虚言から始まるおしどり夫婦22_炭治郎のドキドキ責任大作戦失敗

「申し訳ありませんっ!!ほら、炭治郎、お前も謝ってっ!!!」

数日後…善逸は炭治郎の隣で女性陣に土下座をしていた。


いや、別に善逸が土下座する必要はかけらもない。

彼は単に炭治郎を止めようとしたがそのせいで決行日を教えてもらえず毎日炭治郎を影から見張っていたのだが、たまたま任務が入ったその日が決行日だったようで、任務後に様子を見に行った炭治郎の家に彼がいないことに気づいて駆け込んだ蝶屋敷ではなんだか風呂場の方から悲鳴があがっていた。

どうやらあと一歩遅かったらしい。


幸いにして、友人を招くと言うのでわざわざ任務の少ない…医療所に入院する人間も少なくなるであろう日を選んだのだろう。

ほとんど隊士達はいなくているのは家の者だけのようだったが、善逸が慌てて蝶屋敷に飛び込んで声のする方に行くと、浴室の前でタオルを巻いて号泣する神崎アオイとそれに抱き着いて泣くやはりタオルを巻いた、すみ、きよ、なほの3人。
そしてその横に炭治郎の襟首をつかんだやはりタオル姿の栗花落カナヲ。
さらにそれから1,2歩離れたところには同じくタオル姿の水柱。

その正面には身震いするほど恐ろしい音をさせている蟲柱が、こちらはきっちりと服を着たまま仁王立ちをしていた。


間に合わなかった!!

と善逸は青くなり、即自分の羽織を脱いで、少し迷ったが一番ショックが大きそうに見えた神崎アオイに

「ごめんっ!炭治郎がごめんねっ?
とりあえずこれ良かったら着て!」
と、駆け寄って渡すと、カナヲの手から炭治郎を奪取。

その場に土下座させて自分も隣で一緒に土下座した。

そして今ここ、という感じである。


「…今錆兎さん(ほごしゃ)を呼んでますからね」
と、怒った顔より恐ろしい笑顔で告げる蟲柱。

「…しのぶ…本当にすまない」
と、一応錆兎ほど保護者でもないのかもしれないが身内ということで申し訳なさそうに謝罪の言葉を述べる水柱には

「いえ、義勇さんのせいじゃありませんよ。
炭治郎君も善悪の区別がつかないおさなごじゃありませんしね」
と、こちらは心の底からの笑顔。



(…お前…どうしたの?)
と、そんな二人のやり取りの間に土下座したままコソコソと問えば、

(風呂場に行ったら義勇さんはしのぶさんと話していて少し遅れたらしくて、カナヲ達が入ってたんだ…)
と、どこかがっかりとした顔で答えた。

いやいや、そこはがっかりするより焦りなさいよっ!と善逸の方が焦ってしまう。


「…善逸君が指示した…とかじゃありませんよね?」
と頭の上から降ってくる閻魔様の声。

それに善逸が滅相もないと首をぶんぶん横に振ると、さらに

「じゃあどうして一緒に土下座なんです?」
と、聞かれる。


どうして?と言われると、確かにどうして?なのだが、そこはなんというか……

「え~っと…友達だから…?」
と、引きつった笑みを浮かべて言った。

しかしそれで追及が止むはずもなく、とうとう善逸は炭治郎から聞いていた、裸を見て責任を取って祝言を…という計画を白状させられる。


「ほんっとうに…どいつもこいつも……」
と、イライラを隠すことなく絶対零度の目になる蟲柱。

これ…もしかして人体実験要員だろうか…と震えながら青ざめる善逸。

号泣し続けるアオイ達4人。
怒りも悲しみも顔に出ない読めない表情で立ち尽くすカナヲ。
そして怒りの蟲柱に少し困った様子の水柱。

これ以上なくカオスな空間は、しかし、バン!!とものすごい勢いでドアを開けて駆けつけてきた保護者…もとい錆兎登場でなんだか正しい流れになった気がする。



──この愚か者がああぁぁ~!!!!
の怒声と共に伸びてきた手がすごい勢いでつかんだ炭治郎の頭をゴゴン!!!と床に打ち付ける。

そのまま床にグリグリと押し付けられる炭治郎の石頭。
その横で保護者も土下座。


ほんっとうに申し訳ない!!
嫁入り前の娘さんに対して詫びの言葉もないっ!!
もし望むならこの馬鹿でよければ責任を取らせるしっ、腹を切れと言うなら責任を持って切らせるっ!!
もちろん、謝罪金でどうにかなるものなら俺が責任を持って用意するし、なんでも申し付けてくれっ!!」
という保護者の横で、

「…俺は義勇さんに対する責任を……」
と、やめておけばいいのにまだ諦め悪くそう言う炭治郎。


その瞬間、
──貴様に頭をあげていいと誰が言ったあああぁああーーー!!!
という保護者の怒声と共に再び、ゴゴゴン!!!!とすさまじい音とともに床に打ち付けられる炭治郎の頭。



鱗滝一家は腕力と努力とド根性でできていると彼らの師匠である鱗滝左近次の旧友である自分の師匠の桑島のじいちゃんから聞いていた善逸は、炭治郎はとにかくとしておっとりとした水柱や誰に対しても穏やかで人当たりの良い錆兎を見ると信じられなかったのだが、今その鱗滝組の本質を目の当たりにしている気がした。

あまりにすごい勢いで打ち付けられるので炭治郎の石頭が真っ赤に腫れあがっている。

錆兎の声もまさに腹の底からだしている雷親父といった大きさで、耳の良すぎる善逸はキンキンと耳鳴りがするくらいだ。


一方の水柱もその錆兎の勢いに全く動じることもなく

「ん~私は後から行ったからタオルを巻いてたし、炭治郎はもろ素っ裸を見た他の5人の誰かの責任を取るところじゃないか?」
と、淡々と述べている。

もう保護者の勢いがすごすぎて毒気を抜かれてしまったらしい。
蟲柱は腰に両手をあて、はあぁ…とため息交じりにうつむいた。


そして

「土下座は良いんですが、あまり打ち付けると炭治郎君頭が固いしうちの床が壊れるので辞めてください。
とにかくそういうことに興味があるお年頃なのはわかりますが、うちの子達に害を与えられるのは困ります」
と、さきほどよりは若干怒りの色を抑えて言う。


それに保護者はもう一度、本当にすまなかった…と繰り返すと立ち上がり、いつ用意したのか本当に謎なのだが、おそらくカステラやキャラメルと言った高級な菓子の詰まった菓子折りと何か分厚い…おそらく札の詰まった封筒を『とりあえずの詫びの気持ちだ』と、蟲柱に渡し、蟲柱は『これは困ります。お菓子は皆で頂きますが…』と、封筒を返して菓子折りだけ受け取った。


そこで少し考え込む保護者。
懐から手帳を出すと、さらさらと地図のようなものを書いて蟲柱に渡す。

「…なんですか?これは」
と、紙を受け取って聞く蟲柱に彼は

「行きつけの美味い天ぷら屋だ。
特に傷つけてしまった年頃の娘さんに俺が支払いをするということで話を通しておくから、友人とでも行ってくれと伝えてくれ。
そうだな…出来るだけたくさん食べる方が良いと思うし、よく食べる相手と行くと良い」
と、意味ありげな笑みを浮かべる。


最初はぽかんとしていた蟲柱もそれで察したらしい。

「ええ、そうですね。女のアオイ一人で行かせると何かあってもなんですし、天ぷらが好きな子を誘っていかせます。
ありがとうございます」
と、そこで初めて心からの笑みを浮かべた。

もちろん善逸もその意味を正確に悟って、その気遣いに舌を巻く。

なるほど、伊達にお館様の代理という役についているわけではないということか。
怒る相手との交渉もお手の物らしい。



そうして錆兎はもう一度今度はアオイ達の方に謝罪をして、さらに善逸にまで

「我妻にも本当に迷惑をかけてすまなかった。
これに懲りずにこれからも炭治郎と仲良くしてやってくれ」
と頭を下げて蟲柱に渡したのよりはだいぶ小さいが菓子折りをくれる。

そんな錆兎の様子は本当に子の不始末の尻拭いをする親のようで、孤児でそんな相手のいなかった善逸はなんだか温かい気分になってしまった。


そうして全ての方向に頭を下げて謝罪をしたあと、錆兎は

「ほら、帰るぞっ!」
と、炭治郎の襟首をつかんで立たせた。



そうして水柱はまだ蟲柱の家にお泊りで蝶屋敷の女の子たちと女子会ということで、男3人で帰る道々…

「お前な…俺達が鱗滝先生の弟子だということは有名な話だからな。
俺達が何か不始末を起こせば本当にお世話になった恩ある先生の教育を疑われるんだぞ。
もう少しそのことを考えて行動しろ」
と、錆兎に言われてようやくそこに考えが行ったらしい。

「…そうだった……ごめん…錆兎」
と、炭治郎がしょぼんと肩を落とした。

すると錆兎は大きく息を吐きだすと

「謝る相手が違うだろう。
先生と同じく匂いで感情のわかるお前なら、年頃の娘さん達が今回のことでどれだけ気恥ずかしくどれだけ悲しみ傷ついたのか、わからないわけはないな?」
と、ちらりと弟弟子を見下ろして言う。

「…うん…今度改めて謝ってくる」
「…そうしろ」
「…うん……」


炭治郎は何かあると自分は長男だから…というが、錆兎といると仲の良い兄といる弟のようだ。

善逸にも立場的にはそんな兄弟子はいたが、最後まで仲良くなれないまま行方不明になってしまっていたので、そんな鱗滝一家の兄弟弟子を見るとなんだかとても羨ましい気分になる。


「そもそもな…」
まだ少し肌寒い春先の夜道を歩きながら、錆兎が綺麗な三日月を見上げながら笑った。

「義勇の入浴の姿を見たからと言うなら俺は100回以上は責任を取らねばならん」
「…え?」
「お前は忘れてるかもしれんが、俺達は一緒に狭霧山で育った兄弟弟子で幼馴染だ。
風呂と言う意味なら義勇が最初に先生の所に来た時、風呂に案内しろと言われて案内したら一人じゃ怖いから一緒にと縋られて一緒に入ったのが習慣になってずっと一緒に入ってたぞ」

「なんだってっ!!それは本当かっ!!!」

「そんな嘘をついてどうする。
風呂どころか寝る時も当然のように俺の布団に勝手に入ってくるし、いつでも何をするのも一緒で、共に居るのが当たり前の関係だったからな。
慣れからくる安心感と言うものもあるのだろう。
不死川にも言ったんだが、義勇は安心したいんだ。
そして義勇が安心できるという意味ではそんな背景のある俺以外では無理だろう。
だからお前には可哀そうだが義勇のことは諦めておけ。
今回のように問題を起こすのは先生にも申し訳ないし、義勇自身の負担にもなる」

そう語る錆兎からは怒りの音はしない。
優しい音がしていた。

彼は3人しかいない鱗滝左近次の弟子の中では立場的に長子なのだろう。
あんな風に怒って見せてはいたが、やっぱり炭治郎のことも気にかけている。


「…神様は依怙贔屓が過ぎる…錆兎ばかりずるい…」
肩を落とす炭治郎。


まあこればかりは仕方がないだろう。

傷心の友よ。お前には俺がいるだろう?
当分は一緒に遊んでやるからさ。
いつかお前が祝言を挙げるような誰かをみつけるまでは…

と、そんなことを思いながらもそれは口にせず彼の隣を歩く善逸の安堵ため息が初夏の夜風と共に消えていった。


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