虚言から始まるおしどり夫婦23_恐怖!〇〇しないと出られない部屋

最近鬼殺隊で恐れられている血鬼術がある。
〇〇しないと出られない部屋…というものだ。

それを喰らうと見知らぬ空間に閉じ込められ、そこに書いてある指示に従わないとその空間から出られないという、実に不可思議な血鬼術だ。


それの何が恐ろしいかと言うと、その出られる条件が様々だというところである。

一応その時に閉じ込められた人間が物理的にどうやっても出来ないことが条件になることはないようだ。
条件を満たすのに必要な道具があればそれもきちんと室内に用意されるという至れり尽くせり度である。

ただし出来るということは飽くまで物理的に…ということであって、やりたいかどうかは別だ。

なかにはじゃんけん100回したらとか、すごろくであがったらとか、拍子抜けするほど簡単なものもあったが、ひどい例だと男女の同僚で喰らって閉じ込められた部屋でまぐわうことが条件として出され、二人でここで死んで隊士二人を失くすよりはと条件に従ったはいいが女性の方には恋人がいて、その女性は出られたあとに自死をしたというケースもあった。

それ以来、その血鬼術を使う鬼対策に複数で請け負う任務は全て同性同士で…ということになり、不便で仕方がない。
ゆえに今鬼殺隊でも必死にその鬼を追っている。


そんなこんなで万が一その鬼に出くわした時、気心の知れた相手が良いだろうという配慮の元、最近炭治郎と善逸は同期の友人ということで一緒の任務が多い。


今日も二人任務をなんとかかんとか終わらせた帰り道、宿を取ろうと街道を目指している山道で一歩足を踏み出した瞬間、いきなり見知らぬ部屋に閉じ込められていた。

ひっ…と悲鳴をあげて炭治郎の羽織の袖口にしがみつく善逸。

善逸といる時はいつもそうなのだが、あまりに彼が怖がるので炭治郎はむしろ冷静になってしまう。

「どうやら噂の部屋に閉じ込められたみたいだな。
でも大丈夫だ、善逸。
情報によると室内にいる時に攻撃された事例はないから、落ち着いて条件をこなせばいい」
そう言って改めて部屋を観察した。

四方を白い壁に囲まれた10畳くらいの部屋。
その中央には4畳分の畳が敷いてあって、その上にあるのは小さなちゃぶ台。
テーブルの上には急須と湯のみが二つ。

念のため壁を頭突きしてみたが、まったく壊れる気がしない。
やはり皆が言うように条件をこなすしかないのだろう。


「とりあえず…ちゃぶ台に何か書いた紙が乗っているみたいだ。
部屋にある物を見る限りはあまり大変そうなことじゃないんじゃないか?」

ここで布団や武器でも用意してあれば青ざめるところだが、あるのは、さあ、落ち着いて世間話でも…と言わんばかりのちゃぶ台とお茶だ。

今回は当たり…というか、簡単な条件なのかもしれない。
そう思いつつ怯えて縋りつく善逸を引きずりながら炭治郎はちゃぶ台の所へ。

そうして紙を拾い上げると読めない人間もいるかもという気遣いなのか、ご丁寧にどこからともなく声がする。

──本気で相手のことを考えた後、相手のことをどう思っているかを本音で述べよ


なるほど。これの難易度は人による。
仲の良い相手ならいいが、仕事などで表面上だけの関係だと本音を言えば関係が崩れるだろう。

善逸もそう思ったらしい。

「とりあえず…嘘言っても俺も炭治郎も互いに音と匂いでバレちゃうしね。
全然意味のない条件だね」
と、ホッとしたように笑った。

条件以外に罠などがあったという報告もないので二人はとりあえず…とちゃぶ台を囲んで一休みに…とお茶を飲む。


「うあ、これすっごく良いお茶だ。
なに?鬼って金持ちなのっ?!」
と、ずずっと茶を飲んでびっくりした顔で言う善逸。

それに任務明けで疲れているところにちょうどいい、と、茶うけに添えられていた羊羹をかじった炭治郎は
「ああ、羊羹も美味いぞ。
なんだか罠というより休憩所だな」
と、笑った。


「さあて、とりあえず善逸について本音で語ればいいんだな」
と、羊羹で甘くなった口の中をお茶で流して、炭治郎は湯のみを置いて少し考え込んだ。

「そうだな…まず善逸は少し怖がりだな。
でもそれだからこそ用心深い。
俺と伊之助はすぐ考えなしに進んでしまうから、善逸のその用心深さに何度も助けられている。
あとは…優しい。
とても優しくて、我が身を構わず俺達を助けてくれるようなところがある」

「…それは…褒めすぎでしょ。
いつも俺は真っ先に逃げるよ」
と、さすがに恥ずかしくなって言う善逸に炭治郎はゆっくりと首を横に振った。

「善逸はさ、この前俺のために蝶屋敷に駆けつけてくれたじゃないか。
あの日あれから錆兎の家に泊まらされて一晩お説教されたんだが、もししのぶさんが本気で怒って許さなかったら俺は処分されたし、自分に何の得もないどころか俺のやろうとしていることを知っていて事前に言わなかった善逸も連座させられる可能性もあったのに俺のためだけに来てくれるような相手は他にいない。めちゃくちゃ感謝して大切にしろって言われたんだ。
そう思って考えてみれば、確かにその通りだと思う。

伊之助と会った時だって俺が大切なものだからって言ったらそれを信じて何が入っているかもわからないのに禰豆子の箱を必死に守ってくれたしな。
俺の言うことを無条件で信じて禰豆子を捨て身で守ってくれたのは義勇さんと善逸だけだ。
だからいつか善逸が本当に困った時には絶対に俺が助けたいと思っているし、善逸とはずっと一緒に居たいと思うし、善逸のことは絶対にずっと大切にする」


よくよく考えて本音を…と言われて、炭治郎の口から出てきたのはそんな言葉だ。
それを聞いた善逸はひどく照れるも、よくよく考えて、アレ?と思う。

「それってまるで求婚の言葉みたいだけどさぁ……」
と、苦笑すると、炭治郎はハッと焦って真っ赤になって違う違うと首を横に振った。

「うん、炭治郎がそういう意味で言ってるんじゃないってのは思うんだけど、えっと…つまり俺が言いたいことはさ…」
善逸はポリポリと指先で頬を掻く。

「冨岡さんに対する気持ちっていうのも、そんな感じのモノなんじゃない?
恋情とかじゃなくて…自分がとても大切にしているものを大切にしてくれて、自分を無条件に信じてくれたことが嬉しくて、だから相手も大切にしたいっていうの?
恋情とかじゃなくてさ…一緒に居て大切にできる理由が欲しいというか……」

あれぇ??
言われて炭治郎はぽかんとする。

「い、いや、違うと思う!
だって義勇さんとは祝言挙げたいと思ってたしっ!」

「…それはお館様からそういう話が出たって聞いてからじゃない?
それまではそんな話してなかったじゃん。
そもそも冨岡さんと接吻とかその先のこととかできる?
そうじゃなければ…例えば俺がお前と祝言挙げたいって言ったらどう思うよ?」

それは飽くまでこれをきっかけに、問題しか起こらないであろう炭治郎の水柱への恋心が収まる方向に誘導できれば…と言う試みに過ぎなかった。


…が、炭治郎はかなり真剣に考え込んでいる。

腕組みをして、うんうん唸って、そしてバッと顔をあげて向かい合わせに座っていた善逸のすぐ横に移動してきて、鼻と鼻がくっついてしまうくらいの位置でまじまじと善逸の顔を見た。

──なるほど…大丈夫な気がする
という炭治郎の言葉の意味がよくわからずに善逸が首をかしげたその瞬間、何か温かく柔らかいものが唇に触れて、

──そうだな。接吻はできる
と、妙に清々しい笑顔で言われて、善逸は声にならない悲鳴をあげた。


え?え?え?何?なんでそうなってんの???!!!
と脳内で絶叫しながら、

「お、お前なにしちゃってんのっ?!!
俺、冨岡さんと出来るか聞いただけで、俺ととは言ってないよね?!!
ちょ、俺、女のこともまだ接吻なんてしたことないんだけどおぉぉーー!!!」
と、動揺のあまり涙を流して言うと、そこで炭治郎はハッと気づいたようだった。


「あっ!ああああーーー!!!すまんっ!!!!
俺、なんだかうっかりしていたっ!!!!」
とこちらも大慌てで土下座する。

炭治郎があまりに慌てた様子で畳に頭を擦り付けるので、善逸の方はなんだか落ち着いてきてしまった。


「…そう言えば…最近炭治郎、土下座ばっかだよな」
と、思わず苦笑する。

「ごめん…本当に…。
言い訳にしかならないんだけど…」
「うん?」

「たぶん俺は長男だから、許すこと甘えさせることはあっても逆はなかったんだ」
「…まあ、そうみたいだな?」
「…だから……」
「…うん…」

「俺が長男として何かやってあげられることがある相手で、でも俺のことを許容して甘えさせてくれる相手だったんだと思う…」
「……冨岡さん?」
「……と…善逸が………」
「あ~、なるほどね」

長男としてしっかりしたいという気持ちは強いが、そんな自分を許して理解して支えて欲しい…その相反する要求を絶妙に満たしてくれる相手が欲しかった…と、そういうことなのだろう。

「…だから、一瞬混同してしまったんだけど…」
「…うんうん、気持ちはなんとなくわかったからいいよ。頭上げてよ、炭治郎」
と、なんだか無性に可愛くなってきて、善逸は下げたままの炭治郎の頭をよしよしと優しくなでた。

「…俺を甘やかしすぎたらダメだぞ、善逸…」
と、それにやっぱり頭を畳にすりつけたままそういう炭治郎に

「いいの。お前はいつも一所懸命長男をやってんだから、俺くらいは甘やかしても大丈夫でしょ」
と言ってやると、そこで炭治郎はガバっと頭をあげる。

「俺と夫婦になってくれっ!!善逸」
「は?????」

真っ赤な顔で真剣な表情で詰め寄ってくる炭治郎に

「ちょっと…お前さ…それ、こ…」
混同しているんじゃ?と言おうとした言葉は

「義勇さんと混同してるわけでも比べてるわけでもないっ!!」
と、デカい声で遮られた。


「ほんっとうに今更気づく馬鹿さ加減には自分でも呆れかえるんだけどなっ」
「…うん?」

「さっきは混同したと言ったけど、俺は義勇さんと接吻したいと思ったことがないっ!!
善逸よりもはるかに長い付き合いなんだけど、接吻したりその先をしたりと考えたことが一度もないんだっ!」


驚きの告白である。

「あのさぁ…」
もう何と言っていいのやら…と思いながらも、ここは聞いておかねば…と善逸は突っ込んでみることにした。

「それでなんで祝言を挙げたいとか思ったの?」

そう、そこである。

あれだけ必死に祝言をと思った理由はなんだったんだ…と、なんのために本人は自覚がなかったとはいえ命の危険もあるような蝶屋敷特攻計画を敢行したのか…そこはぜひとも知っておきたい。

それに炭治郎はう~んと考え込んで、そして顔をあげた。

「そうか…俺達は3人だったからかもしれない」
「は?」

「つまり錆兎と義勇さんは俺のことを弟弟子としては可愛がってくれるんだけど、互いにとって互いが絶対なんだ。
もうあそこは男だろうと女だろうとどちらかが死のうと生まれ変わってもきっと切れない絆がある気がして……それが寂しかったんだと思う。
長男として本当に情けないと思うけど…一人が寂しかったんだ。

もしどちらかが何かで先亡くなるかして二人きりになったとしたら、俺が一番近い人間になるから別に祝言なんて考えなかったんだろうけど…。

で、錆兎とではなくて義勇さんととなったのはあれだ。
まず絶対に何があってもありえないが、錆兎は義勇さんが俺を選んだとしたら、それでも俺達のそばにいてくれると思うけど、義勇さんは錆兎が俺を選ぶことがあったら、たぶん俺達の前から消えてしまうから…そういう人だからな」


うあああぁあーーー可愛すぎだろうっ!!
と、その告白を聞いて善逸は思った。


つまりあれか。
大きくなったらお母さんと結婚するという息子みたいなものか…

そんな炭治郎があまりに可愛くて思わず抱きしめようとした善逸は

「…というわけでな、義勇さんに恋情はない。
だから善逸、俺と夫婦になってくれ」
と、抱きしめられて、あれえ?と固まった。


──ひとたび思い込んだ俺がどれだけ意志が固いかはわかっているだろう?一生大切にするからな?

と炭治郎が浮かべる笑みは拒否権は与えないぞと言わんばかりの圧と圧倒的な男臭さを振りまいている。


え?え?“可愛い”はどこに??

実に簡単な条件だった…

しかしそんな血鬼術部屋に閉じ込められたことをきっかけに、何故かこうして我妻善逸の受難が始まりの鐘を鳴らすことになったのである。


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