寮生は姫君がお好き3_とある護衛の話1

竈門炭治郎は長男だ。
しかも5人の弟妹達の一番上の兄である。

当然親はとても忙しい。

だから幼くとももっと幼い兄弟がいるため炭治郎のことまで手が回らない両親は、炭治郎が4歳の時に近所の驚くほど広い家に一人で住んでいる男性が道楽で営んでいるらしい格安の剣道の道場に入門させることにした。


その名も鱗滝剣道道場…
それが炭治郎の人生を大きく変えることになる。


道場の主の鱗滝左近次先生は、弟子入りしたいという人が後を絶たないほど、その道ではたいそう高名な人物らしい。

だが、一般の子どもに剣道を広めたいとの考えの元、どういう基準かはわからないが近所の入門希望者の中でも敢えて特別に裕福ではない普通の家庭の子を少数選んで入門させていた。


そういう意味では炭治郎が入門を許されたのはとんでもない幸運だと言っていい。

なにしろ鱗滝先生は面倒見がよく、春休み、夏休み、冬休みなどの長期の休みには、保護者と本人が望むなら道場が併設されている広いお屋敷で弟子を泊りがけで預かってくれる。

剣道の稽古の時にも道場の掃除からさせられたり、礼儀に厳しかったりしたのだが、その泊りの時にはさらに掃除洗濯炊事と家事を一通り覚えさせられたので、保護者達にはこのお泊り合宿は大好評だった。

子どもからしても、年上の先輩たちが率先して宿題を見てくれるので、なんとなく休みに入って早々に始めた宿題は当然休みの前半にほぼ終わってしまって、ずいぶんと気持ちを楽に休みを過ごせる。

入門時の炭治郎は4歳だったが、入門した翌年度の春休みからは、そのお泊り合宿に参加させてもらった。


当時の炭治郎はまだ5歳の幼稚園の年長組で、家でも長子なら幼稚園でも最年長学年ということで“お兄ちゃん”であることを求められていたが、鱗滝剣道道場では“弟”で居られる。

家ではただ眠っているだけで褒められる赤ん坊の弟を尻目に当たり前に手伝いをさせられていたが、道場では入門時からずっと面倒を見てくれていた3歳年上の兄弟子の錆兎がよく働くことが癖になっている炭治郎をことあるごとに褒めてくれて、それが随分と心地よかった。


もちろん他の兄弟子たちもよく面倒を見てくれていたが、炭治郎にとって錆兎は特別である。

初めて会ったのは母が炭治郎を連れて道場へと足を運んだ時だったが、その時に先生と一緒に応対に出たのが錆兎だった。

はきはきと礼儀正しく挨拶をするその少年は道着に身を包んでいて、顔立ちの良さもあいまってとにかくカッコよかった。

当時はまだ小学校に入ったばかりくらいのはずだったが、炭治郎には冷たい麦茶、母には緑茶を出してくれたばかりでなく、先生と母が話を始めると、炭治郎が退屈だろうからと手を引いて道場に連れて行ってくれて、子ども用の小さな竹刀を握らせてくれる。

そうして炭治郎に素振りをさせてくれたり、練習に来ていた子に乞われて少しだけ…と、他の子どもに炭治郎を預けて打ち合いをしたりしていた。


──面!!

と、まだ少年の高い…しかし凛とした掛け声と共に、錆兎の竹刀が相手の面におろされる様子は、幼い炭治郎の目にはまるでドラマか何かのヒーローのように映る。


正直そこまで嫌という気持ちもない代わりにたいして乗り気でもなかった道場への入門を強く望むようになったのは、錆兎のその綺麗な剣道の型を目の当たりにしたためと言っても良い。
あんな剣士になりたい…というのが、その時から炭治郎の目標になった。



そうして入門して知ったのだが、錆兎は道場の中でも群を抜いて強い。
彼よりも明らかに年上の弟子達も錆兎のことは“さんづけ”をして一目置いていた。

それもそのはずで、彼は正式には先生の普通の弟子ではない。

錆兎の家自体が平安から続く名門剣術家の家で、彼は先生に学ぶ以前にその名門の家の跡取りとして物心つく前から刀を握っていたらしい。

そんな錆兎が何故先生の所に出入りしているかというと、錆兎の母が鱗滝先生の妹の子、つまり姪で、鱗滝先生は彼にとって大叔父さんに当たるからで、剣道を習いにというよりは先生の手伝いとして来ていたのだそうだ。

どうりで明らかに彼より年上の兄弟子たちが彼から一本を取ることもできないはずだ。

彼はすごい人だったのだ。
なのに特に偉そうにすることもない。


炭治郎は入門時にまだ本当に幼かったのもあって、自己紹介の時に『俺は渡辺錆兎だ。錆兎と呼んでくれ』と言われたのを真に受けてそのまま『さびと』と呼んでいた。

が、入門後に兄弟子たちの呼び方に気づいて、おそるおそる『さびと…さん…』と、声をかけてみたのだが、彼はそれに少し驚いたように目を丸くして、次に優しく笑う。


「錆兎でいいぞ。“さん”は要らない」
「でも…さびとは偉い人なんだろう?みんなが言ってた」
「ん~偉いのはご先祖様だな。俺はまだまだ未熟だし特に偉くもない」

「でもさびとは強い」

炭治郎は幼稚園児だった上に長子だったので上の子の言葉を真似て覚える下の子ども達のように言葉が達者とは言い難い。
だからずいぶんと分かりにくい会話だったと思うが、錆兎はちゃんと意味を考えてくれたらしい。

少し身をかがめて炭治郎の視線に合わせると
「強ければ偉いというわけでもないし、偉そうにしていいわけではない」
と、柔らかな声音ではあるがそうきっぱり言い切った。


「炭治郎、お前はこの道場で鍛えていけば他人より強くなるし、力を持つことになるだろう。
だからきちんと覚えておけ。
強い力、賢い頭、たくさんの金、それらは持っているだけでは意味がない。
それらは、単に神様に預けられただけだ。
自分に必要な分以外の余分に使える能力は、それを預けられなかった持たぬ者にきちんと分け与えろ。
他人のために分け与えられた時点で、本当に優れているといえる人間になる。
俺はそういう人間になるために今与えられたものをより多く分け与えられるように鍛えている最中だ。
だから他人よりは強いかもしれないがまだ偉いといえるほどではない」

炭治郎にわかるように噛み砕いて説明して、わかるか?と、確認を取る。
そうして炭治郎が頷くと、お前は飲み込みの良い子だな、と、頭を撫でてくれた。



そんな風に鱗滝道場の門下生としてあるべき姿を教えてくれたのも錆兎なら、炭治郎が小学校に入ってから、宿題を教えてくれたのも錆兎だった…のはわかるが、炭治郎だけではなく、何故か錆兎より上の学年の子も教わっている。

何故?と問えば、錆兎はあっさり

──ああ、小学校の教科書分くらいはもう終えているからな
と、驚くべきことを口にした。

「1教科の1年分はだいたい24時間くらいあれば理解できる。
1週間に3時間で約2か月。
それが国算理社の4教科で週4日3時間の勉強で実技教科以外は2か月で終わる。
幼稚舎の頃から家庭教師について他人より少しばかり長く勉強をしていたからな。
その分他人よりも少しばかり勉強面では進んでいる」

そう言った上で、錆兎は

──お前もその気があるなら習っていない所まで教えてやるぞ?

と言ってくれたので、夏休みの間は宿題だけではなく少し先の勉強まで教えてもらい、結果、授業は全て理解したところを復習する形になったので、ずいぶんと成績も上がる。


そんなこんなで錆兎には実の兄のように親身に面倒をみてもらったのだが、それも錆兎が通っている名門私立の全寮制の中等部に進学してしまったので、長期の休み以外に会うことがなくなってしまった。

それでもそれまで彼に教えてもらったことは確かに炭治郎の身になっていて、学校でも成績は優秀で面倒見がいい優等生として知られて5年生になった時には児童会長まで務めることになる。


そんなある日…錆兎がいなくなっても鱗滝先生の道場には通って剣道は続けていた炭治郎に、先生が言った。

──炭治郎…お前、錆兎と同じ学校に行く気はないか?
…と。


もちろん炭治郎だって行けるものなら行きたい。
が、名門私立となれば当然学費がかかる。

下にまだ5人も弟妹がいる中で自分を私立の中学に行かせてくれとはとても言えない。

だから無理だと言ったのだが、なんと学校には特待生制度があって、入学試験の成績優秀者の上位5名は6年間学費だけでなく寮費や教材費など、学校内での生活にかかる費用が無料になるという。

この特待生の試験を受けてみないかと言われて炭治郎が頷くと、先生は炭治郎の親にその旨を話してくれた。


親もそういうことならと、快く許可をしてくれて、炭治郎は中学からは家を出て全寮制の藤襲学園中等部へ通うことが決定し、錆兎と感動の再会を果たすことになる。


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