんに使われた小物や衣類を支給してもらえるのだ。
不満などあるはずがない。


入寮初日、錆兎が作らせるからもらって欲しいと言ったキツネのぬいぐるみ。
その抱き心地の良さと言ったら驚くほどだ。
義勇には詳しいことはわからないが、おそらくとても良い材質を使っているのだろう。

もちろん外見だってふわふわの毛並みにくるんと丸い目のとても愛らしい子で、可愛らしい飾りのついた首輪をしている。
しかもこの首輪は義勇が元々持っていた2体の子の分まで用意してくれる細やかさだ。

3体のどれかを日常的に連れ歩いて欲しいと渡されて、今は錆兎にもらった子が義勇のテーブルを挟んで正面の席に鎮座して、つぶらな瞳をこちらに向けている。


なんという楽園。
本当に毎日が夢みたいだ…。

義父の家ではさすがに男の義勇がぬいぐるみが好きなのだとは言えなくて、姉の形見だからと棚に飾ったままだったのだが、今はぎゅうっと抱きしめても錆兎は嫌な顔一つせずににこにこと見守ってくれる。


その優しい笑みにふと姉を思い出して、弱いと自覚のある涙腺が決壊して溢れて来た涙に、錆兎がひどく慌てた様子を見せた。

「どうした?姫さん、舌でも噛んだか?」
肩を抱き寄せるようにして顔を覗き込んでくる錆兎にますます涙が止まらない。

「ごめんな?俺がなにか嫌いなものでも食わしたか?」
と気づかわし気に言う錆兎に、義勇はふるふると首を横に振った。


「…がぅ…違って……」
ひっくひっくと泣きながら事情を話すと、一瞬息を飲む。

そして次の瞬間、その腕に抱きこまれた。


「あー!もうっ!!俺がずっとそばにいてやるからっ!!
姫さんが嫌だって言っても側にいるぞっ!
俺はもうお前所有の一枚の盾であり一振りの剣だからな
ゲームで言うならあれだな、呪いの装備ってやつか?」

と、そういう錆兎に

「…何故呪い?」
ときょとんとして視線を向ける義勇。

それに錆兎はにんまり笑う。

「それはまあ…あれだ。
例え捨てようとしても戻ってきて離れないってやつだな」

「なるほど。言いえて妙だな」
納得の答えになんだか面白くて、思わず笑うと、錆兎も笑顔になった。

「良かった。笑ったな。
義勇は…その…笑った方が愛らしいと思うぞ……」

錆兎は少し照れたようにそう言って、自分の席について食事を続ける。


まるで家族のように温かい。
本当の家族が亡くなった時に失ったぬくもり。

それを無条件に注いでもらえる代償と考えるなら、レディ扱い、おおいに結構じゃないかと思う。


錆兎以外の寮生だって、小学生時代のクラスメートのように嫌な目で見たりしない。

――やっぱうちの姫君が一番じゃね?全寮1だよなっ。

と、どこか嬉しそうに楽しそうに向けられる好意的な視線。


この優しい仲間のために、銀狼寮が一番と評価してもらえるように、自分も頑張ろうと素直に思える。


「…あの…錆兎…」
「ん?なんだ?姫さん」
「週末の顔見せのために欲しい物があるんだけど…」
「ああ、何でも言え!
姫君は寮の誇りだからな!
顔見せは寮自体の評価にもつながる大事な行事だ。
出来る限りのものは取り寄せてやるぞ?」

そう、入寮後初の金曜日。
1年生の2つの寮は寮長と副寮長、通称皇帝と姫君のお披露目がある。

それまでは寮生活や学校生活に慣れるために学校を色々見て回ったりするだけで通常授業も休みだが、その次の週からは普通に授業。

つまり寮の外に出る事になるので、そこからはもう寮対抗の始まりだ。


すでにお披露目のために錆兎が義勇の瞳の色に合わせた綺麗な白地に青レースの縁取りののワンピースを用意してくれている。

おおやけで女装と言う事に全く抵抗がないかというとそういうわけでは当然ないのだが、銀狼寮のためなら仕方がない…そう思う程度には義勇はこの寮の寮生達を好きになっていた。

それに寮生の欲目ではなく、きっと錆兎は他のどの寮の寮長よりカッコいいと思う。

だからこそ自分も、金狼寮の姫君はもちろん、他のどの寮の姫君よりも綺麗でいなければならない。
そう思い、完璧を期するため、義勇は錆兎に依頼する。

綺麗にラインが出るように…とある代物を……

それが…一つ大きな誤解を生んで、義勇の学校生活を一つややこしい物にすることなど思いもせずに……



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