寮生は姫君がお好き6_皇帝、姫君に会う2

そういう事で荷解きの手伝いもしてやりたいところが、とりあえずそれは炭治郎が来てからということにして、色々疲れてるだろうからまずは休憩だ。

錆兎は用意しておいたカップにカランカランと氷砂糖の塊を二つほど落として、その上から熱い紅茶を注ぐ。

そうすると氷砂糖がチキチキっと音をたてて融けて行くので、くるんとキャンディのようにまんまるの眼を見開いてそれを眺めている少年に

「この音な、小鳥のさえずりって言うんだぞ?」
と言ってやると、ちっちゃな口がほわぁぁ~丸く開いて感嘆の息を吐きだした。


いちいち反応が可愛いな、おい。
と、内心その愛らしさに悶えるが、根性で表には出さず、

「で、先にスプーンで掻き回して渦を巻いているうちに生クリームを落とすと…だ…」

と、錆兎は説明通り銀のスプーンで紅茶を掻き混ぜてピッチャーからクリームを落として、その状態で少年の前にカップを置く。

それを覗き込む少年。

「クリームが薔薇の花みたいだろう?」
と言うと、目を輝かせてうんうんと頷いた。


「まあ、学校の事、俺の事、寮の事、色々わからないこと多いと思うが、何か質問があったら菓子食べながらでも聞いてくれ」

と、菓子の皿を少しそちらに寄せてやると、少年は『いただきます』と行儀よく手を合わせて菓子に手を伸ばす。

そしてちびちびと少しずつ口に運ぶ様子は、まさに小鳥のようで可愛い。
今年の寮生の選択…本当に正しかったなと思う。


「…あ…あのっ……」

しばらくお行儀よく可愛らしく菓子を頬張っていた少年は突然ピタっと菓子を口に運ぶフォークを持つ手を止めてジ~っと考え込んでいたが、やがて思いきって、と言った風に顔をあげた。

「ん?」
「…えっと…あの……渡辺先輩……」
「錆兎でいいぞ?」
「錆兎…先輩?」
「先輩は要らない」
「じゃあ…錆兎?」

ひどく思い詰めた様子で言うので

「なんだ?なんでも遠慮せず言えって言っただろう?」
と、身を乗り出して頭を撫でてやると、少年は小さな小さな声で囁くように言った。


――…これ…残して置いて良い?

何故そこで赤くなる?
ま、可愛いんだけど……などと思いながら

「良いけど?腹がいっぱいか?」
と聞くとふるふると首を横に振る。

そして耳まで真っ赤にして

「……美味しいから……全部食べちゃうとなくなっちゃうし、半分あとで食べたくて…」
と言われた瞬間、錆兎は不覚にも悶え転がりそうになった。
とっさに赤くなってるだろう顔を隠すためにパシッと自分の顔を片手で覆う。


「…別…るから……」
「…え?」
「食いたければ別にまだたくさんあるから、好きなだけ食ってくれ」

もうなんか色々直視出来ん。
姫さん、可愛すぎだろう。
これ狙ってやっているのか?!

そんな事を心の中で絶叫する錆兎の目の前で、ぱあぁ~っと輝く少年の顔。


「じゃ、これとこれ…あ…これも食べたいっ」
と、嬉しそうに細い指先で指差していく。

なんだろうか…

その細い身体のどこに入ってるんだ?と思うくらいの菓子を幸せそうに平らげていく少年の顔をみてると、もう、可愛いの言葉以外出てこない。


その後、戻った炭治郎と一緒に頑なに固辞する義勇の荷解きを手伝ったら、着替えに紛れて可愛らしいキツネのぬいぐるみ2体が顔をのぞかせた。

それに少し目を丸くすると、義勇は2つのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて

「…あ、あの……これは一昨年亡くなった姉さんとお揃いで持っていた姉さんの形見で…引き取ってくれた父の友人だった義父さんは良い人だけど…でも俺がずっといない家に置いておくのはなんだか……」
と言ってうなだれる。

可愛らしい義勇が可愛らしいヌイグルを抱きしめている図など天使だと思うのだが、本人は姉の形見を傍に置きたい気持ちと、中学生になる男子がぬいぐるみに囲まれることに対して他人の視線が気になる気持ちとの間で葛藤があるのだろう。

そんな様子がひどく痛ましく思えて、少し考え込んでしまう。
そして思いついたように制服のポケットから自分のキーホルダーを出した。

そこにはプラプラと揺れるキツネ。

「大切な人にもらったり遺されたりした物を大切にするのは良いと思うぞ。
それに何を隠そう俺もキツネが好きなんだ。
ほら、大切な叔父にもらったキツネのキーホルダーを愛用している。
可愛いだろう?」
と、義勇の目の前にかざすと、義勇は少し涙が見え隠れする目でそれを見てコックリと頷いた。

「かわいい…」
と涙目であどけない笑みを浮かべる義勇の方が可愛いと思う。

「なあ、じゃあ俺も1体キツネのぬいぐるみを贈らせてもらっていいか?
俺は護衛を務める関係上ぬいぐるみを抱いていると手があかないが、その代わりにぬいぐるみを小型にしたストラップを作らせてスマホにでもつけるから。
義勇は学校以外、俺が贈った物と3体のキツネのどれかをその時の気分で持ち歩いていればいい。
寮長と副寮長とでお揃いで身に着けるのも良いだろう」
と、そう言うと、まんまるの目で驚いたように錆兎を見上げてきた。


「錆兎…が、人形を身に着けるの?」
「だめか?」
と、それにそう返すと
「ううん。だめじゃない」
と、抱きしめたぬいぐるみに顔を寄せて少しはにかんだ様に笑う。

「じゃ、近日中に用意させるな」
と、義勇の小さな頭を撫でてやると、さきほどまでよりずいぶん打ち解けた様子でまるで子猫のように目を細めた。


そう言えば雰囲気がどこか家飼いの子猫のようだな…と、錆兎は思う。
いつか膝の上で喉を鳴らしてくつろぐ子猫くらい慣れてもらえるように、慎重に慎重に距離を縮めていかなければ……


その日、その後は姫君懐柔作戦ということで、さらに山盛りのお菓子を積んで、美味しい紅茶と一緒に出してやる。

こうして姫君との初対面をなんとかクリア。

護衛をするには敵を排除するよりまず、姫君からの信頼を得るのが先だとばかりに、自室に戻った錆兎は義勇と約束したキツネを入手すべく、ぬいぐるみ作家を営んでいる従姉妹に依頼のメールを送った。



Before <<<  >>> Next (1月26日公開予定)



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