虚言から始まるおしどり夫婦30_祝言は新たな誤解と混乱の始まり

甘露寺も宇髄の嫁も、祝言には鮮やかな色打掛を選んでいた。
だが、義勇の記憶にある幸せは白無垢の色形をしている。


もうおぼろげな記憶しかないが、遥か昔…まだ幼児だった義勇が初めて出席した結婚式の花嫁が着ていたのも、姉が着るのを夢見て用意していたのも白無垢だった。

もちろん義勇自身は男だったので自分が着ることになるとは思っても見なかったが、それでも幼い日の義勇がいつか自分が祝言を挙げる時に隣にいるのだろう花嫁が着るだろうと思っていた花嫁衣装もやはり白無垢である。



白粉の甘い匂いと真っ白な絹の着物…

姉が寸前でつかむことができなかった幸せの白を今日自分が着ると思うと色々込み上げてきてあふれた涙が化粧を施した頬に伝う前に後ろからすっと伸びてきた柔らかな布に吸い込まれていく。

「…化粧が落ちるぞ。
…どうした?何か不安か?それとも嫌な事でもあるのか?」
と、骨ばった男らしい手で涙を拭いてくれた錆兎が正面に回って気づかわし気に顔を覗き込んできた。

キリリとした形の良い眉が少し寄せられ、その下の凛とした印象の綺麗な藤色の瞳はまっすぐ義勇の目を捕らえている。


ああ…男前だなぁ…と、見るたびに見惚れてしまう錆兎の顔。

今日は紋付に身を包んでいるが、着物の上からでもしっかりと逞しい筋肉質な体躯は見て取れて、本当に惚れぼれするほどの男っぷりだ。

こんな男が自分の伴侶になってくれるなんて、夢のようだ…と思いつつ、目の前で心配する錆兎に
「…大丈夫。ただ…幸せだなと思ったら、すんでのところで幸せになれなかった姉さんのことを少し思い出しただけだ」
と、笑みを浮かべつつ言うと、錆兎は少し固まって、そして真剣な顔で見下ろしてくる。


「お前の姉の分も…全身全霊でお前を守るし大切にする。
もし不満や不足があればきちんと言えよ?
俺は娶るからにはお前を世界で一番幸せな女房にしようと思っているんだからな」
と、しっかりと目を見てそう言った。

そしてその後、錆兎は両手で義勇の両手を取って口元に持ってくると、目を伏せてそのまま口づける。


祝言が関わって来てからの錆兎は男前なのに甘やかで、義勇はつい直前までの少し物悲しい思い出も忘れてただただ赤くなってしまう。

そんなやり取りをしている間に、時間になったらしい。
お館様のお嬢様が迎えに来て下さった。



「甘露寺様や宇髄様のお嫁様達の色打掛も華やかでお綺麗でしたが、冨岡様の白無垢はとても清楚で可憐ですわね」
「さすが錆兎のお嫁様」

と、やはり娘御ということで花嫁衣裳には思うところもあるのだろう。

きゃらきゃらと楽し気にはしゃがれるが、ひとたび控室をあとにして廊下に出ると、いつもの公の場に出る時の産屋敷家のお子様の顔でしゃんとなさるのがすごい。


祝言はそれ用の会場を借りていて、奥の間には婿と嫁、そして仲人のお館様とそのお子様方、そして柱一同と錆兎と義勇にそれぞれ縁の深い鱗滝先生と弟弟子の炭治郎、それに妹の禰豆子が並び、参列を希望する隊士達は続きの間に鎮座している。

今回は特に元々美しい顔立ちをしていた水柱が実は血鬼術で男になっていたところを女性に戻れての祝言という噂が広まっていたので、そんなことに対する好奇心からか、前の2回の祝言よりもなお参列希望者が多かった。

同じ人気の美丈夫でも元々嫁がいるとわかっていた宇髄と違って仕事が出来る美丈夫として名高いわりに浮いた噂のなかった錆兎にほのかな思いを寄せていた女性陣が涙するなか、男性陣は女性となって可憐さを増した水柱に感嘆のため息をつきながら、その錆兎に羨望の視線を送る。


一般の隊士だけではない。
奥の間の人間だって悲喜こもごもだ。


まずお館様夫妻。

全員に平等にと心がけてはいるものの、13の歳から一年間共に暮らして、その後も何かにつけて自宅に泊まっていく錆兎はやはり自分の子に近い。

お館様はそれでもいつもの笑顔を保っているが、奥方様は長男が嫁を貰ったような気分になったのか、目の奥に光るモノがある。

親代わりと言えばもっと幼い頃からもっと長い期間、新郎新婦を育ててきた鱗滝左近次は感無量だ。
天狗の面の下でボロボロと涙を零していて、隣に鎮座する炭治郎と頷きあっている。


最初はさんざん義勇に言い寄ったその炭治郎だが、今の彼の脳内は祝言を挙げることは躊躇する恋人の善逸をどう説得するかで頭がいっぱいだ。

元兄弟子…現姉弟子の白無垢姿をみながら、色打掛も良いがやはり自分の嫁には清楚な感じに白無垢を着て欲しい…などと思っているあたりは、兄弟子と好みが一緒なのだろう。

ともあれ、あれほど好きだと言って居たわりに、今の彼は義勇の白無垢姿を前にひたすら善逸がそれを着た姿を妄想している。

女性になった義勇と違って男性のままなのだから、二人で紋付を着る…あるいは自分の側が白無垢を着るという発想は彼の中には微塵もない。



そんな身内とは反対側に並ぶ柱達。

悲鳴嶼はどの結婚式でも同じだ。
ただただ涙を流しながら祝福をしている。

煉獄と甘露寺はいつも通りにこにこと幸せそうな二人を祝福し、伊黒は新郎新婦よりもそんなにこやかな二人を上機嫌で見ている。

胡蝶しのぶは祝言前の義勇の悩みその他を全て聞いて相談に乗っていただけに感無量らしく、常に冷静な彼女にしては珍しく頷きながら溢れ出る涙をふいていた。

時透は相変わらず何にも興味なさげに、しかし言われたからと大人しく座っていて、その隣の宇髄は平等に全員色打掛だったが一人くらい白無垢を着せても良かったか…などと、その脳内は炭治郎と同じく新郎新婦を通り越して自身の連れ合い達のことで占められていた。


そうして柱の最後の一人…不死川実弥は身を固くしてそこに座りながら、ひたすら鴉が任務を告げてくるのを待っている。

失恋までは仕方ないにしても、その相手の祝言に参列とかなんの拷問だ…と言いたい。

普段は休む間もなくちょろちょろと出てくる鬼が今日に限って出てこないというのは、本当に嫌がらせなんじゃないだろうか。


しかも新郎新婦の弟弟子ということで身内として奥の間にいる竈門炭治郎がたまにこちらをすごい目で睨みつけてくるのだ。

そんなに不死川がここにいるのが不快なら、出ていかせろと頼んでくれ。
喜んで出て行ってやる!と思う。


結局退出する理由なんて全く出来ることもなく、不死川は惚れた女が目の前で祝言を挙げる様子の一部始終を見ることになった。

まあでも他の男との祝言ということを考えなければ、惚れた欲目というのを別にしても白無垢を身にまとった義勇はまるで天女のように美しい。

前に2回挙げられた同僚達の祝言での色打掛よりも清楚で可憐で不死川の好みにもあっている。

夢見るような潤んだ青い目…透けるように真っ白な肌。
薄桃色の小さな唇。
少しおっとりとした雰囲気があどけなさを感じさせる。

幼馴染でずっと支えて来てくれたということがあるのだろう。
ふにゃりとした笑みと共に新郎に向ける視線は妹的な愛らしさにあふれていた。


ああ、ちきしょう!可愛いな。

まさに不死川の好みのど真ん中を突きすぎていて、幸せそうな義勇を見れば見るほどあきらめがつくどころか想いが募る。

式が終わって宴席になっても思わず穴のあくほどガン見していたのだろう。
炭治郎が怒ったように口を開きかけて、それを義勇自身が視線でたしなめた。

今月もう3度目になる豪華な宴席の食事もなんだか味気なく、一応の宴が終わって立ち上がる不死川を追うように炭治郎が立ち上がりかけるのを、義勇が

「炭治郎…」
と、手招きをした。

実になさけないことではあるが、そうやって義勇に呼んでもらえることすら羨ましい。

しかし思わず足を止めてそちらを見入ってしまう不死川の前で、義勇は実に愛らしくも優し気な表情で、だがとんでもないことを言い出したのである。


「炭治郎、不死川はお前と特別な関係になりたいと思ってくれているのだから、例えその想いに応えられなくとも、せめて仲良く愛想よくしろ。
そんな風に喧嘩腰のままいるのは良くない」



は?はああ???!!!!
何をどうやったらそんな謎理解になるんだあぁぁーー!!!


「俺は竈門と仲良くなんかなりたかァねええぇーーー!!!」


天然ドジっ子の超解釈…その祝言に響いた不死川の絶叫は、義勇には理解してもらえなかったらしい。

哀れ不死川はそれからしばらくは、そのとんでもない考えの元、想いに応えられないだけではなく態度も喧嘩腰になる炭治郎についての謝罪をしなければ…という使命感に燃えた義勇に追い回されることになる。


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