虚言から始まるおしどり夫婦25_〇〇しないと出られない部屋さらば

まあ色々お騒がせな血鬼術ではあるが、少なくとも炭治郎の関係では良い方向に影響したのか…と、そんなことを思って胸をなでおろしていると、いきなり鎹鴉がバタバタと飛んできて火急の旨を告げてきた。
なんと!一緒に任務についていた甘露寺と義勇が例の部屋の血鬼術を喰らったらしい。

マジかっ!!!
と、錆兎は刀を握って自宅を飛び出す。

そうして彼女達が任務で訪れていた山間の村に向かうべく汽車に飛び乗ったら、やはり血相を変えた伊黒が乗り込んできた。


互いに青ざめた顔を見合わせて隣の席に座ると、

「お前はどこまで聞いている?」
と、伊黒に聞かれたので、

「義勇と甘露寺が例の部屋に閉じ込める系の血鬼術を喰らって消えたことと、血鬼術の鬼はその場から大きく移動する様子がないので隠達が少し距離を置いて見張っている事。
一番近くにいるのは宇髄で、すでに現場には向かっていること。
だが、鬼を倒すことで血鬼術が解けるとは限らんし、二人が出てこられるまでは首を落とすなと指示は出してある」
と、青い顔をしつつも淡々と答えると、

「ああ、やっぱりお前に聞くのが一番早いな」
と、伊黒は大きく息を吐き出した。


互いにもうすぐ祝言を挙げる相手が当事者ということで、無駄に変な気休めの言葉をかけられることもなくイライラを抑える必要がないので、そこは隣にいるのが伊黒で良かったと錆兎は思ったし、おそらく相手もそう思っているだろう。


──俺は甘露寺の気持ちをなりより尊重したいとは思っているが……
目元を片手で覆いながら伊黒が震える声で呟いた。

──こういう事があると、出来れば任務に出て欲しくないと思ってしまう……


ああ、気持ちはわかる気がした。

鬼狩りをやっていると思うのだが、自分が死ぬ覚悟というのはなければ続かないし普通にしているが、女房に死なれる覚悟はどうにもできない。


──…そうさなぁ……
と、錆兎も少し天井を仰いで息を吐く。


そして
──甘露寺は引退はする気はないのか?添い遂げる相手を探すために鬼殺隊に入隊したと聞いたが?
と、伊黒に視線を向けた。

「…ああ、そうだったな。
どうなんだろうな…まだ甘露寺とはそのあたりの話はしていない」
と言う伊黒。

「お前が家でお前を待っていて欲しいと頼めばそうしてくれる気もするが…
そうじゃなくとも子の一人でも出来れば嫌でもそうなるんじゃないか?」

「ふむ…そうかもな。
お前はどうなんだ?冨岡はあまり鬼狩りにも柱の地位にも執着がなさそうだが…」


黙り込むと嫌な想像が頭の中をクルクル回るので、二人ともとにかく口を動かした。

自分はとにかくとして、伊黒が問われた事以上に会話を広げてくるのは珍しいことだ…と思いつつも錆兎は少し考え込む。

「俺達はお前達よりもっと慌ただしく結婚が決まったんで、そこまで話す時間がなかったな、そう言えば。
ただ…義勇はなんというか…俺の言うことに一切意義を唱えないから、俺が鬼狩りをやめて欲しいと言えば命令になる。
それはあまりしたくないかもな…」
と、答えつつ、内心は少し違うことを考えていた。


自分達の婚姻について、義勇はいまどう思っているのだろうか…。

元々は考えなしな義勇が不死川や炭治郎の求婚を断る理由になるだろうと決めた婚姻だった。

男の身で何故男に求婚されねばならん…と、そんなところからきているんだろうが、それを避けるのに自分と結婚しようと思い立ち、祝言を挙げるなら隣に紋付で並ばれるより白無垢の方が付き合わせる錆兎も良いだろう…どうせ白無垢を着るならば男より女の身体の方が…と、いきなり女になった時点で、すべて本末転倒だ、ということにいつ義勇は気づくのだろうか…と、そのことが錆兎の目下の心配事である。


正直錆兎の側にしてみれば、今更ながらに思い出したが初恋は実は出会ったばかりの頃の義勇だったし、男だとわかってからも可愛いし愛おしいとは思っていたし、旨い飯も作ってくれるし、なにより優しく器量よしだ。

体は女になっても義勇の心は男だから普通の夫婦のように男に組み敷かれるのは嫌だろうし、そうなれば子も望めないが、同居人と考えるだけでも十分メリットはある。

だが、女になる意味はなかったが男には戻れない…そのことに気づいて義勇に日々落ち込まれると、それはそれで辛い。


本当はもういっそのこと諦めて開き直って女として嫁として生きる覚悟をしてくれれば、義勇の一人くらい養う甲斐性は本当にあるし、女房として大切に守っていくし、互いに幸せだとは思うのだが、自分が義勇の立場だったらと思うと、無理な気がした。

正直先日の服や宝飾品の贈り物だって、女扱いをされて実は不快に思ったんじゃないかと気になっている。

義勇の男としての矜持を傷つけないためには女扱いはしないほうが良いのだろうが、そうするには今の女の身体の義勇は錆兎的にはあまりに細く頼りない気がしてならないのだ。


そんな状況なので義勇には、元々異性で好きあって一緒になる伊黒達のように安易に鬼狩りをやめて家で自分の帰りを待ってくれだの、ましてや子を作ろうだのと言うことは口に出来ない。

一緒に暮らせるのは嬉しいが、錆兎の側には思い出してしまった恋情があるので、なかなかに複雑な同居生活になりそうだ。

だが…それもすべては今回義勇が無事に出られたらのことで、無事戻ってくれるなら自分の感情を律しながら生活をするくらいは、些細なことな気がする。


──…無事…戻ってきてくれるのを願うばかりだな…
と、思わず口をついて出る錆兎の言葉に、

──うむ……
と、伊黒も同意して重々しいため息をついた。


そう、何度だって言うが錆兎だって本当に、自分が死ぬ覚悟はずっとしてきていても、義勇を死なせる覚悟などまったくできていないのだ。


汽車が現場の最寄り駅につく。

「しっかりしろ。行くぞ」
と、錆兎は震える伊黒を抱えるように汽車を降りて駅を出た。

改札を出ると隠が待機していて、錆兎が支えるようにしている伊黒に気づかわし気な視線を向けるが、そこは柱だ。
第三者の存在にしっかりと足に力を入れて立つ。


「伊黒は少々任務が続いていてな、本来なら休暇に入るところだったから、汽車の中で少し仮眠をとっていたんだ」
と、そこで周りに不安を与えないようにそう言う錆兎の言動の意味を察して

「ああ、すまん。少しばかり目が覚めてなかった。
もう大丈夫だ。行くぞ」
と、伊黒も言葉を添える。

それにようやくホッとしたように隠達が道案内をしながらの報告に入った。


血鬼術を喰らった二人が消えて3時間ほど。

宇髄はもう現場についているが、鬼が作った空間に閉じ込められている状態で鬼を斬ったらどうなるかはわからない。

柱二人の身を危険に晒すわけにもいかないと現在待機中。
とにかく二人が自力で無事出てきてくれるのを待っている状態だそうだ。


こうして隠に案内されて駅から走ること20分ほど。

現場に着いた錆兎と伊黒の目に飛び込んできたのは、全く怪我一つなく、むしろ上機嫌で手を取り合って笑い合っている義勇と甘露寺、そしてどうやらたった今鬼の首を刎ねたらしく両手に持った刀を手にした宇髄。

見るからに平和な光景に、錆兎の隣で伊黒が天を仰いで安堵の息を吐き出した。


「宇髄、お疲れ。
義勇も甘露寺も大丈夫だったか?」

錆兎がそう声をかけると、

「とっても楽しかったです~」
と、甘露寺が笑顔で答えた後、

「あ~!!伊黒さんっ!!来てくれたのねっ」
と、伊黒に駆け寄って抱き着いた。


「あのね、あのね、今回の部屋の条件は、義勇ちゃんと互いに互いの恋人より自分の恋人の方が優れていると思うところを50個ずつ述べよって言うものだったから、話してるうちに伊黒さんに会いたいわぁって思ってたのっ!
だから来てくれて嬉しいわっ」
実に楽し気にぴょんぴょん飛び跳ねながら報告をする甘露寺。

「まあ、錆兎の素晴らしい所なら、50件どころか100件でも1000件でも言えるから余裕だったっ」
と、こちらもドヤヤ~ンとした顔で駆け寄ってくる義勇。


「いや…それかなり険悪な状況にならないか?
相手の恋人より自分の恋人が優れているところということは、逆に言えば相手の恋人が自分の恋人より劣っていると言い合うということだろう?」

この二人がそんな殺伐としたことをしていたのかと思うと想像ができないのだが…と思いつつ錆兎が言うと、

「え?ええ?そんなことないですよっ。
例えば~…私が錆兎さんより伊黒さんの素敵なところということで『綺麗な黒い髪』と言えば義勇さんは『人ごみにいてもすぐわかる錆兎さんの宍色の髪』とか、『伊黒さんの男性にしては繊細で美しい指先』と『錆兎さんの男らしい大きな手』みたいな感じでねっ、もう二人でそれぞれ好きなところ思いきり言い合っちゃってたの~」

「うん、普段はなかなか錆兎の素晴らしさについて誰かと語るなんてことはなかったから、すごく楽しかったっ」
と、にこやかに報告してくる二人。


「あ~…この二人で良かったなぁ。
これ…恋人いねえからあれだが、胡蝶あたりだったらあとが怖えぇ」
とそれに宇髄が引きつった笑みを浮かべた。

とりあえず報告は宇髄がしてくれるということで、義勇と甘露寺はそれぞれ錆兎と伊黒が連れて帰る。


汽車の中では4人席で向かい合って座り、くだんの部屋の続きのように好きな所について語り合う甘露寺と義勇。

1時間ばかりの汽車の移動を終えて、そこからはそれぞれ帰宅となって伊黒達と分かれたあとの道々で、錆兎は今日の炭治郎との諸々を話して聞かせた。

炭治郎の関心が自分から外れたことと、そうなると途端に可愛くなる弟弟子の恋に機嫌が良くなる義勇。


2人で錆兎の家についていつものように明かりをつけて機嫌よく着替えを出す義勇の姿を見て、錆兎はそこで初めて気が抜けたのだろうか、何かが込み上げてきた。

「……覚悟…してないから……」
思わず抱き寄せて義勇の頭に顔を埋めるように言う錆兎に、義勇は、え?と首をかしげる。

「…俺は…先生の元で修業を始めてから…自分が死ぬ覚悟は常にしていたが……義勇…お前が死ぬ覚悟はできていない……」

外で人目がある時は平気だったのに、義勇と二人きりになると途端に張りつめていたものが途切れていく。


震える手…
冷たくなった頬に義勇が触れる。

「…錆兎が嫌がるなら、極力無理なことはしない。大丈夫」
と言う義勇に、錆兎は言葉もなく頷いた。

いっそもう危険なことは…鬼狩りはやめてくれ…

そう言えない自分たちの関係に胸を詰まらせながら、錆兎はただ頷いたのだった。



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