寮生は姫君がお好き2_私立藤襲学園

私立藤襲学園は両家の子弟が多く通う小中高大一貫教育の男子校である。

都市からはるか離れた郊外に広大な敷地を持ち、生徒達は小学校の間は自宅通学、中高は全寮制、大学は寮か自宅通学かを選択できる。

ということで、小学校の間は普通にその郊外にある学校まで始業時間に間に合うように通わせられる手段を持った家の子ども、つまりは非常に裕福な家の子弟のみ、中学からは一般家庭の生徒も入学してくると言う事になる。



そして中学に上がると全員入る寮。

全部で6棟あるのだが、この振り分けが少々変わっていた。

中1なら高1と同じ寮。
中2は高2、中3は高3と言った感じで、各学年につき2棟。
寮名は学年ごとに狼、竜、虎、それが銀と金の2種類。

今年で言うと1年は狼なので銀狼と金狼、2年は銀竜と金竜、3年は銀虎と金虎となる。


全ての行動は寮単位。
体育祭のチームも学園祭の出し物も、集団で行うものは全てである。

ゆえにしばしば寮の評価が個人の評価、個人の評価が寮の評価になりもするので、この寮というものは割合と重要だ。

そんな事情もあって寮内の結束は固く、寮長、副寮長はそれぞれ皇帝、姫君と呼ばれ、寮生の上に絶対者として君臨する。


寮は中1年の時に振り分けられた寮からは基本的には変わらず、寮長は高校1年の時に選出され任期は3年、高校を卒業するまで。

選出方法は簡単で、学年の成績優秀者が年ごとに決められる武道の一つで競い合い、金寮、銀寮それぞれ勝ち残った1名が寮長となる。

そして副寮長は中学から選出されるのだが、これも任期は3年間、中学を卒業するまでで、これを決めるのは上級生、つまり高校1年の学生達だ。



寮長は選出方法からも分かる通り、文武の能力、成績はもちろんだが武の部分も非常に重要視される。
理由は副寮長の保護者を兼ねるからである。


何故保護?
副寮長とはなんぞや?

…と、賢明な諸君は思うだろう。


そこで思い出して欲しい。
この学校は全寮制の“男子校”なのである。


男子校というからには当然女子はいない。
思春期の男子生徒の恋愛的視線の多くは当然のように同性へと向けられて行く。

そんな中でのトラブルを避けるため、寮内でそういう思いを寄せる象徴を作り、まだ性差を感じさせない愛らしい少年に対して不埒な行為に走る者が出たりしないようにする。

さらに男子しかいないためともすればむさ苦しくなりがちな体育祭の応援や学園祭の出し物などに、そんな愛らしい花を一輪添えれば盛り上がりも違う。

実力第一主義、知力と体力という物理で寮内を牛耳る寮長と対照的に、愛らしさで寮内をまとめる、それが副寮長の務めである。

そんなアイドルは、当然不埒な行動に出る者の脅威にさらされる事もあれば、寮ごとに競い合う行事前などに他の寮の妨害行為の対象になる事も多々あるので、自衛しろというのも無理な話だ。

なので、寮のメンツをかけて寮生全員でお守りするのは当然ながら、一番身近な護衛役として、寮で一番力を持つ寮長がその護衛隊長のような役割を担う事になっている。

ゆえに武力が大事なのだ。



ということで…今年の銀狼寮のアイドルの護衛の座を見事勝ち取った男…渡辺錆兎。

成績は学年トップ。
趣味は剣道を中心とする武道全般。
多種多様の武術を習得している。

そんな彼が参加することになった今年の選抜種目の武道はフリーファイトだった。

素手ならどんな手を使ってもOK。
その、相手を沈めれば勝ちというルールの中で当然のように圧倒的強さを見せて、見事寮長の座に君臨する事になった。


外見は狼というより獅子を思わせる鮮やかな宍色の髪にこちらは非常に珍しい藤色の瞳。
意志が強そうなやや吊り目がちなその目は眼光するどく、男らしく整った顔立ちではあるが口元から右頬にかけて大きな傷痕があるため、まるで歴戦の武人のように少し恐ろし気な印象を与える。

が、兄貴肌なところがあり面倒見が良いため、同級生や下級生には好かれて頼られることが多い。


実際、中等部の頃には自分の方が3歳も年下であるにも関わらず、当時の銀狼寮の寮長にさえとても頼りにされていた。

…といっても、当時の銀狼寮の寮長の本田は珍しく高等部からの編入生。

たまたま成績が良く、たまたまその年の武道の弓道の有段者で、たまたま勝って寮長になってしまったものの、右も左もわからずに途方に暮れていた小柄な学生で、小等部からの藤襲生で面倒見の良い錆兎を、師匠と敬い何かと頼っていた。

本来は護衛役を務めるはずの寮長がそれだったので、副寮長である姫君も言わずもがなだ。

ゆえにこの3年間の銀狼寮は君臨する皇帝と守られる姫君というより、やんごとない帝と姫君を守る優秀な将軍という色合いが強かったが、それはそれでうまく回っていたように思われる。

そんな元皇帝は今年は大学生。

大学の寮からかつての自分の私室、そして自分の師匠で後輩で友人でもある現寮長の部屋を訪ねていた。


廊下からドアを入ってまずリビング。
そこから左手にはキッチンがあり、右手にバスルーム。
リビングの奥にはドアが二つ。
寮長の私室と副寮長の私室となる。


「なんだか…自分がここでもてなされる立場になったのは、すごく感慨深いものがありますねぇ…」
さらりと綺麗な黒髪を揺らして元寮長本田は微笑む。


その手にはティーカップ。
つい半月ほど前までは自分が煎れた緑茶に湯呑だったのも、ずいぶんと昔に感じた。


「俺はかつて知りすぎてる寮長室に引っ越しということで、あまり変わった感はないけどな。
顔を突き合わせるのがかつて知ったる2人じゃなくて、新しい姫君なだけで…
まあ…お前はとにかくとして、元お姫さんが高校でいきなり学園を出て別の高校へ行くとは思っても見なかったが…」
と、それだけは変わらない目の前で対峙する人物錆兎が屈託ない様子で笑う。


「まあ…この学校は特殊ですからねぇ。
寮長、副寮長になってしまうと、その特殊さが辛くても寮に対する責任とかを考えるとなかなか転校もできませんし、副寮長…姫君は特に辛かったのでは?
彼から同学年で気遣ってくれる錆兎が居てくれなければ、それでもやめていたという話をよくされましたし…」

という本田に錆兎は

「そんな話をしていたのか…。
確かに前姫君も中等部からの外部生だったしな…。
馴染んでいるように見えても色々辛かったんだろうな。
実は今年の姫君も外部生だから気を付けてやらねば…」
と、少し眉を寄せた。



そう、今日の午後にはここに新しい住人が来る事になっている。

自分のように高校からの編入で学園に慣れる事なくいた上級生とすら上手くやってきた錆兎のことだ。
彼自身は初対面の新入生と暮らすことにも全く躊躇も気負いもないのだろう。
そのこと自体があまり人と慣れる事のない本田には凄い事に思える。

それでも…と、ふと気になって聞いてみた。

「ご自身が皇帝となって姫君を迎える心境はいかがです?」
と、少し冗談めかして言ってみるが、錆兎は本当に何の力も入っていない飄々とした様子で

「お前や前姫君に対するのと全然変わらないんじゃないか?
むしろ気遣う相手が一人減るくらいだろう」
と言ってのけた。


「お前だって入寮したての頃は姫君と違ってスカートやドレスを着てなかっただけで、ずいぶんと世間知らずで危なっかしかったしな。
同級生に学校の事を何も知らないと言われては部屋で落ち込んで、寮生に寮長のくせに何も出来ないと言われては部屋で落ち込んで、その都度俺が菓子と茶を持参でここに通ったよな」
と続く言葉に、ああ、そうでした…と、その頃を懐かしく思い出した。


自分の時は自分が寮を守るどころかしっかりした錆兎が自分の分まで護衛役を買って出てくれたものである。
そして苛められて戻ると必ずすっ飛んで行って、寮生相手だろうと上級生相手だろうと、うちの寮長を舐めているんじゃないぞっ!などと言いながら相手をはったおしてくれていた。

その上で甘い物が好きな本田のために菓子を用意してくれて、それを食べながら本田の気持ちが浮上したところで知らなかった事や知っておかないと色々言われるような事などを教えてくれたのだ。


「史上最強の中等部生でしたね、師匠は」
と、思わず笑うと、いつのころからかよくそうしたように

「まあお前も立派になったよな。
もう大丈夫だとは思うけど、何かあったら遠慮なく相談に来いよ?」
と、クシャクシャと頭を撫でてくる。


「ああ…もう師匠には敵いませんね。
どちらが年上なんだか…」
と、本田が苦笑すると、

「でもまあ…俺は小等部組だから心細い心境とかはわからんからな。
今度のお姫さんもさきほども話した通り中等部からの外部生だから、何かあったらお前にも色々聞きに行くかもしれない。その時はよろしくな」
と、パチンと片眼をつぶって見せた。



そうしてしばらくの歓談後、

「さて…そろそろ姫君をお迎えする準備をしないとですよね。
私はお暇しますね」
と、実に細やかに空気を読む本田が帰って行くと、錆兎はいったんカップを片付けて湯を沸かし直す。


ここまでの案内役は丁度姫君と同じ学年にいる炭治郎に任せたので物理的には絶対に無事に連れて来てくれるとは思うが、外部生となるとまずは寮長、副寮長のシステムの説明をして、副寮長となる覚悟を決めてもらわねばならない。

そのあたりの説明や説得は当然炭治郎には無理なので、自分の寮長としての初仕事になるのだろう。


自分のように割り切れるタイプか、流されてくれるタイプならいいのだが…と思いながら、とりあえず胃袋から気持ちを掴んでおくか…と、錆兎は用意しておいた菓子各種を皿に盛っていく。


相手は慣れない外部生。

自分の方が少しでも不安を表に出したらそれでなくても普通からかけ離れた環境を過ごす事になる相手の不安をさらに煽る事になる。



「さ~、頑張れ。
出来る出来ないではない。
やれるという強い意志を持つか持たないかだぞ。
やれる、俺は出来るはずだっ」

パン!!と両手で頬をはたいて気合いを入れると、ちょうどノックされたドアに向かって

「開いてる。入っていいぞ」
と声をかけて、錆兎は菓子とカップの乗ったトレイを手にリビングへと戻った。



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