虚言から始まるおしどり夫婦32_ある鬼殺隊隊士の回想

「村田~!手合わせしようっ!手合わせっ!」


渡辺家のご立派な門をくぐると、つい最近まで末っ子だった5男で7歳の勇兎が竹刀を持ってまとわりついてくる。

その声を聞きつけて、奥から10歳になる透寿郎までやはり自分の竹刀をひっつかんでくるのを見て、これは無事では帰れないな、と、村田は内心ため息をついた。


しかしそこで救いの声。

「あら、村田のおじ様、いらっしゃいませ。父に御用ですか?
いま呼びにいかせますので上がってお待ち下さいませ」
と、渡辺家の癒し、今年15になった次女の蔦子が母親そっくりの可憐な顔立ちに天使の笑みを浮かべて声をかけてくれる。


そして蔦子は

「あ~、うん。じゃあ上がらせてもらうね」
と言う村田について来ようとする弟二人に、

「透寿郎は父さんを勇兎は母さんを呼んできて頂戴ね」
と、やはり笑みを浮かべて優しい声で指示をして、この姉に絶対的に弱い弟達は仕方なしに奥の間へと消えていった。



村田が渡辺家の8人の兄弟姉妹の両親の錆兎と義勇に出会ったのは彼らが蔦子よりもまだ幼い13、村田が14の年だ。

彼らの母親の義勇は当時血鬼術にかかって少年になっていたらしい。

だが面差しはとても優しく愛らしく、まだ性差もあまりなかったので少女と言われれば信じてしまうような容姿ではあった。


鬼3体に襲われていた村田はその義勇を後ろにした錆兎に助けられ、その後、すぐ義勇が怪我を負う。

そこで錆兎は義勇を村田に預けて助けを求める別の人間を助けに行こうとするが、村田はその場にとどまらず、義勇を背負ってそれを追い、ちょうど鬼を倒した錆兎に食って掛かった。

「お前さっ、なんのための鬼退治なのっ?!
お前が一番に優先するのはなんなんだよっ!家族同然の義勇じゃないのっ?!
怪我して動けない義勇を鬼を倒せない俺に預けて危険に晒してまで他を助けに行って、戻ってきたら義勇が鬼に食われてるとこだったとか、そういう光景見る羽目になっていいわけっ?!!」

と、村田が激怒したのは、いまにして思えば自分がそういう経験をしたからである。



ある夜に村田の家に鬼が来た。

両親はでかけていて家には村田と妹が一人。

村田はとにかく倒さねばと妹に押し入れに隠れるように言って自分は納屋に猟銃を取りに行ったが、それを手に戻った子ども部屋では妹がまさに食われている最中であった。

鬼は銃で撃っても死にはせず、妹を食い終わって村田の方に来た時にちょうど両親が帰ってきて村田を逃がすために自分達が食われる。


親の死はショックだったが、それ以上に妹の死がショックだった。

自分が妹を置いて武器を取りに行かなければ、妹の代わりに自分が死ぬことになっただろうが、親が帰って来て妹は逃げて生き延びることができたはずだ。

そんな思いから、少なくとも大切なものを守る時は傍を離れず、鬼に敵わなかった時にはまず自分が食われる覚悟で…と思ってきたので、命の恩人相手だというのについキレてしまった。


…が、錆兎はその村田の言葉に思いなおしたらしい。

「他を見捨てることはできないが、義勇を一緒に連れて行くようにしたい。
申し訳ないが、お前が義勇を背負って付いてきてくれるか?」
と頼んできた。


そうしてその後は3人で山を走り回り無事最終選別を通過。

それからすぐ錆兎はお館様の未来の腹心などと言うとてつもない大出世をして産屋敷家に引き取られていったが、その後も彼との交友は続き、彼が時間を見つけては大切に大切に保護している兄弟弟子の義勇を、村田もまた何かあるようなら気を付けて助けてやってくれと頼まれて、同じ任務の時などは気遣ってきた。

が、義勇もまた錆兎ほどではないにしろ随分と強くなって、いつの日か村田など遠く追い越して水柱となっていった。


それでもどれだけ彼らが出世しようと、彼らは最終選別の恩を忘れず、また、それ以上に村田が友と言う認識を失くすことはなくて、ことあるごとに交流を持ち続ける。

義勇の血鬼術が解けて女に戻って錆兎と祝言を挙げるとなった折には、錆兎から義勇に服を贈りたいからと呼び出されたりもしたし、祝言の前日には身内だけの前祝いということで彼らの弟弟子の炭治郎と共に食事に招かれたりもした。



忘れもしない、あの日は村田が錆兎の家に着くと、庭先で義勇が女性柱の2人に錆兎から贈られたのだという薔薇を披露していた。

その際に薔薇と共に贈られた薔薇の本数にちなんだ言葉というのががなかなかの色男っぷりで、女子会につけていく髪留めを選ぶのにそれは富豪の結納返しか何かか?と思われるようなサファイアを買おうとして、同行していた善逸に止められて、「なんでも大きい物が良い物なのかと思った」と言った脳筋発言から数日で驚異の成長を遂げたものだ…と村田は感心したのだが、本人は家の中で羞恥に頭を抱えていたので、ああ、やっぱり知識はあっても心は脳筋のままか…と、苦笑したものである。


そして女性柱達が早々に帰ったあと、何故か通りがかる不死川。

何かあれば出ていこうかと錆兎と共に見守っていたが、義勇と2,3言葉を交わしただけで去っていく。
本当に通りすがりだったのか…と、それを見て錆兎と共にホッと息をついた。


しかし問題はそのあとである。

不死川が去ってほんの数分後に訪ねてきた炭治郎の手にはピンク色の花束。

それはついさっき、不死川が持っていたモノで、義勇曰く、

「…不死川が花を持っているなんて珍しいな。好いた相手でも出来たのか?」
「おう…ちょっとこれから渡しにな」
などという会話があったということで、


──つまりは…不死川が好いている相手と言うのは炭治郎のことだったのか?

と、義勇が言えば、錆兎が、

──そう言えば…“撫子”は炭治郎の誕生日、7月14日の誕生花だな…

などととんでも知識を披露して、渡辺家は上へ下への大騒ぎになった。


そしてその話は鬼殺隊全体に広まって、しばらくは随分と噂になったものだが、炭治郎の同期でどうやら恋人関係にあったらしい善逸からそれが誤解だという話が伝わって、やがて沈静化した。


そんな中で祝言を挙げた錆兎と義勇は錆兎の仕事上の都合ということで、産屋敷家の敷地内に建てられた家へ引っ越し。

そこで義勇は柱を辞して男児の双子、女児の双子、三男までは産み育て、その後、鬼舞辻無惨が倒されて少し経った頃、手狭になったということで、元の錆兎の屋敷を改築して、今はそちらに住んでいる。

…が、産屋敷家のたっての願いで、産屋敷家の長男の輝利哉の嫁にぜひ娘をと乞われて、次女の蔦子が16になったら輝利哉と結婚して、その敷地内の家へ住むらしい。


村田は現在産屋敷が始めた商社に勤めていて、今日は産屋敷耀哉様、つまりはお館様の依頼でその新居に追加したりする家具その他についての相談に足を運んだのだ。


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