寮生は姫君がお好き1_プロローグ

――冨岡義勇、銀狼寮。副寮長。

ざわざわと和やかな空気がただよう昼食時のランチルームに初老の教師の声が響き渡った。

そこは入学したばかりの中学生達が楽しく食事をする場所である。



義勇が入学したこの藤襲学園中等部は全寮制の学校だ。

この学校では中等部の新入生達は、最初の3日間は全員がウェルカムエリアと呼ばれる特別寮で過ごし、金か銀の二つの寮のどちらかに振り分けられる事になっている。



多くの富裕層の子息が通うこの学校の校舎はどこを見てもたいそう立派な造りをしていて、この食堂も例外ではない。

大理石の床に敷かれた絨毯。
数列に渡って並ぶ長テーブルは全て真っ白なテーブルクロスがかけられている。

そのご立派な食堂に、良家の子息の学校らしくフォーマルなスーツのような制服を身に着けた学生が居並ぶ姿は圧巻である。

まるで亡き姉の愛読書だったファンタジー小説のワンシーンのような光景だと思う。

いきなりこの場に妖精や悪魔、勇者や魔王が現れて、剣や魔法で戦いを始めたとしても義勇は不思議には思わなかっただろう。
そのくらいにはこの空間には特別感があった。


しかし義勇自身はというと、本来はその中に入るような人間ではない。

優しい両親と少し少女趣味ではあるが弟にはとても優しい姉に囲まれた極々普通の家庭に生まれ育っている。

ここにいるのは、1年前にその家族が全員交通事故で亡くなった時に施設に送られるところを引き取ってくれたのが、父の生前からよく義勇の家を訪ねていた父の友人の一人で、彼がたいそうな資産家だったからだ。

小学校までは義勇もそのまま普通に公立の学校に行っていたのだが、その義父が公立ではセキュリティがうんぬんと言い出して、義父自身も通ったこの良家の子息が在籍するためセキュリティがしっかりしている藤襲学園にいれられることになったのである。

だから慣れぬ環境に義勇はとても緊張していた。



ともあれ入学してすぐこの特別寮に来て早3日目の昼食時。
教師が次々新入生の名前と寮を言い渡していく。

もちろん義勇も例外ではない。
若干どきどきしながら自分の名前が呼ばれるのを待っていると、教師が淡々と告げていく寮名。

しかしながら義勇の番になった時、他は名前と寮名で終わっていたところ最後に一言、意外な言葉がついていた。

――副寮長

その言葉を教師が口にした時、同級生…特に小等部からこの学校に通っている同級生達の視線が一斉に義勇に向かって注がれた。



寮は3つ上の学年と一緒になるので、義勇達中1は今の高1と同じ寮になる。

そして寮長は高1の中の成績優秀者10名の中から何故か武道で競い合ってその優勝者がなり、副寮長はその寮の高校生達の総意で決まると聞いていた。

つまり…同じ寮の高校1年の先輩達に選ばれた形になるのだが、義勇本人ですら『何故だ?!』と思う。

普通なら3日前に初めて学園に来た人間よりは今の高1が小等部だった頃に3学年下にいてよく見知った小等部出身者を選ぶのではないだろうか?


ざわめく室内。
集まる視線。

だが何故かそこからは敵意のようなものは感じられず、むしろすでに同じ寮と告げられた生徒達からは納得したというような空気が漂っていて、どちらかというと別の寮にと告げられた同級生達からのほうが、厳しい視線が注がれているような気がする。


脳内で思い切りハテナマークを飛ばして首をかしげていると、その厳しい視線を遮るように一つの影が義勇の前に立ちはだかった。

義勇は視線をテーブルの上の食事のプレートに落としていたが、明らかに自分の前に立つその影に恐る恐る顔をあげる。

人の好さそうな…だがどこか強い意志を感じる少年。


人見知りの義勇と違って人懐っこい笑みを浮かべながら

「俺は竈門炭治郎。
気軽に炭治郎と呼んで下さい。
あなたと同じ銀狼寮の寮生で、今年度の寮長、渡辺錆兎の幼馴染で剣道の弟弟子なんです。
姫君が寮長の元に辿りつくまで護衛しろと錆兎から言いつかってきたので、今この時よりあなたを護衛させてもらいますので、よろしくお願いします!」
と、右手を差し出してきた。


護衛?姫君??
一体これから何が起こるんだ??

何から突っ込んでいいやら、聞いて良いやら悪いやらもわからず、しかしながらおそらくこれから自分をフォローしてくれるのであろう炭治郎の手を、義勇は恐る恐る握り返した。


これが冨岡義勇12歳。
名門私立藤襲学園での波乱の学園生活の始まりであった。


目次へ  >>> Next (1月21日公開予定)


0 件のコメント :

コメントを投稿