寮生は姫君がお好き4_とある護衛の話2

そんな入学前の春休み、鱗滝先生の道場で錆兎に会った。

長い休みのうちのほんの数日しか会うことが出来なくなっていた彼はその後ろ姿を追いかける炭治郎の期待を裏切ることなく、会うたび立派になっている。
なんと今回会った時には炭治郎が入学する来年度には、彼も高等部に進級するだけではなく、寮生を束ねる寮長を務めることになったのだと伝えられた。

事前に鱗滝先生に藤襲学園の特殊な制度の諸々について説明を受けていたので、炭治郎にもそれがどれだけすごいことかはわかる。


「さすが、錆兎!!」
と、目を輝かせる炭治郎に、錆兎は

「先生から学園の寮関係について聞いているか?」
と、聞いてくるので、炭治郎がそれに頷くと、錆兎はそうか、と、ホッとしたように息をついた。

そして、
──これは実はまだ内密にして欲しいんだが…
と、炭治郎が学年的には錆兎の学年と寮が同じになること、そしてその中でも錆兎が寮長を務める銀狼寮に振り分けられていることを明かしたうえで、

「知っての通り俺の寮長としての一番の仕事は副寮長である姫君の護衛だが、学校だと学年が違うからずっと共にあるということができない。
だから信用できる中等部生が欲しかったんだ。
協力して欲しい」
と、依頼された。


錆兎の依頼っ!!

これまで錆兎に助けられてはいたが、助力を求められたのは初めてで、炭治郎は舞い上がる。
錆兎と一緒の学校に通って同じ寮に入るどころか、自分は錆兎に協力を仰がれるくらいの人物になったのだ…と思うと、何とも言えず誇らしい。


それが嬉しくて嬉しくて、炭治郎は

「もちろんだ!何を置いても俺達の姫君を守っていこう!」
と、宣言し、全面的に協力することを固く固く心に誓った。




ということで…小学校を卒業。
炭治郎はキラキラと希望に満ち溢れた気持ちで藤襲学園の中等部に入学する。

そしてまずウェルカム寮に宿泊。

当然見知った顔はいない。
が、4分の1ほどは中等部からの外部生なので、1人でいてもひどく目立つ事はない。

その中で同じく外部生らしくキョロキョロと心細げにしていた金髪の少年に声をかけると、案の定で、彼はこの学園のOBである祖父にここに放り込まれたということをだった。

その日はそれからは彼、我妻善逸と一緒に色々話して過ごす。
同じ寮だといいな…と思いながら…。



そしてウェルカム寮2日目。

新入生達は外部生はもちろんのこと、小等部組も寮生活は初めてなので、色々が物珍しい。

なので、みんな1人で…もしくは小等部の頃の友人と、初めて足を踏み入れた学校内の生活エリアを見て回っている頃、高等部では一つの決定がなされていた。


副寮長の選出。

物理的に優れた高校生がなる寮長と違って中学生がなる副寮長は寮の象徴である。
別に頭が良くなくとも運動が出来なくとも構わない。

ただ美しく愛らしく…そんな象徴を手にし、それを卒業までの3年間、滞りなく守っていく事のできる能力のある学生で構成された寮であると内外に誇示するために選出される存在だ。

だからその護衛の中心を担う高校生が決める事になっていて、いったん決まれば寮長を筆頭に寮生全員で大事に大事にお守りする事になる。


その選出は入学前、各寮に入寮予定の新入生の写真が配布される事から始まり、その後の入学式で実物を確認、そして入学式の夜には全寮生で投票。

その後集計して2日目の昼前には決定。
教師へ人選が伝えられる事になっていた。


新入生の入寮先は寮長の身内と言えども発表までは極秘なのだが、炭治郎自身の入寮先については錆兎から内々に知らされていたのもあり、錆兎からこれも極秘に依頼がある。

いわく…副寮長として選出されたその瞬間から、その学生は銀狼寮の姫君として他寮から様々な妨害を受ける可能性がある。

だから、発表されしだい接触を取り、側で護衛。
無事、寮長である錆兎の元まで送り届ける事。


もちろんこれを炭治郎が了承しないわけはない。
錆兎の依頼という以前に銀狼寮の寮生の責務である。

使命感に燃えやすい長子の身としては、錆兎の助力になること…そして寮に尽くすことが出来るのが嬉しい。


…ということで、翌日の3日目、彼は他の新入生に負けず劣らずわくわくと名前と寮名が発表されて行くのを聞いていた。

強いて他の学生と違うところをあげるなら、楽しみにしているのが自分の名前ではなく、副寮長に任命される学生の名前と言う事くらいか…。


──我妻善逸、金狼寮…

と、そんな中でまず名前を呼ばれた善逸の名のあとに告げられた寮名は残念ながら炭治郎とは違う金狼寮で、炭治郎は秘かにがっかりとした。

もちろん、炭治郎があらかじめ自分の寮を知っていることは秘密なので、言葉に出したりはしていないが。


しかし衝撃はそれだけではなかった。

本来なら寮名を告げられた時点で終わるのだが、善逸は寮名のあとに続けて、

──…副寮長
の一言が伝えられる。


おおっ?!
と、食堂内がざわめいて、室内の視線が一斉に善逸に。


「え?ええ?なに?なんなの?」

と、外部生なので全く事情を知らずに動揺する善逸に、炭治郎は、自分は身内がここに通っていて話は聞いているから…と、この学校の寮のシステムを簡単に説明してやった。


それを聞くと動揺していた善逸は

「ええっ!!無理っ!!ぜぇぇ~ったい無理だからっ!
俺には出来ないよぉっ!!」
とぶんぶんと涙目で首を横に振る。


まあ…いきなりこれを聞かされたらそうなるだろう…と、炭治郎は大いに同情しながらも

「…とても気の毒なことだけどな、副寮長の指名は同じ寮になる現高1の先輩方の総意で辞退とかはできないらしいぞ」
と、小さなため息とともにポンと善逸の肩を叩いた。



その後、炭治郎の名が呼ばれ、そのあとに銀狼寮と寮名が告げられると、さらに善逸の目が絶望に潤む。

だが、気の毒ではあるが炭治郎にはどうすることもできない。

せめて同じ寮の姫君であれば、錆兎の依頼も寮生としての責務もあるから全力で守ってやれたのだが、寮が違う以上、善逸とは敵対関係になってしまう。


そしてついに…

――冨岡義勇、銀狼寮。副寮長。


寮名の次に【副寮長】の言葉が続いた瞬間、ランチルームが再度ざわめいた。
部屋中の視線が各生徒の胸元を飾る名札を走って、一点に止まる。

炭治郎も室内の多数の視線が集まった少年に目を向けて、ああ…なるほど…と思った。



ぴょんぴょんと少し跳ねた漆黒の髪に真っ白な肌。

驚くほど長いクルンと綺麗なカーブを描いた睫毛に縁取られた夢見るように澄んだ大きな丸い瞳は静かに水を湛える森の泉ような綺麗な青。

唇だって少女達のようにリップを塗っているわけでもないであろうに薄いピンク色で、まさに今、窓から外に視線を向ければ目に飛び込んでくる桜の花びらのようだ。

部屋中の無遠慮な視線に晒されて、ひどく戸惑ったようにこわばる細い肩。

ああ、これは守ってやらねばっ…と、錆兎の依頼とは別に心の奥からそんな長男魂が沸き上がってきて、炭治郎は善逸に断ってガタンと席を立ちあがった。
そして少年の前に立つ。


少年は炭治郎が突然目の前に立ったからだろう。
一瞬硬直して視線が逃げるようにテーブルの上のプレートに向けられたまま固まる。

しかしそのまま立ちつくす炭治郎に諦めたのだろうか…
零れ落ちそうに大きな青い瞳がおそるおそる炭治郎を見あげてきた。


心細くなっている相手に話しかけるにはまず笑顔だ。

…と、炭治郎は8年ほど前、鱗滝道場の門をくぐった時に錆兎が自分に向けてくれたそれを思い出す。

明るく…でも相手に安心してもらえるように優しいそれを心がけて…そんな風に意識した笑みを浮かべながら、彼、冨岡義勇に話しかけた。


自分が彼が所属する予定の銀狼寮の寮長の身内であること、そして副寮長になる彼の保護と護衛を依頼されていることを説明すると、善逸と同じく戸惑うばかりだった彼も少し安堵したような表情を浮かべてくれる。

そして彼の方からおずおずと声をかけられた。

「俺は冨岡義勇。
外部生だからちょっと色々わからなくて……
炭治郎は内部生なのか?
事情がわかっているなら教えて欲しいんだけど…」

その言葉に炭治郎は歓喜した。
もし精神状態というものが外部に視覚的に現れるとしたら、彼の背後には大量の花が飛んでいるだろう。

「ああっ!
なんでも聞いてくれて構わないっ」
ガタっと勢いづいて少年の隣に行くと、彼の隣にいた学生が慌てて席を空けてくれた。
炭治郎はその譲ってくれた学生に『すまないな』と声をかけて、姫君の隣に座る。

すると…だ、不思議な事に彼からはふわりと花の良い香りが漂ってくる。
全くもってあり得ないことだが、同じ男という性を持つはずの少年なのに、本当に良い匂いがするのだ。

そして炭治郎が隣に座ると、コトンと小首をかしげるように見あげてくる動作があどけなくて愛らしい。

それから炭治郎は聞かれるままに、副寮長というのは寮の象徴的存在であり、神輿のようなものなのだと答える。

もっともその選出基準が寮生が守りたくなるような愛らしさなのだとかそういう類の事は外部生には理解しがたいことだと思うので、詳細については兄弟子から説明があるという事を伝えた上で、この学園では全て寮単位で行うため、寮を象徴する副寮長は他の寮の輩が害を及ぼそうとしてくる可能性もなくはないので、護衛が必要なのだと言う事だけ説明をした。


「さっきから他の寮に決まった人間の方からなんだかキツイ目で見られているような気がするのは、そういう理由だったのか……」
と、不安げな目を周りに向ける少年に炭治郎は言う。


「大丈夫。その分、俺を含めて自寮の人間が全力でガードするので心配はしなくていい。
今年の銀狼寮の高等部組は優秀な人材も揃っているし、弟弟子の俺から言うのもなんだが、錆兎はすごく強くて賢くて有能な人間だ。
学校にいて高等部の人間が立ち入れない時には俺が全力でフォローするので任せて欲しい」
そう言いつつ炭治郎は気分がますます高揚していった。

寮の象徴で仕えるべき姫君で友。
寮長の錆兎は学校内では共には居られないので、その間は護衛できるのは自分だけなのだ!

そうだ!これから3年間、この身に変えても彼を守って行こう。

そう決意を新たにして、炭治郎はとりあえず姫君を寮長室まできっちりと護衛するという最初の任務を完璧に遂行すべくまい進する事にしたのだった。



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