寮生は姫君がお好き5_皇帝、姫君に会う1

「ま、素材は悪くないんだよな」

お茶や茶菓子の準備をしながら、錆兎は改めて先日配布された今年の副寮長、姫君の写真を思い浮かべる。

子猫のように大きな丸い眼と広い額のせいだろうが…12歳という年齢にしては幼く見えた。
人形のように愛らしい顔立ちで、入学式の日、遠目ではあるが実物を確認したが、体格もまだかなり小さく華奢だったように思う。

寮生のための愛らしいアイドルとしては十分合格点だろう。


そんな風にこちら側の条件としてはまあ申し分ないレベルだとして問題は外部生だと言う点だ。

内部生は学園の伝統もわかっていれば、自分がなりたいかどうかは別にして、副寮長の持つ意味合いを知り、ある意味納得して受け入れている。
だが、前姫君がそうだったように、外部生からすればそれは非常に理解しがたく、ともすれば受け入れにくいものだろうと言う事は想像に難くない。

まず愛玩的な意味合いで寮生に奉られる。
行事によっては女装もさせられる。

それだけでも引く人間は引くだろうが、さらに他の寮の寮生から敵対心を向けられ危害を与えられそうになるなどと言うおまけつきだ。

内部生の多い学園に慣れるだけでも手一杯であろう、ついこの前まで小学生をやっていた子どもにとっては、とてつもない災難に思えるだろう。
下手をすればノイローゼまっしぐらだ。


それでもこんなあどけなくも愛らしい容姿の少年ならば寮生の要望としてはやはり愛らしい少女らしい格好をさせたいところなんだろうなぁ…と、錆兎もさすがにため息をついた。

寮長と言えども寮生の総意をガン無視する事もできないし、頭が痛い。


まあ…なるようにしかならんか…と、結局何度も辿りついた結論にまた辿りつき、

「さ~、頑張れ。
出来る出来ないではない。
やれるという強い意志を持つか持たないかだぞ。
やれる、俺は出来るはずだっ」

パン!!と両手で頬をはたいて気合いを入れると、ちょうどドアがノックされた。



「開いてる。入っていいぞ」
と声をかけて菓子とカップの乗ったトレイを手にリビングへと戻ると、
「錆兎っ、連れて来たぞ」
と、まず見慣れた声が聞こえてくる。
炭治郎が無事お姫さまを連れて来てくれたらしい。

「ああ、炭治郎、ありがとな。
じゃ、行って良いぞ」
と、錆兎はトレイをいったんテーブルに置いてそう言いつつ相手を出迎えに出た。

………
………
………

正直に言おう。
錆兎は本来異性愛者だ。

だが可愛いと思う。
かなり可愛い。


写真も可愛らしかったし遠目で見た時も主に大きさ的な意味で可愛らしいと思ったが、間近で目にする少年はさらに可愛らしかった。


だがかなり人見知りらしい。

愛想が良く大家族の長男として身に着いた面倒見の良さがどこか滲み出ていて他人に好かれやすい炭治郎に対してさえ戸惑っているらしく、炭治郎の方はしっかりと手を握り締めているが、彼、義勇の方はどこかそれに居心地が悪そうにしている。

緊張した面持ちで炭治郎の後ろからちょこんと顔だけ覗かせている様子は、まるで巣からおそるおそる外を窺う子ウサギのようで愛らしいが、これは難敵だな…と内心思った。
自分も炭治郎同様、人見知られているらしい。

…が、そこでそれでも錆兎が炭治郎と違うのは、長年の人生で培った対人スキルだ。

「俺は錆兎。今回この銀狼寮の寮長になった者だ。
副寮長と寮長は同室になる決まりだから、これからは学校内は炭治郎、それ以外は俺と、兄弟弟子でお前の護衛役を務めさせてもらう事になる。
よろしくな、義勇」

と、少しかがんで視線を合わせてそう言いながらポンポンとその頭を軽く撫でると、今度は炭治郎に
「お前も荷解きまだだろ?
とりあえず先に荷解きして来い。
その間に俺が副寮長についての説明しておくから、そのあと一緒に姫さんの荷解き手伝って、それが終わる頃には一緒に夕飯だ」
と言ってやる。

こんな状態では心配で離れがたいだろうが、炭治郎にも荷解きする時間は必要だし、一つの工程が遅れると次の予定にずれこんでしまう。

それでなくとも姫君の学校内での護衛役という大任を任されている身だ。
その遅れた工程のせいで十分な休息や睡眠がとれなくなるようでは困る。

炭治郎はやはり気がかりなようではあったが、そこは異論を唱える事もなく、

「了解した!」
と素直に答えてクルリと反転。
振り返る事無く靴音を響かせて自室へと戻って行く。

傍にいても気まずそうなのだが、離れていくとそれはそれで不安らしい。
副寮長に選ばれた少年は少し心細げにその後ろ姿を見送った。


まあでも時間は有限なので、いつまでも待ってはいられない。

「実は俺も去年までは銀狼寮の中等部で副寮長の護衛のようなものをやってたし当時の副寮長とは親しかったから色々教えられるし、安心してくれ」

と、お茶の準備の出来たリビングへとまるで借りてきた猫のように緊張して固まっている少年をうながした。


まずお姫さまをソファに座らせる。

とりあえずは少年に自分が護衛される立場になり、錆兎がその任を追うのだということを認めてもらわねばならない。
それなら取る行動は一つだ。

錆兎はソファに座るお姫さんの前に膝をついて、まだ子どものままの小さな手を取る。
そして若干見あげるような形で視線を合わせた。

幼い貴人に臣従の意を示す護衛の騎士のようなその所作。
まあ確かに実際そんなものなのだろうが…と、錆兎は内心苦笑する。


「まず伝えておくことと頼みたい事が何点かある」
そう口にすると、少年の顔に緊張が走ったので、そこで少し笑いかけてやる。

「まあ、そう固くなるな。
俺は平たく言うなら姫さんがこの寮に居る間の世話役のようなものだ。
そういう理解をした上で聞いて欲しい」
と言うと、少年はコクンと小さく頷いた。

「まず伝える事な。
炭治郎からも少し聞いたかと思うけどな、姫さんは今の銀狼寮の高1全員の投票で副寮長に選ばれたんだが、こいつは辞退は出来ない。
だから姫さんは嫌でもこれから3年間はこの寮の副寮長として暮らしていく事になったわけだ。
で、これがどういうものかというと、寮長は物理的な面で寮を率いてく頭で、副寮長は寮の象徴で寮生の精神的な支えになる。
この学校は何かというと寮同士で競わせるから、その象徴ということは真っ先に他の寮のターゲットになる。
だが代わりに全寮生が身を呈して姫さんを守るからな?
まあ最初のうちは誰が誰だかわからないだろうし、学生は全員寮章の携帯が義務付けられてて、これを故意に詐称したら退学処分になるから、こいつを目印にしてくれ。
ということで、何かあったらこの銀の狼の寮章をつけてる奴らになら何でも命じて良い。
もちろん俺や炭治郎を含めてな?

で、頼みたい事というのはそれだ。

何か困った事、不安な事、して欲しい事とかあったら、俺にまず何でも言ってくれ。
例えば…別に他寮の嫌がらせとかじゃなくて、自寮で少しばかり好意が行きすぎて困ってるとか言う時でも遠慮なく言ってくれて構わない。
俺は姫さんの事情を一番に優先して対処してやるからな?

炭治郎はお姫さんが所有している一枚の盾、俺は同じく一振りの剣だ。
例え割れようが、折れようが、絶対に守ってやるから安心しろ」


そこまで言って目を大きく見開いたまま固まっている少年の小さな頭を撫でてやると、まだ幼さの残る姫君はふるりと身を震わせてかすかにため息をつく。

「まあ、大丈夫。
普段は俺がおはようからお休みまで完全にフォローしてやるし、学校では炭治郎に離れないように言っておくから。
それより甘いもの好きか?
今日は午前中来客だった事もあって少しばかり多く取り寄せすぎてしまったんだ。
良かったら頑張って食べてくれ」
錆兎はそう続けると、少年の正面に座った。


本当は隣に座ってその小さな頭を撫でまわしたいところだが、ずいぶんと緊張してるようなので、正面の方が落ち着くだろう。


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